4章

第28話 ワタライヒカリレポート(1)

 繰り返します。繰り返します。

 私立風涼高校二年C組。猫崎ユヅル・愛称ネコル君は、学校にいる沢山のおともだちに、とんでもない言葉を残してくれました。


***


「……ええ、ええ、あたくしとっても怖かったんです。周りに頼れる殿方は誰もいない。松旗教師はとても激しやすい方」

「それはとても怖かったでしょう。かわいそうに」

「本当に怖かった」

「可哀想なアモーレ」

「でも大丈夫」


 小日向祐子と海老原凪が、教卓の前で右手を重ね合わせる。きらめく目と目をあわせて、さらに左手を観客(?)へ広げる。


 周りで見守る観客は、主に机の上に思い思いに腰掛けたC組男女数十名である。


「あなたと~」

「ぼくの~」

「愛があれば~」


 あらてめて両手をつなぎ、二人はくるくると回りだす。


「「恐れるものなど、なにも、な・い~」」


 それはメゾソプラノとアルトの完璧な二重唱だった。最終的にうっとりともたれかかる小日向さんを、凪が白い歯を見せながら受け止めてキメ。



(……………………………………ばっかじゃねえのかおめえらっ)



 なにがキメだ。ネコルは自席に突っ伏したまま、悶絶するしかなかった。

 ──らー、らー、らららー。なおも息ぴったりに寄り添って歌い踊る、小日向祐子と海老原凪の二人組。頭の方に割り箸とヘアバンドで作ったヘッドギアもどきをかぶっている小日向祐子が度会ヒカリ役で、凪がネコルの役らしい。そろいもそろってキャラが変わりすぎているというか、ここはヅカか。宝塚か!

 周りには女子が作った造花の余りが散乱していて、余計にきらきらしい要素が増している。

 現役ミュージカル部員で、現場にもいた小日向祐子はともかく、凪! てめえだ! ぶっ殺す! いつか殺す! 殺したのちまた殺す!


(俺だって、やっちまったなとは思ってるんだよ!)


 いざ冷静になってみれば、こんなに恥ずかしい話もないのである。

 あれはちょっと昔を思い出してスイッチが入ってしまったのだとか、若気のいたりが暴走したのだとか、自分でもなんの説得力もない言い訳しか出てこない。


(『ぴーちゃん』に見えたんだよ)


 どうしてかあの時は。本当に心の底から。


「猫崎さん!」

「こいつに触るな」


 うひいいいいいいい。

 頼むから忘れてくれ。放っておいてくれ。

 言い訳もきかない『やっちまった』事件から、はや一日が過ぎた。教師をプールに突き落とした猫崎ユヅル・愛称ネコルをさかなに、教室の中は拍手喝采のエンタメ劇場と化している。


「こらっ。い──かげんにしなさ────────い!」


 ああ、神の声だ。

 ルーシー・西村・ストラットフォードが、わき上がる教室に乱入してくれた。


「……なによう、ルーシー。いいとこだったのに……」

「なあにがいいとこよ。いま自習中なのよ!? ゲート作ってたんじゃないの?」


 彼女はC組の教室に踏み込んでくるなり、ドラマチックに抱き合う二人を引き剥がし、教卓の上に封筒の束を叩きつけた。さらに黒板にチョークで書かれた『村岡先生病欠。かわりに展示会用ゲート製作のこと』をびしりと指さす。

 そうそう。そうなんです。

 本来なら今は五時間目で、静かに日本史をお勉強しているはずなのです。もしくはトンカチふるって、大工仕事をする時間。

 教室の後ろには、九割方完成したベニヤの入場ゲートが放置されている。デザインのモチーフは、夏のヒマワリ畑だ。六月でもヒマワリ畑だ。美術部の半田さんが、一人でちまちまと空の雲を描き足している。あとは現場の会館に持ち込んで、造花のヒマワリを足せばいいだけになっていた。

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