ハズレギフト土生成で成り上がる!〜追放から始まる英雄譚〜

鍵弓

第1話 プロローグ

 歴史書に「土王」や「聖土」、「土の御使い」などと称される英雄のことが記されている。

 彼の右腕として活躍した炎の大賢者と言われた大魔道士が、晩年の日記に人生で唯一後悔した日のことを記していた。

「聖印暦223年、霜の月15日の戦闘は彼がいなければ私は鬼籍に入り、炎の大賢者などと大層な二つ名で呼ばれることはなかっただろう。しかし、当時駆け出しだった私は自分のことで手一杯で、彼に手を差し伸べることをせず、命を危険に晒してしまった。その後、私の身に起こったことは保身に走った罰であろう・・・彼は自分がそうし向けたんだから気にしなくて良いからと言い、決して私を責めることはしなかった・・・」


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 その日の冒険は、新人がやらかす典型的なミスを犯してしまった。多くの若者が命を散らす致命的な内容だ。アルが所属している探索者パーティー【悠久の雅牙】は10体以上のオークに囲まれ、圧倒的な数と力に苦戦を強いられていた。


 オークの目撃例のある村からの討伐依頼だった。これまで主にゴブリン相手に魔物の駆除依頼をこなしていたが、探索者学園を卒業して2ヶ月が経過した頃、調子に乗ったリーダーであるガイの要望により、ワンランク上の依頼を受けることになった。まだオークは早いとアルやセリーナが思うもガイに逆らえず、誰一人として異を唱えることは出来なかった。これが不幸の始まりだった。


 最初に遭遇したオークがこちらを視認すると慌てて逃げ出した。それを見たガイが制止を振り切りそいつを追い始め、皆も続くしかなかった。しかし、気が付けばオークが大勢いる真っ只中、つまり群の中に飛び込んでしまったのだ。


「やべぇ、数が多すぎる!アル、ぼさっとしてないで、とっとと補助魔法をかけろや!」



 なし崩し的に戦闘に入ったガイの声が響くが、魔法発動の準備に入ると無防備になるアルを誰も守ろうとはしない。アルは既に補助魔法の発動準備に(瞑想)入っていた。補助魔法「エンハンスメント・オーラ」を発動するにはまず瞑想を行い、その後数秒の溜めが必要なのだ。この魔法は身体能力向上、防御力向上、攻撃力向上の三点セットであり、今のアルでは中級のそれは初級の3割増となる。さらに個別ではなく触れている相手であれば複数同時にかけることができる。また、単独なら約5m離れていても掛けられる。パーティーの男どもにとって、アルの役割は補助魔法をかけることだけだった。戦闘中の彼の無防備さなど、気に留める価値すらないのだ。


 補助魔法を使うとしばらく攻撃魔法が使えない。アルはストーンショットを放つことが出来、近距離ならそれなりの威力だが、補助魔法から土魔法へ切り替える瞑想の時間が必要だった。サラが戦闘開始時に分担して補助魔法を掛けないのも、魔法を発動する時にその属性に対して瞑想の時間が必要だからだ。炎属性の攻撃魔法を使うのが遅れるため、アルが補助魔法を担当することになっている。同じ理由で、ギフトへの切り替えにも時間が必要であり、直ぐには使用できない制約があった。


 パーティーのメンバーは総勢6人。それぞれが必死で戦っていた。前衛の力は拮抗し、一体の攻撃を躱すと、別のオークが振りかざした棍棒を辛うじて避ける形になり、ジリ貧だった。


「ディック、右を守れ!セリーナ、後ろから魔法で援護だ!アル、早くしろ!」


 リーダーのガイは剣を振るいながら、オークの攻撃を巧みにかわし、仲間たちに指示を飛ばす。その姿は鋭い目つきと筋肉質な体格が際立ち、威圧感すら感じさせる。ガイの自己中心的な性格が、彼の一方的な指示や命令口調から垣間見える。


「ガイ、こっちはまかせて!」


 魔法使いのセリーナは肩までの金髪を揺らしながら、冷静に火球でオークの一体を燃やし尽くす。そしてすぐに次の魔法を詠唱し始める。彼女の透き通るような青い目が、戦場全体を冷静に見渡している。


