第7話 渋谷ダンジョンデート

 到着。

 渋谷駅から徒歩5分。巨大な商業ビルの一階部分にダンジョンポータルが存在している。

 その商業ビル──『渋谷クロスゲート』には探索者用のショップやサービスのテナントが多く入っており、カジュアルな探索者からガチ探索者まで様々な探索者が数多く集まるダンジョン施設だ。


「おい、アレ。【戦女神ヴァルキュリア】と【不死者ノスフェラトゥ】じゃね?」


 一階のダンジョンポータルロビーに来た俺たちはめっちゃ目立ってた。俺はホームダンジョンだし、日ごろから親しみやすい舐められているSランク探索者として有名だから、いつもなら全然目立たないし騒がれないのだが、ツレがね。今、世界で一番ホットな探索者だからね。


「ここが俺のホームダンジョンの渋谷ね」


「すごい賑わってる。私のとこと全然違う」


 シアのホームダンジョンは埼玉の大宮ダンジョンだ。なぜ知ってるかと言えば、つい先日大宮ダンジョンの名称が【戦女神ヴァルキュリア】ダンジョンに変わったと大々的にニュースになっていたからだ。


「あの、完全攻略おめでとうございますっ。シアさんのファンですっ、握手していただけませんかっ!」


「ん。いいよ」


 若めの女性探索者だけで組んだ、いわゆるガールズパーティーの子たちがシアに握手を求め、キャッ、やったっ、一生右手洗わないとか言ってる。ゴブリンの返り血を浴びて尚、そのセリフが吐けるかな? 


「…………」


 ちなみに俺に握手は求められなかった。別にいいもん。知ってるもん。


「それにしてもやっぱシアは人気者だな」


 ほぼ全員がこちらを注目している。特にシアに対してだ。さっきのガールズパーティーの子たちを皮切に次々と女性探索者は声を掛けてくるし、男どもはイヤらしい目でチラチラと見てくる。その隣にいる俺のことは無視、あるいは好意的とは言えない類の視線だ。


「ッケ、ソロで完全攻略するとか言ってたけど、結局女に手伝ってもらへぶらっ──」


「あ……」


 コソコソと人に紛れながら俺への悪口を言っていたであろう男が宙を舞っていた。隣を見ると金髪ロールアップ美人が一瞬残像を残して消え、瞬きをしている間に実体に戻っていた。

 恐ろしく早いグーパン。下手したら頚椎ネジ切れちゃうね。


「キューマの悪口言うヤツは私が全員ぶっ飛ばす」


 キュン。やだっ、なにこの子、カッコイイ。

 って、言ってる場合じゃない。ぶっ飛ばされた男が泡吹いてピクピク痙攣しだした! ちょっと、いやかなりヤバめだ。あ、カクって。首カクって! あ、救護班! いち、に! いち、に! よ、良かった。息を吹き返した。


「ッチ」


 シアさん? なんで息を吹き返した場面で舌打ちしてるんですかねぇ? 流石に殺したら捕まりますよ? ましてダンジョンの外なら尚更に。


「キューマ、荒木が言ってた。地上のモンスターは殺すわけにはいかないって」


「うん。言ってたね。今絶賛殺しそうだったけどね」


「うん。だから次からは地下へひきずりこんで殺そうと思う」


 息を吹き返した男がヒッと短く悲鳴を上げ、逃げ出した。うん、それがいい。逃げてくれ。もう二度とシアの視界に入らない方がいい。


「うん。シア、お願いだから絶対にやめて? 俺の悪口言っただけで死者が出るのは流石に寝覚め悪いから」


「キューマは甘い。何人か死ななきゃ人は学ばない」


 うーん。まぁそれは同感なんだけどね。


「ま、俺は本気で俺のために怒ってくれる人がまた一人増えただけで救われてるからさ」


「キューマ……。うん」


 ギュッと抱きしめられた。うん、いや、ここロビー。すっごい広いロビー。探索者が常時数百人いるロビー。動画、絶対動画撮られてるって。さっきの死者蘇生の場面も含めて、絶対動画撮られてるんだって。

 救いはシアが殴った場面は恐らく映像に残せた人はいないし、なんなら気付けた人もかなり少ないと思う。


「ふぅ。よし、シア、ダンジョンに行こう。俺たちの安寧の地は50階層より下にしかない」


 そこから先は人のいない世界だ。S級はそれぞれ別のホームダンジョンを持っているため、50フロア以降で探索者とすれ違うことはない。そこは己とモンスターが生と死をせめぎあう純粋で神聖な闘争の場だ。


「ん。行こう」


 受付は当然顔見知りだ。色々言いたいことはあっただろうが、グッと飲み込んで入場手続きをしてくれた。

 ライセンスの確認が済むと、ビー玉──もとい帰還ポータルのついたネックレスを首に下げ、奥へと進む。自律型撮影ドローンを抱え、転移装置──ポータルへと向かう。

 その横には神託の石碑。石碑と言っても石板というよりはタブレットを巨大にしたような感じだ。タップやスワイプで情報を切り替えて見れる。そこにはこのダンジョンの名称である渋谷ダンジョンという文字と、最深階層を示す150という数字が映し出されていた。

