7話 エリックの懊悩
「聞いてくださいよ、ほんとに酷いんですようちの親方ってば――あ、親方ってのは炭焼き小屋の親方なんですけどね、荷物は全部薪です。薪なんて炭より素敵でも可愛くもないじゃないですか、重たいし。なのにボクに薪売りなんて力仕事押し付けちゃって。そりゃまあこの通りボクは素敵可愛いですよ? 素敵可愛いキュートなボクが客引きすればお客さんは来ますよ。でもでも力仕事なんて可愛くないじゃないですか」
「………………」
「………………」
営業トーク。
なんて、とてもじゃないが言い難い、自己陶酔と愚痴のオンパレードだった。
見ろ。ユエちゃんなんて鬱陶しさのあまりに、かつてない凶悪な目付きになってる。
口から出てる空気が溜息なのか、それとも憎悪の吐息なのか分かったもんじゃない。
「あまつさえ荷車空にするまで戻ってくるなだなんてあんまりですよ。そりゃちょっとヘマはしちゃいましたよ。だからってこんな仕打ちあんまりじゃないですか? そう思いません?」
「……えっと、なにをしたんですか?」
聞くつもりは微塵もなかったのに、聞いて欲しい圧に僕は負けてしまった。
これが押売りなら無駄な出費が増えていた。
我が意を得たりとにんまり微笑むクミンさん。
「僕は何にも悪くないんですよ? むしろ親方の助けになると思って頑張ってたんです。生木が早く乾けばそれだけ売れる物が増えてハッピーやったーじゃないですか。だから魔法使って夜中にこっそり乾かしてたら、うっかり小火になっちゃいまして」
「駄目じゃん」
「でもでもでも、ちゃんと火は消しましたよ。煙が寝てる親方の元に届いちゃって、危うく目が覚めなくなるところでしたけど」
「もっと駄目じゃん」
「でも生きてるんだし火事にもなってないんだからセーフじゃないですか。なのに親方ってば『職人が死にかけるような薪なんて縁起が悪くて売れるか!』って怒っちゃって」
「怒られるだけで済むならむしろ寛大では?」
そんな失態、その場でクビになっても文句は言えまい。
僕が親方の立場ならもれなくそうする。
むしろ退職金代わりに温情で薪を渡されたのではないか。
「それならこんなところで油売ってる場合じゃないのでは?」
これ以上付き合うつもりが無いので、僕達が帰る方角とは反対を指した。
「あっちへ行けば近くの町に着きますよ?」
「そうなんですね、じゃあ雨が上がったら一緒に行きましょう!」
「……何故?」
「お二人はその町から来てるんでしょう?」
「そう思った理由は」
「やだなぁ。格好を見れば誰でもわかりますよ」
それもそうか。
「一緒に行ってもらえるなら荷物載せて行きますよ。美少女が三人揃えばそれだけで宣伝になりますし」
「――おい」
僕ってやっぱり女に見えるのか。でもギリギリ男にも見えるはずなのにおかしいなぁ。
なんて思うよりも先にユエちゃんが口を挟んできた。
どうやら僕よりも先に限界に達してしまったらしい。気持ちはよくわかる。
「さっきっから人が黙って聞いてりゃペラペラとよぉ……。美少女が何人だって?」
「ユエちゃん……」
僕が男だって説明してくれるなんて。
「美少女だって言うんなら、その股の間にぶら下がってるモンはいらねえよなぁ!?」
「な――なんのことかな!?」
クミンさんの股間を指すユエちゃん。
一瞬感動してしまった僕の存在そっちのけだ。
っていうか、なんの話――
「ボクはただの薪売りの美少女――」
「今更女ぶったって誤魔化されるか! こちとら何年男を見てきたと思ってんだ! テメェが男だってのはとっくに分かってんだよ!」
「ギャー! やめてください! 棒はやめて! 棒で狙わないで!」
「ユエちゃんストップストップ!」
雨振る中、棒を振り回し暴れるユエちゃんを必死に引き離す僕と逃げ惑うクミンさん。
賑やかな三人組だけれど、互いに初対面でやることではない。
「……みんな旦落ち着いて。一回話を整理しようか」
このままではしこりが残ったまま三人で帰路に就くことになりそうなので、僕がまとめ役を買って出ることとなった。
引き剥がされたユエちゃんはフーフーと呼吸が漏れ、未だに興奮が冷めやらぬ。
対して荷車に座るクミンさんは若干涙目だ。
やだ、なにこれ。ひょっとして貧乏くじ引いたんじゃない?