「フレイム・バースト!」


 セリーナの手から放たれた炎の球が、もう一体のオークを包み込む。その光景を見ながらアルは補助魔法をかけ続ける。彼の暗めの青い目が仲間たちを見守りながら、無防備な状態で詠唱を続けているが、前衛に掛け終わると戦局は反転し始めた。


「俺も終わった!次行くぞ!」


 斧を持った巨漢のディックが、倒したオークを蹴飛ばしながら次の敵へ向かうが、そいつは暫くすると起き出し後衛へと向かって走り出した。彼の赤茶色の髪が短く刈り込まれた頭部は、戦場で一層目立つ。


「ふんっ!」


 ディックの斧がオークの胴体を真っ二つに切り裂く。その巨体からは信じられないほどの力が発揮され、周囲のオークたちも一瞬ひるむほどだ。


 その横で、敏捷な動きを見せる双剣使いのレイは、敵の隙を突いて急所を狙い続けていた。レイの短めの黒色の髪が風に揺れ、そのクールな表情が戦場に浮かぶ。


「ガイ、こっちは片付いた!」


 レイの双剣が光り、彼はオークの攻撃を軽々とかわしながら急所を突く。その動きはまるで風のようで、オークたちは彼の姿を捉えることすらできない。


 一方、エリーは木に登って高い位置から戦場を見渡し、弓を引き絞る。茶色の髪をポニーテールにした彼女の目は緑色で、鋭く戦況を見極める。


「エリー、(俺が)斬り込む!援護をしろ!」


 ガイの声に応えるように、エリーの放った矢がオークの目を貫く。彼女の弓術は正確無比で、仲間たちを的確に援護する。


 一方、アルは補助魔法をかけ終え、皆から少し離れた場所で息を整えていた。補助魔法をかけている間、アルは無防備となるが、誰も守ろうとはしなかった。結果、皆に補助魔法をかけ終わった途端、目の前にオークが迫っていたのだ。そして目下のところ逃げ回るしかなく何とか引き剥がすことに成功し、息を整えていた。


 本来ならば、仲間たちがアルのために時間を確保し、彼が効果的に攻撃に参加できるようにすることで、チーム全体の戦略が広がるはずだった。しかし、ガイの自己中心的な性格がそれを妨げていた。ガイは補助魔法を使うようにと指示を出すだけで、アルを守る行動を取ろうとはしなかった。その結果、アルは自分で何とかするしかなかったのだ。


 彼のギフト【土生成】は戦闘向きではないと言われバカにされている。それでも自分にできることを必死で考え、補助魔法をかけ終えると、ギフトの発動準備が整うまで逃げ回っていたが、発動可能となったので勇気を振り絞ってオークの前に出る決意をした。


「やるしかない・・・!」


 アルは目の前に迫るオークを見据え、土を体内に生成すべくギフトを発動した。土を盛るだけの【土生成】とされていたが、学園に通い学ぶ中、ギフトを授かった3ヶ月前からギフトのレベルを上げ、魔物の体内に土を生成できることを発見した。それからは動きを鈍らせて倒すのがアルの戦い方だった。


 彼は記憶をなくしていたが、紛うことなき転生者だった。何となくステータスが見えるのでは?と思い確認すると見えはしたが、数値が文字化けしており、読み取れなかった。しかし、ギフトについて、経験値の欄があり、一度使うと文字化けの内容が変わることから、変化量がわからないまでも、使用すれば経験値が得られることが分かった。それから普段、毎日魔力切れ寸前までギフトを使い続け、最初は手で触れたところの20cm程度が範囲だったのが今では10m以内であれば任意の場所に土を生成可能となっていた。


 ゴブリンの体内には【胃袋の中】土を生成できたが、オークにも通用するのかは未知数だった。何事にも初体験というものがあり、必ずしも余裕のある時に初体験できるというわけではない。そんな中、アルはぶっつけ本番でギフトを発動し、オークの体内に対して【胃の中】土の生成を行い始めた。


「ゴフッ!」


 オークは突然苦しみだし、腹を押さえてのたうち回る。通用した!その事実に歓喜する暇はなく、動きの止まったオークの足を棍で払い地面に転がす。その隙にアルは手に持った棍を地面に置くと短剣を取り出す。うおおおおお!と叫びながら渾身の力で突き刺した。なんとか倒すことに成功し、霧散させた。


