10話 横紙破りは通じない
アルミラージを一人で討伐する実績を無事解除し、意気揚々とギルドに戻った俺を待っていたは、称賛の言葉なんかではなく、受付のお姉さんの困りきったような溜息だった。
困りきったような溜息を吐いて、困った子供を見るような目で俺を見た。
そしてかけられた言葉は、
「……偉い人に確認するから十日くらい待ってもらえるかな」
だった。
何の確認があれば十日もかかるんだと思ったけれど、偉い人が出張から帰ってくるのが大体その辺だと言うのだから仕方ない。
結果が出るまでの間はエリックと様々な依頼を受けた。割りの良い依頼が全部クミンに奪われていたので、色んな依頼を受けざるを得なかった、というのが正しいが。
エリックはエリックで、いつまでタダ働きをするつもりなんだろう。いやまあ、毎回報酬を折半してるからいいんだけどさ。でも、いい加減に自分のカードを使ってはくれないか。いつまで預けておくつもりだ。
そんなこんなで十日が過ぎ。
晴れて俺は|
……何故だ。
「あのお姉さん……。アルミラージを一人で討伐したら
このカード、漆が塗られてないんですが。
「そうね、本来なら
やたらと本来を強調するお姉さん。
顔は笑ってるのに、雰囲気が笑っていない。何なら薄暗いオーラすら見える。
「冒険者ランクって言うのはね、その人の実力を証明するものなのよ?」
いかん。長い説教が始まる流れだこれ。捕まる前に逃げねば。
「そ、そうなんですね! 今の私なら
「どこへいくの?」
カウンターという壁に阻まれているはずなのに、心臓を鷲掴みされた。
恐怖で身体が動かない。
「駄目じゃない、人の話は最後まで聞かなくちゃ」
「ハイ。オッシャルトオリデス……」
「
「オッシャルトオリデス……」
「とはいえ『アルミラージを一人で討伐』した事実に変わりなく、その後も手負いとは言えもう一匹に挑んだ事実を鑑みて、特例として
「ア、アリガトウゴザイマス」
「ついでに大変承服しかねる事ですが、討伐の実績を考慮して、当ギルドに限り、
「………………」
俺を祝福する美人が揃いも揃って怖い顔するのは何なんだろうね一体。まさかそんな訳の分からん呪いまでかけられてるわけじゃあるまい。今回に関して言えば俺が悪いんだけどさ。
ともあれ、無事昇格である。
この喜びを早くエリックに伝えてやらねば。
さっきから軽食コーナーでずーーーっと、ハシビロコウかってくらいに凝視しやがって。怖くて敵わん。
「おかえり。無事に昇格できた?」
エリックはニコニコと、一切含みの無い笑みで訪ねてきた。
この笑顔は今日だけじゃない。ここずっとだと言うのだから恐ろしい。俺はなんだ、とんでもない地雷を踏んでしまったんだろうか。
「あ、うん……。と言っても
「
「あ……、ありがとう」
………………。
正直やりにくい。
何も考えずに抱き着いてきてたあの頃の変態はどこへ行った。あの頃の方がまだ怖くなかったぞ。
「どうしたの? ほら、早く座りなよ」
「――お、おう」
おずおずと対面に座る。
一言一句を発する度に断頭台へ近付いている気がして気が気じゃない。この笑顔が意味するのは何なんだ。
ひょっとしてあれか、散々振り回したことに対して怒ってるのか。感謝を示せば鎮まるのか。抱き着けば――いや、きっと今は逆効果だ。なんとなくだが、それをやっちゃいけない気がする。むしろ誠実な態度が正しいんじゃないのか。
「あの……今回は本当にありがとう。助かったよ」
「今更何言ってるの。私とユエちゃんの仲じゃない」
今更の仲ってなんだよ。
仲良くやってるけど、そんな笑顔は知らないぞ。
「いや、それだけじゃなくてさ。これまでもずっと助けられてるなって――」
「気にしなくていいんだよ。これからも一緒にやってくんだからさ」
………………。
なんだろう。スキンシップを求める変態よりも遥かにタチの悪い存在に聞こえるのは。
これからもパーティだよと言ってるはずなのに、全く違うニュアンスに聞こえるのは。
最早性別なんてどうでもよくなる悍ましい笑顔だ。
「今までごめんね」
「な、何を藪から棒に!」
