第30話 ゲームクリア
紅城の戦いの裏で、脚立を持ちながら今なお自分の名前を探し続けている男がいた
「まっっじで、見つかんねぇ〜。これなら菜華達に手伝ってもらったほうが良かったか?」
涼介は誰もいない二階のフードコートで一人呟いた。周囲に結月や菜華の姿は見えない。
「いや、あいつらまで巻き込んだらあれか」
涼介は無事に結月と菜華がこの場から開放された後、自分の名前をこの広いショッピングモールを探していたが、あまりの広さに一人での捜索は難航していた。一瞬、二人がこの場から離れる前に探すのを手伝ってもらっておけば良かったのではないかと思った涼介だが、すぐさまそれを否定する。紅城が食い止めている鬼だが、それが他にも現れない訳では無いため、なるべく危険から遠ざけている今が一番良い状況と考えたのだ。
少し話は戻り、怪異に閉じ込められている状況で、名前を消せば出られると話を聞いていた涼介達三人は、あらかじめ名前を見つけていた紅城が戦っているすぐ側にある映画館に移動し、涼介達は急いで脚立を使って菜華の名前を消した。
三人とも一体どうなるのだろうかと待っていると、突然菜華の足が後ろの背景と同化し始めた。菜華は慌てることはせず、「向こうで待ってるから、無事に帰ってこいよ」と言ってその姿は闇に消えていった。
次にフードコートにあった結月の名前も同じように脚立を使い名前を消すと、「ごめん、先に行くね。私、涼介の無事を祈ってるから」と言い残して消えていった。
こうして、今この怪異によって閉じ込められた異界の中に、紅城、瑞稀、涼介の三人だけが存在する────
不意に後ろから足音がした。結月が消えたフードコート、今この場にいるのは自分一人だけのはずなのに。
嫌な汗が額に滲む。走って逃げようにも、足の筋肉が縮んで固くなってしまっており、すぐに動ける状況にない。そこで涼介は自分の中で芽生え始めている
その子の顔はただ暗いからではなく、まるでそこに存在しないかのように黒く塗りつぶされてしまっていてわからない。ただ、その子供からは鬼から感じていた圧は無く、むしろ何も感じなかった。てっきり鬼が後ろにいると思い、気を張っていた涼介はその姿を見て少し気が楽になる。
だが、まだ敵な可能性があると、すぐさま後ろに下がった涼介に対し、子供が手招きをしたかと思うと背中を見せて歩き始めた。涼介がその場で立ち止まりそれを眺めていると、着いてきていないことに気付いた子供は振り返ってその場でまた手招きを始める。
これも怪異ってやつなのか?それにしては攻撃してくるような素振りは見せてこない。むしろ、どこかに案内しようとしているように見える。悪意はない、のか?
理解できない状況に戸惑った涼介。この広大なショッピングモールの中から小さく書かれた自分の名前を見つけなくてはいけないが、生憎ヒントすらない。このまま当てずっぽうに探すよりは、と、藁にも縋る気持ちで子供の後を追ってみることにした。
俺の名前がある場所に連れてってくれる確証はねぇけど、物は試しだ。
そんな気持ちを胸に抱きながら少し歩いていると、子供は書店の中に入ってそのまま奥に向かい、斜め上の壁に指を差した。
ここに何かあるのか?
よく目を凝らして見てみると、確かにそこに何かがあった。
それは俺の名前だった。
「これで俺も脱出────」
壁に向かって走り出そうとした俺の手を、誰かが掴んだ。その方向を向いてみると、そこにはさっきの子供がこちらを見つめていた。そして、いつの間にか俺の手から脚立は消えており、何故か子供がそれを持っていた。
急に何だと思い、子供の姿をよく見ると、さっきまでなかったはずの顔がある。そして表情が浮かんでいる。
それは不敵な笑みだった。そして、不意に瞳が合わさる。瞳の奥には何も無く、ただの闇。子どもの瞳が反射し、自分の瞳が映る。
急に頭の中に恐怖が広がる。なぜ、どうしてと頭の中で考えるが、答えは出ない。逃げようとするが、子どもの握力はどんどん強くなる。
この状況に本格的に危険を感じ始めた俺。そして突然、入口から物音がした。それも、何か大きな音がこちらに近づいてきているかのような。
子どもの瞳から視線をずらし、音のした入口に目を向けると、そこに鬼が佇んでいた。全身の筋肉が一気に張って、あと少しでこの空間から逃げられるのに体が動かない。子供の手から脱出しようとする力も残っていなかった。
そんな俺の耳元で声がした。その言葉が何を意味するのか俺には分からなかった。でも、少なくとも、これは俺か俺達に向けて言っている。それだけは確信できた。
声がした方を見ると、子供の姿は消えていた。しかし耳にはまだ
【君たちとは、またいつか、ね】
