第34話 長い悪夢の終わり

 さて、年下の男の子、しかも高校生相手に怪異と戦わせるとは私もイかれてるね。ま〜、私だけだと流石に勝てはするけどギリギリすぎるからね。


 瑞稀の実力と性格を知らない紅城は、現れた鬼が十二天将でも倒すのが難しい相手だと信じたが、実際には違う。瑞稀の持つ、神祝【空穿くうせん】は所有者の意思によって、一般的に携帯できるとされる部類の銃にのみ変化が可能である。また、その種類によって威力も変化する。


 一見すると、擲弾発射筒グレネードランチャーのような、広範囲に攻撃するような形態が最大火力のように見えるが、発射される銃弾は、瑞稀の持つ【エネルギー】を元にしてに発射されるため、爆発などはせず、大きな玉が勢いよく発射されるだけ。


 また、一定以上のエネルギーを使用すると一時的に再装填リロードが不可能になるため、所有者のエネルギーが続く限り撃てる訳では無い。


 その他にも、実体がある銃弾を発射するわけではなく、物理的な干渉は不可能であるが、実弾も装備可能であり、こうした能力を持つ武器を瑞稀は持っているが、現状、再装填が行えない状況であり、カートリッジ部分が銃には存在しなくなっている。


 そんな中で、瑞稀は地面に伏せて狙撃銃を構えていた。


 その視線の先で、いきなり紅城が動かなくなったかと思うと、彼の体から纏っていたはずの妖力が消え、無抵抗のまま鬼に殴られて吹き飛んだ。


 ……天恵の限界か。彼一人にあれの時間稼ぎを任せるのは流石に無茶だったか。ごめん、

すぐに助けに行────


「────ふふっ、それでこそ私の弟子だよ」


 瑞稀が紅城を助けるために、鬼の撃退を諦めようと狙いを外そうとした時、奇跡が起きたのを見て、瑞稀は少し笑いながらそう言った。


 今にも殺されそうだった紅城が刀を握り直して立ち上がったのだった。


 ***


 立ち上がった俺を見て、鬼は追撃せずに距離を取った。


 ずっと思ってたんだが、俺がそんなに怖いのか?


「だったら、俺から近づいてやるよ」


 一歩ずつ、俺は鬼に近づいていく。すると、鬼は俺から距離を取る。


 よほど俺のことが怖いらしい。


 近づく俺と、離れる鬼。


 だがしかし、確実に距離は縮まっていく。


 目と鼻の先まで鬼の顔が迫った。そして俺は鞘に収納された刀に手を掛ける。


「行くぞ」


 再度紅城は天恵を使用した。それは、紅城が戦いに身を投じるための唯一無二の方法だった。


 鬼は紅城の攻撃を察知し、上回っている身体能力であれば回避できると考えていた。だがしかし、紅城はその予想から外れていた。


 無意識のうちに紅城は己に流れる妖力をとある一点に流し込んでいた。


 爆発的な推進力を得たそれは、鬼の首に直線を描いて進んだ。


「勝っ────」


 勝利を確信したその時、鬼の両腕が剣筋に割り込み、刃がそれに沈み込まれた。刀は鬼の腕を断ち切ることなく速度を落とし、首を落とすことなく攻撃は失敗に終わってしまった。


 今の一撃が紅城の限界。ならば、勝利は鬼のもの……ではなかった。


「────俺の負けだ。だが、俺の勝ちだぜ?」


 神速の弾丸が音もなく発射されていることに、鬼は気づいていなかったのだから。

 

 ***


 瑞稀の持つ【空穿】は俗にいう、”鎖閂ボルトアクション式”の狙撃銃。照準器はついておらず、旧式のそれは、現代の戦いにおいて使用されなくなってきた物である。


 だが、それには────数多の人々の命を奪った歴史がある。


 また、その銃は照星フロントサイト照門リアサイトのみで照準を合わせて狙撃する。そのため、照準器スコープを使用した銃に比べて、命中精度は大きく下がり、使用者の練度に大きく左右されることになる。


 数々の銃に変形できる【空穿】で、瑞稀がわざわざそれを使用した理由は唯一つ。それが最も強いからである。


 さて、何をもって強いとするのか。


 威力か?


 いや、それならば、大口径の弾丸を発射する対物ライフルが最も強いだろう。

 

 ならば、射程か?