もう何を言われても怖いってのに、これ以上恐怖を増やさないでくれ。
「ユエちゃんに傷ついてほしくない一心で色々言ってきたけれど、もう実力は私と大差ないんだよね」
「そんなわけないだろ。俺に勝てる要素があるなら聞きたいわ」
「私が
「それは伸びしろであって実力じゃないだろ」
「うん。だから伸びしろを実力に塗り替えようかと」
「……と、言いますと?」
「僕は考えたんだ」
エリックは続ける。その笑顔は、どこか遠くを見ているような、まるで悟りでも開いたかのような、静かな微笑みに変わっていた。
「ユエちゃんが傷つくのが嫌なら、傷つかないくらいに強くなってもらえばいいんだって」
「うん? うん……」
「それが難しくても、自分の実力が分かれば無茶をしないんじゃないかって」
「うん……、うん」
「だから稽古を付けようと思う」
「うん……、ん?」
エリックは言った。
悟りを開いた様な微笑みを浮かべて。
「徹底した実践訓練を積めば私の心配も消えて一石二鳥。大丈夫。傷ついても私がしっかり看病してあげるから」
何を言っているのか分からなかったが、一つだけ分かった事がある。
俺にかけられた呪いの正体は、女運を最悪にする類のものなのだと。
◆◇◆
同時刻。
王都、ニーミングレス――堅牢な外壁に守られた壮麗な都市。その一角に聳え立つ、王立魔法学校のその一室。
二人の男が重厚な木製テーブルを挟んで向き合っていた。
「貴方に魔法使いの誘致を依頼したい」
上質な仕立ての正装を隙なく着こなした中年の男が、厳かな口調で切り出した。綺麗に撫でつけられたロマンスグレーのオールバックで、いかにも堅物な男である。おそらくは宮廷の役人だろう。
「本来であれば宮廷から魔法使いを派遣するところですが、今回は少しばかり事情が異なりましてね。報酬は納得いただける額を用意するつもりですが、受けていただけますかな」
「受けるも何も、宮廷からの依頼を一介の冒険者に過ぎない私が断れるわけないでしょう」
役人の言葉を受けて、短く刈り込んだ髪の大男は軽口を叩いた。歴戦の傷跡が無数に刻まれた重厚な全身鎧とは対照的に、彼の仕草はどれもが軽い。軽く、投げやりだった。
「ま、事情は知りませんがお受けしましょう。誰であれ、困ってる人がいれば見過ごさないのが私です」
「それはありがたい」
「……とはいえ、事情は聞かせてもらえませんか?」
大男はばつが悪そうに言う。
「俺の『勇者』なんて大層な看板を利用するってことは、よっぽどの案件なんでしょう?」
「実は、ある田舎町に大変有望な魔法の才能を持つ可能性のある者がいる、との情報がありましてな。それも、かの宮廷騎士団の戦士に匹敵するほどの戦闘能力をも併せ持っている、と」
「つまり私が屈服させればいいと――」
「誘致です」
役人は遮るように言った。その声には、有無を言わせぬ響きがある。おそらく、言質を取られないように、細心の注意を払っているのだろう。
「必要に迫られない限りは――相手に求められない限りは、宮廷の使者として節度を守って頂きたい。我々は敵対する意図は無いと、それだけは明確にしておきたい」
「冗談ですよ、冗談。穏便に、『王立魔法学校に来てください』ってお願いすればいいんですね?」
「ご理解いただけて何よりです。ええ、具体的な待遇や条件に関しては、こちらの封書にまとめておきました。貴殿には、我々の最大限の誠意を、その対象者へ伝えていただくことを期待しております」
「なるほど。委細承知いたしました。じゃあ早速向かいましょうか」
「馬車まで案内しましょう」
「そんなの乗れませんよ。乗ったら装備の重みで馬車が潰れちまいます」
「その程度の重さで馬車は潰れませんよ」
「……馬車ってのがどうも苦手なんですよ。狭いし揺れるしで」
「ではどうするおつもりで?」
「これまで通り、歩いて行きますよ」
中年の役人は、返す言葉もなく、ただただ呆れたように深い溜息を吐いた。
大男の名はリオイ・トーチ。
最年少で勇者の称号を手に入れた、最強の冒険者である。
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