第37話

「二週間お疲れ様でした」

 次の日の夕方、アルバイトの最終日を終えた充と華に、増田はお菓子を渡してくれた。「いいんですか?」と声を弾ませて、華の顔がぱっと明るくなる。

 二人で礼を言って受け取ると、バターがたっぷり使われた充のお気に入りのクッキーだった。箱には「ありがとう!」という文字と、それぞれの似顔絵が描かれている。

「あの、」

 充が声をかけると、増田は「なあに」と視線を寄越した。充は緊張で心臓がうるさくなるのを感じながら、おずおずと話す。

「俊太くんなんですけど、漢字の左右を正しく書くのが苦手みたいで。宿題も大変そうで……だからなにってわけじゃないんですけど、一応、伝えておこうと思って」

 すみません、とつい意味もなく謝ってしまう。そんな充をじっと見つめていた増田はやがて、「ディスグラフィアって知ってる?」と口を開いた。

「文字を『書く』ことに難しさを感じる学習障害のことをいうの。俊太くんは軽度だけれどその傾向があって、今学校とお母さんの間で話をしている最中なのよ。診断がまだ出ていないから伝えずにいたんだけど、気づいてくれたのね」

 ちゃんと見てくれてありがとう、と微笑まれて、充は慌ててうつむいた。礼を言われて涙がにじむのは初めてだった。

「充先生、華先生、さようなら!」

 施設長室を出ると、ロッカーの前の廊下を、俊太と数人の子どもたちが慌ただしく走っていった。少し遅れて、その後を追うように、理一が駆け足でやってくる。

「理一くん、さようなら」

 充が声をかけると、理一はちらりとこちらを見て片手を振った。動いてうっすらと上気した頬ははにかむように緩められ、小さな唇が「さようなら」と動いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る