「や、やった!オークを倒したぞ」


 そこから周りを見て、手近なオークの腹に土を生成して回る。

 次々と場所を移りオークの腹に土を生成しては棍で地面を転がしたり、突いたりしてダメージを与えるが、アルの膂力では中々倒せず、そこに他の仲間が功を奪うようにどどめをさしていく。



 そうして周囲の戦闘は佳境に入り、オークを全滅していった。


「ははっ、こいつら大したことねぇな!」

 ガイが余裕を見せて笑う。仲間たちも次々とオークを仕留める中、アルが動きを鈍らせた数体も簡単に倒されていった。だが、誰もアルの陰の貢献には気づかなかった。



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 戦闘が終わった夜、パーティーは街の酒場で集まり、その日の稼ぎを分配していた。


 酒場の夜は喧騒に満ちていた。冒険者たちがそれぞれの成功を祝うように酒を飲み交わし、笑い声が絶えない。その一角に、アルたちのパーティーも陣取っていた。テーブルの上には今日の稼ぎであるドロップアイテムと銀貨が並べられ、それを囲むようにガイたちが満足げな表情で座っている。


「いやぁ、今日は上出来だったな!ディック、お前の力には本当に助けられる。レイも素早い動きで何度もオークを仕留めてくれた。セリーナ、エリー、お前たちも素晴らしかった!」


 リーダーであるガイが杯を掲げると、周囲の仲間たちもそれに応えるように声を上げた。ガイの目には明らかにアルへの視線はなく、彼の存在を無視しているかのようだった。


「乾杯!」


 笑い声が響く中、アルは一人、テーブルの端で黙って座っていた。テーブルの上に積まれた銀貨が魔導ランプの明かりに鈍く光り、それらを何となく見ていた。オーク10体分の魔石代が銀貨20枚に、依頼達成の報酬である金貨1枚が加わり、銀貨30枚となった。錆びた武器などは明日換金するので、もう少し稼ぎはある。


(※金貨10枚=銀貨100枚が4人家族が1ヶ月最低限必要とする月生活費の目安)


 アルは無意識にガイが銀貨を分け始める手元を見つめ、計算していた。

《討伐証明の魔石20銀...依頼達成金である金貨1枚(銀貨10枚で受け取った)・・・合計30銀。6人で割れば1人銀貨5枚か》


「さて、それじゃ分けるか。」


 ガイが銀貨を手に取り、仲間たちに順番に渡していく。ディックはその巨体にふさわしい無骨な手で銀貨を受け取り、レイはクールな表情で受け取った。セリーナは少し躊躇しながらも受け取り、弓使いのエリーは笑顔で受け取った。それぞれが満足げに銀貨を手にした。