 いや、それであれば、凄まじい技術の発展を経て完成された、現代の銃のほうが優れているだろう。


 だが、ここで再度断言しよう。鎖閂ボルトアクション式”の狙撃銃が最強の銃であると。


 理由はただ一つ。瑞稀がそれを使用したからであり、【空穿】であることに変わりがないからでもある。


 銃の弾倉に玉はなかったが、瑞稀は冷静に狙いを定めた。鬼の背後から、静かにその時を待つ。


 紅城の一撃が鬼に止められ、完全に鬼が勝利を確信したその時、瑞稀は小さくつぶやき、引き金を引いた。


「チェックメイト」


 瑞稀の奥義、それは冷却時間クールタイムを無視して一発分の弾丸を作成する最後の手段。たった一撃に込められたエネルギーは通常時の威力よりも大幅に向上しているほか、引き金を引くのとほぼ時を同じくして着弾する。すなわち、回避不可能である。


 しかし、その一撃は奥義である以上、それを外すことも、それで倒せないことも許されない。奥義の使用後、【空穿】の使用に一定時間の制限がかかってしまうデメリットが存在する。


 ────だが、そのデメリットも一撃で仕留めれば、何の問題もない。


 神速で飛来した瑞稀の弾丸が鬼の心臓部分に存在した核を正確に貫いた。紅城に意識が集中していたことと、放たれた一撃に音はなく、瑞稀が完全に殺気と気配を抑えていたこともあり、鬼は反応できなかった。


 致命傷を負った鬼は、苦しみながらもまだ消滅せず、むしろ目の前の紅城に襲いかかろうとする。


 それを察知した瑞稀は、リロードが終わっていることを経験でわかっており、再装填をしようとしたが、遊底ボルトが動かない。


「チッ、さっきの一撃でか」


 そう、先程の攻撃の代償により、今【空穿】の使用は不可能であり、神術を放っても間に合う距離ではなかった。


「死ぬ気で、守るッ!」


 銃をしまい、体を空へと進めた瑞稀は、三階から紅城のいる二階に飛び降りた後、すぐに助けに入ろうとしたが、戦いは始まっていた。


 核を失った鬼だったが、その存在は今なお残っており、紅城の命を奪おうと鋭い爪と俊敏さを活かした猛攻で攻めるが、紅城はそれを刀で受け、捉えきれなかった攻撃は寸前のところで全て回避する。それだけでなく、攻撃の隙をつき、刀で鬼の体を斬り刻んでいるが、大きなダメージになっているようには見えない。しかし、瑞稀の目から見ても、紅城は鬼と互角だった。むしろ、鬼の体は少しずつ崩れ始めており、もう間もなく完全に消滅するように見えた。


 一見すると、紅城に分があるように見える状況だが、その状況が長く続かないことも、戦いの当事者である紅城も分かっていた。


 そんな様子に、瑞稀も助けに入ろうとするが、


「俺がこいつをここで祓います!でないと、俺は一生成長できない!!」


 紅城の限界はとっくに超えていた。否、この鬼に敗れ、再度立ち上がったときですら限界は超えており、今なお体が動くのは奇跡としか言いようがなかった。


 全身が悲鳴を上げていた。視界はほとんど何も見えていなかった。五感の大半がまともに機能しておらず、ほとんど勘で鬼の攻撃に対処している紅城は、この状況が残り数秒で壊れることを確信している。刀では鬼の体を突破できないのも、さっきの一撃で分かっている。


 防御を突破し、消滅までの残りが分からない鬼を今すぐに倒すには、一つの方法しか紅城は知らなかった。


「紅城、はあるか!!」


 …………。確か、どこかで────あっ。


「あります!!!」


 何故かそれが捨てられなかった。何故かそれを必ず持っていた。理由は自分も知らなかったし、多分ない。ただ、それがいつか必要になる、そんな気がしていた。


 そして、それが今だ。


 服の内ポケットに大切にしまっていた一枚の札を、俺は隙をみて取り出した。それはあの日、俺が口裂け女にあって妖力に目覚めた放課後、とある女の人が落としたもの。


 親父に聞いてみたこともあるが、それは陰陽師が使うものとだけ教えてくれた。返したほうがいいのか聞いてみたが、落とし主にどうやらあてがあるらしく、持っていていいと言われていたもの。


 その札は、神術を発動する際に媒介にすることで、技の威力を底上げができる。今持っている札は、その中でも上位のものであり、強化倍率は一般的なものとは比べ物にならない。


「【火之迦具土神ヒノカグツチ】」


 刀を握る手に挟み込むようにしたそれが、勢いよく炎に包まれた。


 鬼は俺が神術を発動しようとすると、更に攻撃の手を強めた。発動すれば、それが自らの命を確実に奪うとでも思ったのだろう。


 だから、その前に俺を殺そうってことか?


