吉原相州屋エレジー (哀悼歌-elegy-)

豊国屋紀乃

第1話 はじめに

 ところでこの物語の書き出しは「いつか性を代償にして生きて行かざるを得なかった女性達の物語を描いてみたい」という私の無謀な野望に根差しています。

 きっかけは学生時代に江戸時代の庶民の生活について調べていた時の事でした。

 図書室でその少し後の明治時代に写したとされる膨大な量の当時の写真を集めた写真集を発見したのです。

 それは当時日本に滞在していた外国人が硝子板を用いて撮影された写真乾坂タイプの物でした。

 それまで浮世絵でしか見た事のなかった江戸ッ子達が実在の人物としてまざまざと目に飛び込んで来た時の衝撃は今でも忘れられません。


 彼等は確かに存在していたのだ!


 それらの写真を残してくれた、当時日本を訪れた外国人の方々に感謝してもしたりない位です。


 そしてやはりその中でも心に強く残ったのは吉原の張見世に並ぶ遊女達の写真でした。

 この写真はWikipediaでもどこでも載せている写真なので見た事がある方もいるかも知れません。

 その写真に写っている遊女達の顔と彼女達に対して寄せられた外国人の撮影者の方のコメントがその時から頭から離れない。


「彼女達はみな蒼白く無表情な顔をして格子の中で座っていた。」


 写真の中の彼女達の顔はまさにその通りでした。


 しかしそれと正反対にして時代劇のドラマや映画で描かれる遊女達の表情や仕草は私に違和感しか与えませんでした。


 その表情はまるでミス・ユニバースのように自身の美しさを誇示し自信に満ち、かつ男性を惑わすような妖艶な笑みと色気たっぷりの媚びるような仕草をしていました。

 それが「遊女として幼い頃から教え込まれた姿態を表現したものだ」、と作り手側が演技指導をしたものだったとしても…。

愛情もない、ましてや何をされるかも分からない男とこれから寝所を共にする女の正常な表情とは到底思えなかったのです。

 彼女達の顔には虚栄心や底知れぬ享楽を求める表情さえ浮かんでいた。


 これはどういう事なのだろうか?

作り手側が現代の「その手の商売」をしている女性達と遊女達を同一視しているのではないか?

 男性の願望を反映しているだけなのではないか?

 遊女とはこういうものだというステレオタイプ的な概念が脳内に刷り込まれて定着してしまっているのではないか?


 江戸時代の遊女と現代の「その手の商売」をする女性との大きな違いはその行為に見合った賃金が彼女達に支払われていたか否かだ。

 正当な賃金が支払われているのなら大いに魅惑的な表情を浮かべ男性客を虜にするでしょう。

なので遊女達も客に誘惑の目を向ければその日の揚代にも繋り借金を返せる為そのような色香をふりまいていた、というのはあくまでも男性目線なのではないか?と疑問を感じました。


 しかし妓楼の遊女達はそうではなかったと私は思います。

 揚代は遊女の収入にはなり得ずあくまでも借金の返済分であり、しかも借金は減るどころか増えていくという鬼畜なシステムの上に成り立っていた。

 加えて人権無視の軟禁状態から逃げ出す事は出来ない。

彼女達は本当は何を思い何を考えていたのか?知りたい。


 だからこそ女性の目線から見た遊女達の姿を描きたいと思ったのです。


 しかし若輩者だった私にはなかなかその世界に足を踏み込む事が出来ませんでした。

 この歳になってようやく彼女達の哀しみに寄り添う精神的余裕が出来てきたのと、年齢と共に感情的に男性批判に結び付けてしまう単純さが消え失せたせいなのではないかと思います。


 期せずして最近何だか若い人達の間で花魁文化がウケているようです。

某アニメの影響だという。

本当に解っているのかな?

彼女達はあんなに両肩諸肌脱いだりはしなかったと思うぞ。(笑)

 おまけに「江戸時代の花魁に生まれ変りたい。」とのたまう女のコ達がいるそうな…。


 あくまでも遊女は「人身売買」ですから!吉原は悪所だったのですから!お願いですからそんな事言わないで下さーい。Σ( ̄ロ ̄lll)


 そして私が草稿でこの物語を書き始めた後になって、某国営放送でもこの文化を題材にした大河ドラマを放送すると知りました。(私はテレビを観ないのです。)

 その番宣の序文を見た時に驚いてしまったのが、私が書き始めていた物語の登場人物とドラマの登場人物の名前の偶然の類似です。

 しかも「相州屋」という屋号は音と字面が良くて気に入り、私が気紛れに付けた架空の妓楼の名前なのですが、これもまた後で調べたら偶然にも江戸時代に実在した版元の名前でした。

 そして大河ドラマの主役も蔦重ときた。

正直参ったね。f(^_^ゞ


 私は「引き寄せ体質」なので(霊感は全く無い)念が強いと何故か近寄せてしまう。

 致し方無いと言えばそれまでですが、敢えて登場人物の名前は変えないでこの物語を書き進めようと思います。


 あらかじめ申し上げておきますが、ちょっとグロや悲惨な場面が出てくるのは、同じく学生時代に読みふけった横溝正史氏の作品の影響からであると付け加えてご容赦頂ければ幸いです。


 加えまして江戸時代及び吉原についての知識は素人の域を出ない程の低さでありますので、この物語はあくまでもフィクションとしてお読み頂きとうございます。


 ではどうか手慰めに読んで頂けたら幸いでありんす。


 序

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