 さらにスワイプをしていくと──。


「終末タイマーは3年と8ヶ月か。シアが完全攻略したおかげで1年も伸びたな」


 人類が最も恐れていること。この数字が0になった時、具体的に何が起こるかは分からない。石碑には『世界に終末が来る』とたった一行の示唆しかない。だが、逆にそれが不気味であり、人々の恐怖を煽る結果となった。


「ん。でもこのままだと10年しない内に時間切れ」


 終末タイマーは遅らせる、あるいは巻き戻すことができる。それに必要なのはダンジョンの攻略およびモンスターの討伐だ。だが、世界中の探索者たちの頑張り虚しく少しずつタイマーは進んでしまっている。


「そうだな。ま、一秒でもタイマーを巻き戻せるよう頑張りますか」


「うん」


 終末タイマーをスワイプで消し、ポータルに乗る。数秒して地面が青く光ると俺たちはダンジョン内部へと転送される。



「……」


 シアがダンジョン内部をしげしげと眺める。


「大宮とは全然違うでしょ」


「うん。全然違う」


 大宮は確か森や草原などオープンフィールドっぽいダンジョンだ。渋谷ここは洞窟系のダンジョン。

 横幅も天井までも数十mある巨大な洞窟だ。


「……」


 初期位置にはプレイヤーの姿はない。1階から5階は人が多いからいずれすれ違いもするだろう。


「…………」


「ん? どうした?」


 何かシアがこっちをジッと見てくるんだが?


「マナスキンしないの?」


 探索者必須スキル、ナンバーワン。

『マナスキン』

 魔力を全身から放出し、体に沿わせて纏う技術だ。このマナスキンこそが鉄をバターのように切り裂くモンスターの攻撃を防ぐバリアである。

 探索者たるものマナスキンに始まり、マナスキンに終わるとまで言われるこの技術──その奥深さは、魔力放出量、その圧縮率、バリアとして最優先される強靭さ、それでいて動きやすいしなやかさが求められる。

 薄い、伸びる、破れない。これこそがマナスキンに求められる三大要素である。

 で、そんな最重要技術をダンジョン内で俺が使用しないかって? ハハ。


「俺、スキンはしない派なんだ」


 やっぱモンスターとは直接触れ合いたいじゃん? 生死を掛ける戦いだからこそ生身で感じたいんだ。


「……見せて?」


「何を」


「マナスキン」


 俺のギリギリのジョークを無視して、ズズイっと迫ってくるシア。ちなみに世界最強であるシアのマナスキンはキラキラと輝き、うっすうすでピッタピタで目を凝らさなければ気付けないほどだ。当然防御力も世界一だろう。


「……絶対笑わない?」


「うん。私はキューマの攻略の助けになりたい」


「…………絶対、絶対、笑わない?」


「絶対、絶対笑わない」


 そこまで言われたら仕方ない。


「よーし、見せてやろうじゃないかっ。俺のマナスキンをぉおお!!」


 ゴゴゴゴゴゴゴ。天は裂け! 地は揺らぎ! 風は吠え! そして俺の視界が真っ黒に塗りつぶされ! デデーン。


「…………ップ、アハハハハっ! キューマ、なにそれ!」


 笑わないって約束だったのに。そんで笑うならせめて見たかった。爆笑するシアとかいうレアモンスターを見たかった。


「マナスキンだけど文句あっか」


「大玉、大玉転がし……」


 俺はゴロゴロとシアに転がされた。運動会の大玉。色は紫。材質はタイヤのゴム。その大玉の中で俺は一切身動きが取れず、されるがまま。それが今の状況だ。


「もう満足したか?」


「うん」


 俺はマナスキンを解除する。そう、これがS級詐欺とか言われたり、舐められたりしている理由その一だ。俺はマナスキンがまともにできない。


「魔力操作が下手ってこと?」


「あぁ、絶望的にな」


 マナスキンとはすなわち、魔力の『放出』『圧縮』『性質変化(伸縮・強固)』この三工程を経て形成される。俺は放出しようとするとバカデカい魔力が出まくって、圧縮しようとすると極限まで圧縮されて、伸縮性はゼロ、強固さは世界一かも知れない。

 身動き取れないサンドバッグとしてだが。


「でも魔力量すごい。私の何十倍……? 何百倍?」


「まぁ、そうだな。魔力量は世界一かもな。魔力操作はE級探索者以下だけど」


 せめて魔力量が世界一でもなきゃS級探索者になんてなれんだろ。これじゃ。


「でもじゃあどうやって戦ってるの? マナウェポンもマナフォルムは使えるの?」


 マナウェポンは剣とか槍とか金属の武器にマナを纏わせるマナスキンの武器バージョンの技術。マナフォルムは魔力が武器とか防具になる更に上級者の技術。

 当然マナスキンがこんなんな俺ができるわけもない。


「使えないな。俺ができる魔力操作は一つだけだ。そして世界で恐らく俺しかやってない。故に俺のオリジナルスキル。名付けて──」


「……名付けて?」


 俺はもったいぶるようにタメを作り、不敵な笑みを浮かべながらその名を告げる。


「──マナリベリオン」


 

 

 

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