「ナメんなよ。俺だって陰陽師だ」


 刀で受けきれたとしても、動きの早い鬼には正確に狙いが定まらない。だから俺は刀を投げ捨て、防御は諦める。


 その時、鬼の手が俺の腹を貫いた。


 ────そして、鬼に大きな隙ができた。


「【炎廻】!」


 自らもろとも巻き込み、神術を発動させる。イメージの炎から形成された、本物の炎は俺の肌を、鬼の硬い体を、その存在を、包みこんだ全てを焼き尽くしていく。


 逃げようともがく鬼を、俺は決死の力で抑え込む。


「させるかよ。死ぬなら、お前諸共だ」


 どれだけ俺の体が持つかわからないが、死んでもこいつは離さない。ここで祓う!!


 覚悟とともに、己の体を火の海に投じた紅城に、誰かが諭すように言う。


「────流石に、目の前で弟子を死なせるわけないでしょうが」


 俺の意識が痛みと炎によって途絶える寸前、その声とともに五発の銃声が響いた。そして、鬼が動かなくなったことを確認した俺は、すぐに神術を解いた。


「正直、打つ手がなかったんで助かりました」


 紅城を襲う鬼を銃で倒したのは、瑞稀だった。


「なんというか、君はバカだね。でも、嫌いじゃないよ」


 瑞稀は右手で銃をくるくると回しながら、少し微笑んで言った。


「なら良かったです。それにしても、この鬼は何だったんですかね?」


 【夢鬼ごっこ】の鬼とはどこか違う雰囲気の鬼。その技量も他を凌駕していた。これは本当に【夢鬼ごっこ】の一部だったんだろうか。


「さぁね。でも、【夢鬼ごっこ】の一部だよ。だって、ほら周りを見て。この空間が崩れてる」


 辺りを見回してみると、景色の一部が黒塗りになっていた。まるで、空間そのものが真っ黒な絵の具に塗りつぶされていくように、少しずつ侵食している。


 異界の崩壊は近いようだ。


「あれ、でも【夢鬼ごっこ】の核は存在しないんじゃ」


「いや、あるにはあるんだけど、ちょっと特殊なんだよね。でも、こんなのは初めて見た」


 十二天将の師匠から見ても、異例だったという鬼。本当に何が起きているのか。


「この状況から推察すると、こいつの核が【夢鬼ごっこ】の核だった、としか考えられないけど……ありえない。何かおかしい。紅城、戦ってる最中に何か見たり感じなかった?」


「特には……あ、そういえば。何か、鬼が現れる直前に子どもを見ました」


「子ども?」


「えぇ。でも、【見つけた】とか聞こえたら、一瞬で消えちゃって」


 こんなところに子どもがいるとは思えないし、あれも怪異の一部だったのだろうか。それにしては、少し異様だった。あれは、もっと別の、怪異とは全く違う、恐ろしい存在な気がしてならない。


「よく分からないけど、その子どもを次に見たら近づかないで。正体が全く予想できないから」


「了解です」


「まぁ、とりあえず君は試験に無事に合格!鬼も、一応倒したってことでいいよ?」


「てことは────焼き肉!!」


 鬼と戦う前に師匠とは一つ約束をしていた。この戦いが上手くいったら、焼き肉を奢ってくれ、と。


「条件が緩かった気もするが、まぁいいよ。ここに来てた友人も連れて、みんなで食べようか。それに、彼らにも話をしなくちゃだからね」


「それってどういうことですか?」


「それはね〜、あ。そろそろ夢から覚めるみたいだ」


 世界の崩壊が進んでいた。ショッピングモールの景色が剥がれ落ち、闇が視界のあちこちに見える。


「じゃあ、続きは現世むこうで。お疲れ様、紅城」


「お疲れ様でした」


 異界が崩壊し、夢の世界は終わりを迎えた。


 ***


 戦いに決着がつき、ある程度、平穏な日常が返ってくる。そう思って起きようとした俺の体は、全く動かなかった。そして、目を開いても何も見えない。


 家にいる家族に助けてもらおうと、声を出すが、


「フグッ、グッ、ググッ」


 唸り声が漏れるだけに終わる。俺の口に何かが噛ませられていることに気づいた。この状況からなんとか脱出しようと、体をねじったり、もがいたりしていると、首を後ろからなにかに押さえつけられ、声がした。


「動かないで。めんどい」


 一体何がどうなってるんだ。


 紅城は目隠しをされていた。手錠と足枷で満足に動けずにいた。寝ていたはずの家ではなく、別のどこかの壊れかけた建物の一室にいた。


 そして、その側に一人の女がいた。


 名を、若木わかぎ白狼はくろう。紅城のクラスに転校してきた女子学生であり、堕天の白虎、その唯一の腹心でもあった。

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