また、とはどういうことだろうか。他にも気になるところはあるが、今はそんな余裕はない。今すぐにでも鬼をなんとかしなければならないのだ。今この瞬間も鬼はゆっくりと近づいてきている。
必死に動けと体に念じる。今この瞬間、動かなければ俺は死ぬ。全身全霊、体の細胞一つ残らずに意識を集中させる。すると、自分の心臓が不思議と温かい事に気づいた。そしてその温かさが血液を伝って全身に流れている。それに気づいた時、俺の体は急に動くようになった。
だが、鬼はすでに目の前まで迫っていた。俺が駆け出すと同時に、背後からうめき声とも叫び声とも捉えられるような、不気味で恐ろしい音が聞こえたかと思うと、足音が背後から追いかけてきた。
「何から何まで意味分かんねぇけど、死んでたまっかよ!!!」
このまま壁に向かったところで、さっきの子供が脚立を持ったまま消えてしまったため、高さが足りない。何かしら代わりの道具を、逃げながら見つける他ないが、そんなものがあるだろうか。
俺は全速力で店の中を駆け回り、鬼と距離を開けようとするが、殆ど差が開かない。
こうなったら仕方ない。少し手荒だが、いかせてもらう。
俺は本棚の間を一直線に駆け抜けると、後ろから追ってきている鬼を確認して、棚を精一杯押した。想像していたよりも力はいらず、力が加えられた棚は鬼目がけて倒れ落ち、中の本が地面に散乱する。鬼も流石にダメージがあったのか、雄叫びを上げながら本棚のしたで物音を立てている。
「今がチャンス」
動けない鬼を尻目に、俺は自分の名前が書いてあった壁に向かう。鬼が倒れている場所は壁から遠ざけたため、もし今動き出したとしてもそれなりに時間は稼げるはずだ。
しかし、何にしても足場がない。今の俺がジャンプしたとしても、名前までは手が届きそうにないが、一体どうしようかと考えながら走っていると、一つ案を思いついた。さっき鬼を倒したときのように、
本棚を足場にすればよいのではないか、と。それならばこの場で何かを探す必要もないし、何より鬼が動けていない今、なんとか逃げ出す必要がある。
そうこうして壁にたどり着いた俺は「はァ”?」と腹の底から憎悪を込めてそう言った。
────壁の目の前には、一体の鬼がいたのだ。そして、後ろから聞こえてきた、かすかな物音に振り返ると、そこにもう一体の鬼がいた。
涼介は改めてここが理屈の通じない空間だということを認識する。俺がいくら考えたところで、常識が通用しない怪異相手では全くの無意味であり、自分に残された道が残っていないことを悟る。
「ここまで来て、ゲームオーバーかよ」
クソゲー、無理ゲーは嫌いだ。いくらプレイヤーが策を講じてゲームをプレイしたところで、作成者が意図したゴミみたいなルールに悩まされたり、意図しないバグがあったり、そんなのばっかのゲームはつまらない。
今のこの状況だってゴミすぎる。紅城が足止めしてくれてて、俺もなんとか一体を食い止めて、それでもまだ鬼は新たに湧いた。
どうやったって、こんなゲームの完全攻略は不可能だ。
────でも、俺は知っている。どんなクソゲーでも、無理ゲーでも、詰みゲーでも、必ず誰かがクリアしていることを。
「俺がこのゲームをクリアしてやんよ」
────次の瞬間、俺の心臓が大きく脈打ったのを感じた。そして、さっき流れていた温かい何かが全身の血液中を支配する。体中に巡っている小さな血液の一本一本に至るまで、その全てに流れた
涼介は今この瞬間、妖力が目覚めかけていた。そしてそれを察知した鬼はすぐに涼介を攻撃しようと動き出す。
近づいてくる鬼に涼介は恐怖せず、今この場にはいない親友に向けて呟いた。
「これで俺もスタートラインに立ったぜ、紅城」
涼介を襲おうと二体の鬼が前後から迫り、身長ほどの大きな手が涼介の体に触れた。そして、そのまま体を握りつぶすかのように見えた刹那、どちらの鬼もその動きを止めた。
「【────
この瞬間、新たな陰陽師が生まれたのだった。
すると、鬼の動きが”止まり”、僅かに肌に触れた鬼の手を払い除けて、涼介は進む。鬼の体を踏み台にして軽々と駆け上がり、涼介は自らの名前を消した。
「【夢鬼ごっこ】、ゲームクリアだぜ」
涼介は動けない鬼を眺めながらそう言って闇の中に薄れて消えた。
***
「これはちょっとまずいね」
対峙する相手の力量を悟り、瑞稀は呟いた。
涼介が無事に【夢鬼ごっこ】の異界から脱出した少し後、紅城と瑞稀の前には鬼がいた。だが、それはさっきまでの鬼とは違い、その姿はまるで人のようで、他とは明らかに異質な雰囲気を纏っていた。
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