「まずはクミンさん。あなた男なんですか?」
仕方なしに僕が進行役を買って出る。なんで話を整理させようなんて言っちゃったんだ。
「……てへっ」
「コイツぶん殴っていいかな?」
「気持ちは分かるけど駄目だよユエちゃん。ステイ」
「――やっぱりほら、人を集めるためには美少女が一番じゃないですか?」
性懲りもなくそんなことを言うクミンさん。
ユエちゃんの眼力は正しかったようだ。
僕と同い年で少女を言い張るのは無理があると思うが。そもそも女ですらないし。
「なるほどなるほど。それで、ユエちゃんはどうして男だって気付いたの?」
「わざわざ炭焼き小屋で働く女なんていないだろ」
「……なるほど」
それは言い得て妙だ。
ではもう一つ。
「『何年男を見てきたと思ってんだ』ってのは?」
「そりゃ歩き方とかゴツい手とか見たらわかるって意味だよ。喉仏も出てたしな」
「なるほどねぇ……。つまり、これまでの生活では男性の身体を見るのが習慣的だったのかな」
「そりゃまあ――あ、いや。そ、それはだな……」
後ろめたい何かがある反応だった。
そうだよね。いくら子供とは言え、善悪の区別がつかない年頃なんかじゃあない。
恋愛感情だってあるんだもの。
「僕さ、ずっと心配してたんだよ。ユエちゃんが酒場で馴染んでるって聞いてさ。でもね、大丈夫。どんな過去があっても僕はユエちゃんの味方だから」
「……ん? 何を言ってるんだ――」
「酒場で男性の相手ばっかりさせられてきたんだよね!」
「……あ――ああ! そうそう、そうなんだよ!」
「やっぱり!」
「別にそんな相手なんて言っても、隣に座って喋るだけだから、そんなにあれなんだけどな! だから見抜けたって言うか! あははは!」
「そっかそっか」
じゃあ僕の性別には気付いてる?
とはさすがに聞けない。
「そうそう! 俺も聞きたいことがあるんだ!」
「なにかな」
「魔法使いってさ、そんな当たり前にいる存在なのか?」
「そんなことないよ。魔法が使えるってただそれだけで王都に招待される様な存在なんだから」
「なるほど」
「僕もマヤ殿に会うまで見たことなかったしね」
「じゃあ、コレは?」
冷静な口調でユエちゃんはコレを指差す。
「さぁ。薪売りなんてやってる時点で偽物なんじゃない?」
「ちょっとちょっとちょっと! ボクは偽物じゃありませんよ!」
「今の話聞いてるとさ、魔法が使えるだけでかなり稼げそうじゃん。なのになんでそんな薪売りなんてやってんだよ」
「そんなの――チヤホヤされたいからに決まってるじゃないですか!」
クミンさんは開き直った。
「いいですか! 王都には、ボクよりもすごい魔法使いもいっぱい集まるんですよ!? そんな中で、薪を燃やす以外の魔法が全く使えないボクが行ったところで、ボクの存在が埋もれるに決まってるじゃないですか。有象無象、十把一絡げ。そんな惨めな思いするくらいなら薪売りの素敵可愛い美少女の方がマシです!」
想像のはるか上を行く、くだらなさだった。
並々ならぬ才能を持ちながらも、そんな理由だけで王都行きを拒む人間がいる事に驚きである。
「薪以外は燃やせないのか?」
冷静に質問を投げるユエちゃん。
さっきまであんなガルガル状態だったのに、どこで心変わりをしたんだ。
「残念ながら、炭すら温まりませんよ」
「なんだ。火打ち石より使えねえな」
あ、違う。ただ煽りたかっただけだこの娘。
「ハァ!? 薪さえあれば炭だって燃やせますー! そもそも火打ち石じゃ薪に火を起こすのだって時間かかるじゃないですか!」
「よし。雨も止んだし帰ろうぜ、エリック」
「おい、無視するなチビ助!」
僕の手を引いてユエちゃんは歩き出す。
可哀想だけれどそれはそれ、これはこれ。
これ以上話したところでこちらにメリットはない。落とし穴の無事も確認したし帰ろう。
早く帰らないと僕はともかく、ユエちゃんの体調に影響が出る。
「ところで、薬草って売ってたっけ?」
「薬草? 売ってはいるけど傷薬の方が良いよ。この前のは応急処置みたいなものだし」
「怪我用じゃなくてさ。魔物って薬草に釣られて来るんだろ?」
「うん? ……ああ、おびき寄せたいのね」
「イエス」
「二人とも僕を無視しないで!」
「二匹以上現れるリスクとかちゃんと考えてる?」
「なんとかなる――」
「ハズが無いのはちゃんと分かってるよね? 今までが一匹だったからって次もそうだとは限らないんだよ? 人に死ぬなって言ったんだから、実力も無いのに楽観的になっちゃ駄目」
「………………」
「……あの。真剣な空気になってるところ、大変申し訳ないんですが、荷物運ぶんで連れてってくれませんか?」
いつの間にか、クミンさんは僕達に並走していた。
重いはずの荷車を引いてるのによくそんな体力があるな。これが同年代の男の体力なのか。
そこでふと、考えてしまう。
――果たして。
僕は、彼に勝てるのだろうか。
何も戦うわけじゃない。
冒険者としての実力の話だ。
実力であり――魅力の話だ。
「さっきの発言は謝るので、どうか力を貸していただけないでしょうか」
威勢は消失しても、彼の図々しさは変わらなかった。
いっそ清々しい。
「知らない人には付いていかない。口車には乗らない。すぐ逃げる。って大人から教わってるんでな。悪いな魔法使い」
「僕を魔法使いって呼んでるじゃないですか。だからもう知ってる仲ということで。ね、ね?」
「俺らがいたんじゃチヤホヤも無いだろ」
「そんないじめないでくださいよ。魔物退治なら僕も手伝いますから」
言って、ポケットから冒険者カードを取り出した。
黒い、漆塗りのカードを。
「ほら、ちゃんと冒険者カードありますよ。だから、お願いしますよ。ね?」
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