第39話 力の変化

 柊によって閉じ込められた揚羽は、戦いの様子を見守ることしか出来ない。


「……っ、何で……!」


 時折こちらに飛んで来る鴉。その敵意剥き出しの黄金の瞳に自分が映る度、揚羽は足が竦むのを感じていた。その度に自分を毒つくが、意思とは関係のないところでの恐怖のためかどうにもならない。


「確かに、こんなんじゃ足手まといだ。……多分、柊どのはそういう意味でここに閉じ込めたんじゃないけど……」


 蝶の化人としての力は未だ使えず、鍛えてきた術師の技が身を守り戦う力を与えてくれる。

 柊が自分を軽んじているわけではないことは、揚羽に十分伝わっている。揚羽の意思を尊重してくれることも、今までの関係性の中で信じている。だからこの閉じ込めは、彼なりの守りたいという気持ちか、もしくは期待か。


(冷たい感じはしない。むしろ、結界なのに暖かい……。柊も鋭いのに、優しく感じる。どうしてだろう?)


 壁の外を見れば、ヒイラギの枝が飛んで来る鴉を追い返している。確実に目を狙う柊ヒイラギに、鴉たちは攻めあぐねているようだ。


「そうだ、柊どのたちは……!」


 揚羽が目を凝らす前に、頭上でトンッという音がして影が差す。見上げれば、竜玉が天井に着地していた。いつの間にか、箱になっていたらしい。


「竜玉!」

「姫様、よかった。落ち着いたみたいだね」

「あっ……」


 そういえば、と揚羽は自分の胸に手を当てた。さっきまで鴉に怯えていたのに、今はもう別のことに意識が向いている。言われて気付き、揚羽は小さく笑った。


「……貴方たちのこと気にしてたら、怖い気持ちが落ち着いたよ」

「そっか。……っと」

「竜玉っ」


 自分目掛けて飛んで来た鴉を躱し、竜玉はもう一度主の姫君を一瞥した。


「奥の手は、最後まで取っておくものだからね」

「どういうこと……?」


 ふっと微笑んだ竜玉は、揚羽の問いには答えずに結界を蹴った。水流をまとい、鴉の群れへ突っ込んで行く。


「蹴散らしてやる!」

「……出来るかな?」


 ククッと嗤う武息に不穏なものを感じつつ、柊は鴉たちと渡り合う。四人の中で最も戦闘能力が低いとわかっているのか、鴉たちは柊に多く乗っていく。


「くっ……」


 半透明の枝で自分を包み込み、鴉たちから身を守る。しかしそうすると、身動きが取れなくなってしまう。柊は適当なところで枝を解き、攻撃へと転じる。その時どうしても生傷は出来るが、構っていられない。

 そうして鴉たちをさばいていた柊は、突然背後に降りた気配を感じて反射的に振り返ろうとする。しかし柊が振り向くよりも先に、何かはそっと彼に囁いた。


「貴族の子息は、いの一番に逃げ出すものだと思っていたが……お前は穢れが怖くはないのか?」

「――っ!?」

「肌で感じるだろう。鴉たちは、瘴気の塊と同じようなものだからな」


 囁いた者は、武息だった。

 いつの間に近付いたのか、と尋ねる隙もない。視線だけを動かすと、瑞飛が柊の状況に気付いて足を向けようとしていた。しかし、複数の鴉に足止めされてしまう。


「柊……!」

「ふふ、邪魔はさせぬよ。お前たちは、こちらの相手をしてもらわねばならんからな」


 武息は嗤いながらそう言うと、パチンッと指を鳴らす。すると鴉たちが三つの塊に分かれ、どろりと溶け合った。


「何だ……」

「溶けて、合わさって……大きな鴉になった」


 竜玉の言う通り、彼らの前には三頭の大鴉が現れた。声高に叫び、連携して化人立ちに襲い掛かる。更に驚くべきことに、鴉たちはその三頭に集約されたわけではない。残りの鴉たちは、壁となって武息と柊を取り囲んでいた。


「……隔離か」

「言っただろう、邪魔はさせぬと。……さあ、外の鴉たちがお前の友を殺すのが先か。それともお前が我に殺されるのが先か。どちらだろうな?」

「……」


 柊は武息の問いには応じず、地面から伸びるヒイラギの枝に触れる。すると柊の枝と葉の一部が発光し、本体から離れて主である柊のもとへと宿った。


「……さっきお前は、穢れが怖くはないのかと尋ねたな」

「そうだ。大抵の貴族は、いや、貴族でなくとも人々は、瘴気を前にすれば逃げ出す。そして陰陽道の心得が少しでもある者は、物忌みと称して何日も邸に籠ることになる。穢れを浴びた、と怯えるのだ」


 何度も目にして来た、と武息は呟く。その横顔にわずかに映った感情の意味を柊が掴む前に、武息にこやかに隠してしまった。。


「怯えは、瘴気を強くする。負の感情が、我らにとっては美味いものだ。とはいえ、ちびちびと酒のように人を食うのにも飽きて来た。――手っ取り早く、力を手に入れる」

「俺は、穢れが怖くはない。恐れるのは……大切な人を失うことだけだ。だから、お前の企ては絶対に阻止する」


 脳裏に浮かぶ影は、まだおぼろだ。否、明らかにするのが怖いだけなのかもしれない。柊の手の中で、ヒイラギは形を変えていた。


「……この剣で、必ず守る」

「自らの力で得物を創り出したか。……面白い」


 すらりと伸びた細身の剣を構える柊に応じ、武息もまた刃の広い剣を握る。鴉たちが見守る中、一対一の戦いが始まった。

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