第24話 海の男たち。その歓待。
港街ミガルには、多様な色彩の建物が立ち並ぶ。
ガヨら一行は宿屋で夜を過ごし、昼前、ミガルの市場を訪れていた。
「ミガル騎士団はここらエリアの統括していて、地方の中ではなかなかに大きな騎士団ですよ」
ボタンを開け、やや着崩した制服姿のエイラスがタブレットを見ながら言った。
「市民出身が多いよな、確か」
首都では目立つカタファの緋色のバンダナと灰色の髪も、多種多様な肌と髪色が混在するミガルでは馴染んでいる。
「市民どころか外海出身者も多い。ミガルの騎士団長はあまり階級に興味がないと言うか……他の騎士団の言葉を借りるなら、ぽんぽんと人を加入させてしまう、貧乏騎士団とも言われている」
夏服のシャツを第一ボタンまで閉めたガヨは辺りを見回しながら言った。
ミガルの騎士団長との待ち合わせ時間が迫っていたからだった。
その時、ばしんと乾いた音が響いた。ガヨが振り向くと、エンバーの背中を躊躇なく叩く男がいた。
「君、でかいねぇ! 何食ったらそんなに大きくなるのかなぁ?」
浅黒く日焼けした肌と逞しく発達した胸筋を見せびらかすように開けた胸元が目に飛び込む。軽いウェーブのかかった黒髪を額の真ん中で分け、後ろ髪を雑に一本にまとめている。
突然、現われた男に結構な音を立てて叩かれているがエンバーはその男を見下ろしたまま微動だにしていない。
「ミガル騎士団長、服が乱れているようです」
ははは、と笑いながら背中を叩き続ける男にガヨは近づいた。
「おお! ガヨくん、この前会った時はまだうぶな小僧だったのにぃ。今じゃ分隊長でしょ? すっかり偉くなっちゃったねぇ!」
今度の標的はガヨになった。ばしばしと背中を叩かれる度にガヨが小さな声で止めてください、と言っているが効果は全くない。
「グルーザグさん、そのくらいにして」
今度はカタファが近づくと、グルーザグは、ぐわっと両手を広げてカタファを抱き寄せ、同じようにばしんばしんと背中を叩く。ぐえ、とカタファの小さな悲鳴は背中を叩く音にかき消された。
エイラス、ジブ、トニーは遠巻きに見守っていたが、グルーザグは白い制服を着たトニーを見つけ、にんまり微笑んだ。そしてずかずかと近づくと、ほうほうと呟きながら物珍しげに上から下までしげしげと目を向ける。
「ははぁ。君が最近入った新人さん? 白い制服のオーダーが来たから気になってたんだよぉ。ってことは君たちも? いやぁ都会の子はみんなかっこいいね!」
エイラスは澄ました顔で礼を言い、ジブは曖昧に笑った。トニーは白けた顔で地面を見つめたままだった。
「ようこそ! ミガルへ。首都第三騎士団様、御一行!」
市場に響き渡る声でグルーザグが言い、敬礼をした。首都第三の彼らは周囲の好奇の視線を浴びながらミガル寄宿舎へと向かうことになった。
ミガル地方第三騎士団、訓練場。
ガヨたちは、日焼けしたミガルの兵士たちに囲まれていた。
「ミガルの諸君! 彼らが首都第三の方々だよ」
グルーザグが両手を広げながら団員たちの前を歩く。
男たちの態度は一様に悪い。ポケットに手を突っ込んでじろじろ見たり、意味深に笑っては隣の団員と話したり、獣人の血を引く団員に至っては、尻尾をぶわりと立てたり、耳をピンと尖らせたり。
およそ温かい雰囲気ではなない。
ガヨが一歩前に出る。それに呼応するように、集団の中から、泣きぼくろの男が一歩踏み込んだ。顎を突き出し、ガヨを見下ろすようにしゃくっている。
「おうおう、首都の騎士団様……」
泣きぼくろの男が声を発すると、周りの団員たちもじわじわと距離を詰め始めた。ガヨとカタファは、いつも通り立ったまま。エイラスは足を少し広げて拳を作る。トニーはぐっと顎を引いた。エンバーは佇んだまま足の指先に力を込めた。
じり、と砂利を踏む音が響く中、ジブは腰に隠している小型ナイフを掴む。
泣きぼくろの男がにやりと笑った。
「遠いところから! よく来たなぁ! 野郎ども、歓待!」
途端、しかめっ面だった団員がわっとガヨたちを囲んだ。
「王子様みてぇな顔! 白身魚しか食わないのか?」
「赤い髪なんで珍しいなぁ、槍投げのジブってのはお前か?!」
「久しぶりぃ! ガヨちゃんっ! カタファちゃんっ!」
「でけぇー! 説明不要ッ!」
それぞれに言葉をかけながら、ガヨたちがもみくちゃになっている。
そんな中、するりと影が集団からこぼれた。人々の間を上手にくぐり抜けたのはトニーだ。
やれやれ。人込みなんで最悪だ。内心ほっとしながら訓練場の端に逃こもうとしたがーー、どんと何かにぶつかった。
「君は逃げるのがうまいねえ。でもだめだよ」
顔を上げると笑顔のグルーザグがいた。彼はトニーの首根っこを掴むと、よいしょとトニーを集団に押し入れた。白い制服がもみくちゃの中に消えていく。恨めしそうな目を向けられたが、グルーザグは手を降って見守った。
外部から来た者は、とりあえず、もみくちゃにする。
それがミガル騎士団の『歓待』だった。
場を借りて、物理的に接触する。不躾ともとれる率直な言葉を投げかける。
様々な種族が混在するミガルで、心理的な壁を強制的に取り除く一種の儀式でもあった。
それを知っているのは、以前訪れたことのあるガヨとカタファだけだ。二人はぐしゃぐしゃになった髪を直すことなく、久々の歓待を受け入れた。
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