コボルドコバルト冒険記
@timtimkimotie
転生したら犬だった
「きゃああーッ!! 誰かッ!! 人殺しぃいーッ!!」
悲鳴を聞いた通り魔は、ぶるぶる震える手にナイフを握りしめたままいずこかへと走り去っていった。子どもの逃げた方角ではないでほしいと切実に願いながら、俺は腹を押さえて壁にもたれかかる。
「クソッ… あいつ、マジでブッ刺してきやがって…」
心臓が動くたびに激痛が脈打つようで、浅い息が小刻みにこぼれる。
流血も止められない。手の隙間から、生ぬるい血がどくどくととめどなく溢れてく。血と一緒に、命と温もりが流れ出していくような気分だった。
(膵臓を刺されたら息が詰まるくらい痛くて手の施しようがないんだよな、確か。いや、それは腎臓か? わかんねえ)
大わらわで回転する頭の中で思考する。全身が冷え切っていたのに傷口と脳味噌だけはかっかと熱い。ろうそくは消える間際強く燃え上がるっていう例のあれだろうか。そんなくだらないことでも考えなければ、悔しさをごまかせなかった。
自分はどうなるんだろう。死ぬのかな。
クソ野郎から子どもを庇って、このまま死ぬのかもしれないということは不思議と怖くなかった。でも、死ぬとしたら、置いていってしまう父と祖母のことが心配だった。
穏やかだけど嘘だけは許さなかった父さんも、母さんの代わりに俺を育ててくれたばあちゃんも、俺が死んで悲しんだりしないだろうか。自分のせいだとか思いやしないだろうか。
(それだけじゃない、先生、友達、お隣さん、親戚のみんな)
自分が死んだら、どれだけの人が泣くんだろう。俺は悔いのない生き方をしたんだからあなたたちも悲しまないでほしいとか、たった一言も言い残せないことが涙が出るくらい口惜しくてならなかった。
そんなことを考えているうちに痛みを含めた感覚が鈍くなっていくというか、意識が点滅する間隔が伸びていくような気がして、そろそろ限界なんだと悟った。
(父さん、ばあちゃん、ごめん、先に死ぬ不孝を許してください…)
歪んでエコーするサイレン音を遠巻きに耳にしながら、俺は闇の中に滑り込んでいった。
▼▼
ハタと我に返った。
まるで気持ちよく昼寝していたとき、揺さぶられて起こされたかのような苛つきに胸をくすぐられる。
揺さぶられて──と思えば、どうやら俺は赤ちゃんをあやすような調子でゆらゆらと揺らされているらしかった。
寝起きでぼやけた視界が、徐々に焦点を合わせていく。
「■■■?」
「■■■■」
何だ、何を言っている。
英語とも日本語とも言い難い、例えるなら犬が言葉を喋っているような不可思議なイントネーション。
なんだこの声色は──と考えを巡らせているうちに、霞んだ視界を何かが覆った。
毛むくじゃらの尖った口吻。
伸びて垂れさがった長い耳。
紺色のつぶらな瞳。
それは、犬人間だった。
「キャイィィイイインッ!?!?!?!?」
俺は絶叫した。
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