 しかし、アルの番になると、ガイはわざとらしい仕草で銀貨を1枚だけ手に取ると、投げるようにしてアルの手元に置いた。


「はい、お前の分。」


「えっ?・・・これだけ?」

 アルは驚き、銀貨を見つめた。


「当たり前だろ。」


 ガイは鼻で笑いながら言った。


「お前、今日何やったよ?オーク1体倒しただけじゃねぇか。それで十分だろ。」


「でも・・・僕も戦ったし、皆に補助魔法もかけたよ。みんなだって、今日は10体もいたんだから、普通は6人で分けるべきじゃ・・・」


 アルが震える声で言うと、双剣使いのレイが軽蔑した目で彼を見た。


 自分に渡されたのはたった1枚の銀貨。他のメンバーは各自5銀ずつ取り分け、リーダーのガイは6枚の銀貨を懐に入れていることに気づいた。


「これじゃ2日分の食費にしかならない・・・」


 アルの掌で冷たい銀貨1枚が現実を突きつける。

 ・大衆酒場のビール10杯分

 ・戦闘でぼろぼろになった外套の修繕費

 ・子供用の靴2足

 ――命を懸けた戦いの対価が、こんな薄い価値に変換される理不尽。


 隣のテーブルで農夫たちが笑いながら交わす会話が耳を刺す。


「今日は収穫さ!銅貨50も稼げたぜ!」

 彼らの1日稼ぎがアルの報酬の5倍である事実に、喉が熱くなるのを感じた。


「はあ?何言ってんだよ。お前が役に立ってないのに、俺たちと同じ報酬をもらおうなんて、どんだけ図々しいんだよ。」


 無口な大男は首を横に振るのみだが、双剣使いのレイは違い、ガイに賛同してきつい一言を言う。キザな彼らしいセリフだった。


「恥を知りなさい」


「でも・・・」


 アルの言葉は途切れ、視線がテーブルに落ちた。


「ねぇ、ちょっと酷すぎるんじゃない?」


 それまで黙っていたセリーナが口を開いた。


「アルだって頑張ってたし、報酬はもう少し平等に分けてもいいと思う。」


「何だよセリーナ。お前、こいつの味方でもするつもりか?」


 ガイが鋭い目で睨む。


「そ、そんなつもりじゃないけど・・・」


「なら、黙ってろよ。俺たちの稼ぎをこんな役立たずにくれてやる余裕なんかねぇんだよ。おい、クズ、お前のような無能はお荷物なんだよ!パーティーからでていけ!」


 ガイの声が鋭く響き、セリーナは言葉を飲み込んだ。セリーナは追放されるのが怖かった。一人では魔法を発動する時間が稼げないから、大した数の魔物の駆除ができず、結果貢献値を稼げず、その場合奴隷落ちになる。つまりソロになると道は2つ。無理な依頼を受け、死んでしまうか、稼げずに奴隷落ちしかない。


 誰もが探索者のルーキーについて面倒を見ることはしない。特に半年未満は仲間にすると、貢献値を稼げなければ連帯責任となり、リスクばかりで、利がない。身内ならいざ知らずだ。探索者は優遇されるが、探索者学園を卒業後半年は貢献値を稼ぐ事が法律で決められており、正当な理由なく月の貢献値を稼ぐことができなければ例え王族であろうと犯罪者として奴隷落ち。


 弓使いのエリーがちらりとアルに同情するような目を向けたが、アルがそっと首を横に振り、「何も言うな」という無言のジェスチャーに従う。心の中でエリーは「ごめんね」と呟いたが、結局彼女は何も言わなかった。


 それから更にガイとレイの2人が無能者だと役立たずと罵り、アルの心を砕いたが、大男は黙ったままで加勢するでも庇うことすらせず興味がないようだ。


「・・・わかったよ。」


 アルは立ち上がり、涙を必死にこらえながら口を開いた。庇おうとしそうなセリーナの手をちらりと見ると首を横に振り、ガイの方を見る。


「僕が出ていけばいいんだろ。それでいいんだろ・・・」


 テーブルの上に置かれた銀貨1枚を手に取り、震える手でポケットに押し込むと、振り返らずに酒場を出て行った。


 背後では、ガイやレイの笑い声が聞こえてくる。


「ははっ、いい気味だよな・・・・」


 外の冷たい風がアルの頬を撫でる。その風に涙が滲んだのを、アルは誰にも見られないように素早く拭った。


「僕が・・・僕がいなくなればいいんだ・・・セリーナとエリーはパーティーにいられる・・・」


 静かな夜道を一人走るアルの胸には重苦しい思いが渦巻いていた。


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 アルが酒場を出ると、ガイはほくそ笑んだ。隣のテーブルにて一人で飯を食べていた女の方を向くと声を掛ける。


「ミリィ、待たせたな。皆に紹介してやるからこっちに来い」


 ミリィと呼ばれる女は下品に手の甲で口を拭うと、おもむろに席を立ちガイの横に立つ。新しい仲間としてパーティーメンバーに紹介すべく、ガイは満足げにミリィの胸元を見てから皆の方を見る。


「こいつはミリィ、無能の代わりになるから仲良くしてやってくれ。ミリィは冒険者だが、手先が器用でトラップの対応ができるシーフだ。なにより器量が良い。喜べ!これで俺たちの戦力は揃ったぞ!」


「アタイはミリィってんだ。ガイ様に誘われてここに来た。よろしくな・・・」


 ミリィはガイに誘われたことを話し、自己紹介を始めたが、ガイの心には「セリーナとエリーもこれで俺の女だ」というつぶやきが浮かんでいた。大男はセリーナとエリーのような身体の細い女に興味はなく、レイに至っては男にしか興味がない。だからこれで邪魔者がいなくなるからセリーナもエリーも俺の女にできるