第5話 隠れ家での一夜

 まだ夜は明けない。

 梟の鳴く声が遠くから聞こえるほど静かな中、静かに語る瑞飛みずひの声が響く。幼い容姿とは裏腹に、瑞飛の声は大人びていた。


桐子きりこ様……北の方様が行っておりましたのは、都の守りを固めることです。都には帝が、この国の要となる方がおられますから」

「そうね。母上の一族が、都を守るために呼ばれたのだと聞いたことがある。それに、母上からも父上からも、言われたから。……お前は、いつかするって」

「そういえば、言われていたね。けど、五つくらいのことだったような?」


 こてんっと首を傾げる竜玉りゅうぎょくに、揚羽あげはは「うん」と頷いてみせる。


「当時は勿論意味なんてわからなかった。だけど、今ならわかる気がする。……こういう状況を、両親は危惧していたんだって」

「……桐子様は仰っていました。そういう日が来なければ良い、と」


 俺もそう願っていましたよ。瑞飛が呟き、走矢そうやと竜玉も頷く。

 彼ら化人は、人とは生きる時の流れが違う。揚羽が物心つく前から彼女を知っている三人にとって、揚羽は妹のような存在でもある。


「ですが、危惧はあたったようです。ですが、これからも俺たちは姫様の傍にいて、共に戦い守りますよ」

「僕らはずっと姫様と共にいるよ」

「運命だろうが何だろうが、姫さんの前に立ち塞がるものは倒せばいいさ」

「瑞飛、竜玉、走矢……ありがとう……。これからも頼りにしてます」


 揚羽が微笑むと、化人たちも笑みを返す。殺伐とした現状ではあるけれど、四人で進めば何とかなるかもしれない、と揚羽は信じた。


「……とはいうものの、これから一体どうしたら」


 自分の元居た邸には戻れるのか。揚羽は化人たちに尋ねるが、誰一人首を縦には振らない。走矢が明確に首を横に振り、わずかに険しい口調で続ける。


「少なくとも、今は絶対に駄目だ。桐子様が眠りにつかれた今、あの邸自体が龍脈を守る結界の役割を果たしている。結界に強力な目くらましを重ねることで並大抵の妖には、あの場所が特別な場所だとは思われないだろうな」

「僕も、戻らないことに賛成するよ。邸に戻るには、あの蜘蛛を従える親玉を倒すしかないと思う」

「親玉? あの蜘蛛がそうではないの!?」


 竜玉の思いがけない言葉に、揚羽は思わず声を上げた。

 確か、蜘蛛は桐子が首をねたと聞いている。他にも仲間がいるから、それに備えろという意味だと思っていた揚羽は、目を丸くした。


「つまり……より強いモノが出て来る可能性も?」

「充分にあり得る。というか、そう考えるべきだと俺は思いますよ」

「……早く、強くならないといけないということね」


 気持ちを切り替えなくてはならない。もしくは、気合を入れ直す必要がありそうだ。揚羽は深呼吸して、部屋から見える空の月を見上げる。


(細い三日月。……そういえば、妖は新月に近付くほど力を強めると聞いたことがある。だから、今宵が選ばれたのかも)


 一夜にして、様々なことが起こった。真夜中の出来事であるから、都の人々が気付いているかはわからない。父は逃がされたらしいから、明日は出仕するのだろうか。


「……これからのことは、明日考えよう。頭を整理する意味でも、横になっておきたいかも」

「わかった。この奥の部屋を使って。寝る時に必要なものは、揃っているから。決して、姫さんを傷付けるものは何も通さないと誓うよ」

「ありがとう。……おやすみなさい、三人共」


 揚羽が奥へと消え、衣擦れの音が落ち着いた頃。瑞飛たちは順番に寝ずの番をすることにした。化人は人ではないため睡眠が必須ではない。しかし、休めば確かに体は楽になるのだ。


「じゃあ、頼むな」

「おやすみ、瑞飛。時になったら起こしてね」

「わかった。おやすみ」


 最初の寝ずの番は瑞飛だ。揚羽の小さな寝息を聞きながら、瑞飛は周囲の気配を探る。右京の一画に位置する隠れ家は、決して立地が良いとは言えない。そして、悪いものを引き寄せてしまう可能性もある。

 幸いにも、周辺に怪しい気配はない。あの蜘蛛という強力な力を持つモノが現れたことによって、力の弱いモノたちは息をひそめているのかもしれない。それならばそれで好都合だ、と瑞飛は思った。いつ何時妖がやって来るかはわからないが。


(それでも、可能な限り、姫様は俺たちが守りたい。……桐子様のおっしゃった、までは)


 小さく息を吐き、瑞飛は明日のことを考える。

 このあたりでは元の邸にはいなかった、様々な虫や生き物たちに出会うだろう。そういう意味では、揚羽の気持ちを癒すことが出来るかもしれない。


「……ただ、四人で穏やかでいられたら良いが。そういうわけにもいかないのだろな」

「そうだね。でも、それに近付けることは出来るよ」

「――わっ」


 驚き咄嗟に声が漏れてしまった瑞飛は、慌てて両手のひらで口を塞ぐ。それから、前振りもなく話しかけて来たそのひとに、鋭く一瞥いちべつをくれた。


「……竜玉」


 名を呼ばれ、竜玉は肩を竦めた。驚かせるつもりは毛頭なかったが、ごめんと素直に謝る。


「怒らないで、瑞飛。ちょっと早いけど、目が覚めたから代わりに来たよ」

「そうか。……頼む」

「任せて」


 竜玉に手を振り、瑞飛は交代で寝床に体を横たえる。すると疲れを自覚することが出来た。

 瑞飛は目を閉じる。すると、ゆっくりと睡魔が襲って来た。

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