第45話 ハチカブッチャッタヒメ(4)
この男が買ったシャケ弁だのノリ弁だのを食べて、大きくなったのだ。
ネコルたちは宇野と一緒に『機械のヒカリ』が置かれた部屋から離れて、同じ階の休憩スペースに腰をおろした。
何か飲むかいと自動販売機を指されるが、ネコルも凪も断った。しかしいわゆるこの手の企業秘密っぽい場所にも、業者が缶の補充に来るのだろうか。テレビでキャンペーン中の缶コーヒーから、きわものな茶碗蒸しドリンクまでそろった販売機のラインナップが、少しだけ不思議だった。
宇野は一言断って、煙草に火をつける。
「度会先生はね、もともと私の大学で教鞭をとってらっしゃったんだ。機械と生物の動きをどれだけ精密にリンクさせて近づけることができるか──いくらでも小難しく言うこともできるけど、簡単に言うとそんな分野の研究になるのかな。ほら、動物園の生体展示も、絶滅危惧種は本物のかわりに復元模型を置いておくだろう。本物そっくりの」
「あれって……機械なんですか?」
「そう。実はね。知らなかったかい?」
どこか悪戯が成功したような顔をした。ネコルは凪と顔を見合わせる。おまえ知ってるか? いいや知らないと目で会話する。
「秘密だよ。パンダさんを楽しみにしてる、小さな子供たちが泣くからね」
「人型のロボット……もその延長線ってことですか?」
「まあね。もっとも、はじめはそこまで身を入れていたわけじゃなかったよ。あくまで研究の余興で、スポンサーにアピールするためのパフォーマンスにすぎなかった。あそこにいたのは、垣ノ立市に来る前に作ったプロトタイプだよ。モデルは先生の奥様だ。
宇野は煙を吸って吐いた。
「結果としては、大受けだよ。『学府の
天才を愛する、蠣館の一族が統べる地に。
「奥様の光璃さんは、先生とは年がかなり離れていた。研究第一の先生に拗ねもしたけど、小さい方のヒカリちゃんも生まれて幸せそうだったよ。ただ、病気がちなのは治らなかった。ヒカリちゃんが生まれて何年かして、そのまま入院先で亡くなったんだ。先生の嘆きようと言ったらなかったよ。その頃はまだ大学の院にいた僕に向かって尋ねたぐらいだ。彼女を取り戻すにはどうしたらいいって」
――んーっとね、ママの研究。
『ぴーちゃん』があどけなく答えた十年前を思い出した。
「先生が大学に籍を置いていた頃から、私は先生の直弟子のようなものだったから。先生が垣ノ立市に移って、蠣館の援助で人間型の研究を続けるとおっしゃった時も、ついていくかかなり迷った。その上でこの相談だよ。つまり先生は、自分の手で『度会光璃』を作り出したいと言ったんだ」
正気の沙汰とは思えなかった。しかし宇野綴にとっては、迷いつつも受け入れることにしたらしい。場所は西羽川のさらに先。林に囲まれた夫婦の屋敷に移り住み、博士とその娘の三人で生活をはじめた。
作るものは、この世で最高のヒトガタ。
夢想をそのまま形にしたような。
「ここまでで、なにか質問は?」
凪が手を挙げた。
「……蠣館の方は、それでも良かったんですか? 博士に人間型の研究を頼んではいても、奥さんを作るなんていうのは、契約に入っていなかったと思うんですけど」
「うん。まあ、もちろん、いいわけでもなかったようだよ。実際作ると決めてからは、研究費の要求はうなぎ登りだし、その割に進行は亀の歩みだ。先生は、蠣館が派遣する技術者を雇いいれることも嫌がりはじめた。彼らがHK-L――開発中の光璃さんで金儲けをするつもりだってね」
「そんな……慈善事業じゃないんですから」
「そうだとしても、先生は純粋だったんだよ」
結果として蠣館側の使者とは衝突ばかりし、関係は冷えていったそうだ。
「先生は、しだいに新しい身請け先を考えはじめた。海外にある別の研究機関と接触して、自由に自分の研究を続けられる環境を得ようとしたんだ。でも私は反対だった。蠣館のやり口がどうこうとかいう問題じゃない。これ以上、娘のヒカリちゃんを一人にさせるような真似はできないと思ったんだよ」
なにしろ娘の度会ヒカリは、たった七歳だったのだ。
話し合いは続いたらしい。かなり感情的なやりとりもあったそうだ。そして、そのさなかに起きた事件があった。
「君にも関係あることだよね。ネコル君」
「…………ヒカリが、俺と逃げた」
「そう」
逃げて、ネコルを頼って、突き放されて、そして父親につかまったのだ。
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