第20話:妻と弁護士
妻が弁護士事務所に来たときのことを話し始めたとき、弁護士は電話なのに眉がハの字になって困っているのが伝わってきた。
「正直、心苦しかったです」
弁護士に一言で言わせたらこんな感じだった。
「奥さんって、ほんとに浮気したんですよね!?」とか言われた。弁護士には当然資料を全部出してるんだよ?
弁護士曰く、嫁は事務所に来てわんわん泣いてるのだとか。俺を出せと騒いだらしい。俺はいないと伝えたら、連絡先をひたすら尋ねてきたらしい。
それは教えられないと言っても、頑として譲らない。座り込み、懇願、交渉、買収など、ありとあらゆる方法で俺の居場所を聞こうとしたらしい。
居場所自体は弁護士も知らない。俺だって適当に移動しているので、下手したら自分でも説明できないほどなのだ。
スマホの番号は予定では既に新しいものに変わっているはずだったが、高校時代のメンバーのグループLINEがあるので解約を待っている。
つまり、弁護士も妻も持っている俺に関する情報にそれほど変わりはないのだ。
それでも、色仕掛けはしなかったらしい。まあ、普通の神経ならこのタイミングで色仕掛けはしないよなと思うけど、普通の神経なら浮気しないよな、と。
嫁は弁護士事務所の相談室を占拠して帰らないので、弁護士は警察に連絡していいか俺に確認の電話を入れようとしたらしい。そしたら、妻は掴みかかって弁護士のスマホを奪おうとしたらしい。
それはもう俺の知っている妻じゃない。普段の妻は人に掴みかかったりしない。そもそも誰かと言い合ったりしない。いつもニコニコしていて、誰からも好かれていた。あんなにかわいくて、人から好かれたら人生イージーモードだろうなあって思ってたくらいだし。
そんな妻がなにを伝えたいのか。もう浮気は確定だし、言い逃れのしようがないし、クロ寄りのクロだし。そもそも娘は俺の子じゃないし。後は、その娘はどうしたんだよ。結局、警察に連れて行かれる形で妻は弁護士事務所を追い出されたらしい。
妻は店長の奥さんから損害賠償請求されるはず。ただ、話なんてできない状態だろう。それじゃあ、店長の家も離婚の話が進まないし、その次の計画にも進めない。
なにか良い方法がないかと考えた。
とりあえず、高校時代のメンバーのグループLINEは……。全員妻の味方だった。そりゃそうだ。
むこうには信頼と実績があるのだから。内容を見るとこんな感じだった。
『川神さんのどこに不満があるっていうんだ! 風間だろ!? 俺なら川神さんが奥さんなら失踪とか絶対にしない!』
『いや、俺が川神さんと結婚する!』
『川神さんを泣かすとか風間ってヤバイな』
あー、みるみる俺の評価が「どうでもいい」から「悪い」になってるなぁ。まあ、どうでもいいか。
あ、「川神さん」は妻の旧姓な。「風間」が俺の名前。
妻は必死に俺をかばっているようだ。それでも、話の流れからいったら俺をかばえばかばうほど、妻の評価は上がり、俺の評価は下がる。
妻は今後も元クラスメイト達と接することもあるだろう。一方、俺は彼らと関わることはない。今の調子で妻の評価が高くなって、俺の評価が下がっていた方が都合がいいだろう。
俺を叩く話の流れが落ち着いたころ、女の子達の何人かが俺に向けてのメッセージを送り始めた。
『風間くん! このグループ見てたら由紀に連絡してあげて!』
『由紀は風間くんのことを本気で愛してるから!』
『由紀をおいてどっかに行くとかありえないから!』
書き込んだヤツの名前を見たら高校時代から妻と仲が良かったメンバーだな。クラスメイト全員と仲が良かったと言ってもいい妻なので、特に仲が良かった女子達って感じか。
みんな言葉は違うけど、妻を応援しているし、妻が悪いとは1ミクロンも思っていない。まさか、妻が不貞を働いたとか誰も思わない。情報の多さに関して言えば俺が一番だろう。
人は情報が多いほうがより正しい判断ができるもんだ。それに関しては俺こそが世界で一番妻に関する情報を持っているってことだろう。
つまり、俺の判断が最善なのだ。
うーん……、なんか考える。
今後のために抜本的な対策を。
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