ハートビートは高らかに

芹沢紅葉

第1話

 スポットライトを浴びて、ドラムを演奏するお父さんがあまりにも眩しかったのを、十数年経った今でも覚えている。

 スモークが炊かれた会場では、今か今かと皆が待ちわびていた。そして、アップテンポのエイトビートが鳴り出す。主音を引き立てるリズムに合わせて、気が付けば五歳だった僕の体も揺れていたくらいだ。お母さんに連れられて初めて見に行ったライブ。イントロダクションから鳴り響いたドラムのリズムは、今でも耳から離れない。

「ライブスタート!」

 バックミュージックに合わせてボーカルの声が響くと、ステージを隠していた幕が下り、激しい演奏が始まった。

 天才ドラマー・アキラ。バンド・エクステンドのリーダー。それが僕のお父さんだった。ライブを初めて見た僕は、大きな音にひるむどころか飛び跳ねまくっていた。

 そのライブは、始終楽しい時間だった。思い思いに身振り手振りを駆使して皆が盛り上がっている。そんな中で、僕はお父さんの叩くドラムの音だけにせられていた。

 あの時の情熱が、今はもうないことだけが惜しい。


 バイトもしていない高校生には安くない値段のスタジオを借りて、今日も僕たちはスタジオに集まっていた。

 スタジオに集合だと連絡をしてきたギターボーカルの男、タカは今日も憎たらしい程元気がいい。どこか気取ったようなウルフカットの髪型をした彼は、確かに高校生にしてはモテる顔立ちをしている。だけど、僕からすればビジュアルだけがいい、ただの夢追い人だ。

 対する僕は、ぽっちゃりとした体で二重顎にじゅうあごも出来ている顔はお世辞にもかっこいいとは言えないだろう。

 そんな相反している僕とタカは、残り二人のメンバーを加えて練習に励んでいた。二週間後に開かれる、文化祭での演奏に向けて。

 ライブ用に作った短いセットリストを一通り歌い終わって、各自好きに練習をしていた。僕はとりあえず、気になるところを通して演奏してみようとスティックを構え、リズムよく音を刻んでいた。なのに。

「みつよちゃーん、そこ違う」

 ぐっと声を押し殺す。僕の名前はみつよじゃなくて、光代こうだいなんだけど。読み方を勝手に変えて、女みたいな呼び方しやがって。目の前に立つタカを軽く睨みつける。

「なんかさぁ、もっとこう……強い音が欲しいんだよ。分かる?」

 タカの言い草が気に食わず、イライラする。甘いものが欲しくなってきた。嫌なことがあると食べ物に逃げてしまうのが悪い癖だと分かっているけれど、こればかりはもうどうしようもないのだ。

「バーンッ! ダダッダダー、って感じでさぁ」

 擬音ばかりで表現の仕方が陳腐ちんぷなタカは、出会った時からいつかプロになって活躍できると本気で信じている。馬鹿みたいだ。世界はそんなに甘くないし、プロになったからといって、そこで終わりじゃない。むしろ、それから苦しい道が続くことだってあるんだ。

 タカに対して苛立ちをつのらせるのはいつものことで、どうしようもなく腹の立った僕は、無言でかばんを手に取って中からビスケットを取り出した。それにむしゃむしゃと食いつけば、はぁ、と呆れ混じりの溜息ためいきをつかれる。

「あのさぁ、みつよ。それ以上太ってどうすんの。キレがなくなっても困るんだけど?」

 無視、無視。今はこのビスケットの甘さを感じることが最優先だ。でないとこの苛立ちを口にしてしまいかねない。

 タカは椅子を持ってきて、ドラムを挟んで僕の前に座ると何故かふてぶてしい態度で聞いてくる。

「お前はあの天才ドラマー・アキラの息子なんだろ?」

 ピタリ、とお菓子をまむ手が止まる。アキラ。日本でも五本の指に入ると言われていた天才ドラマーであり、僕の父親の名前。僕とは似ても似つかない程、凛々りりしい姿は数々の雑誌やDVDに残っている。それを、タカは知っている。

「僕は、お父さんとは違う……」

 ボソボソとつぶやく。僕はお父さんのように格好良くもなければ、技術だってまだまだ足りない。そんなの分かっているから、夢を追うことなんて出来ずにいる。

「勿体ねぇなぁ。インパクトはあるのにさ」

 どうせこのデカい体だけを見て言ってるんだろう。標準より少し丸いだけだ。なのになんでコイツに口出しされなきゃいけないんだろう。

 タカはくるりと椅子を一回転させながら、嬉しそうに告げた。

「そういや! もうすぐ文化祭だろ。やっとライブ出来るな!」

 どうせそれが嬉しいだけだろう。僕だって無理に付き合わされているだけだ。

 早く終わってくれないかな、文化祭。

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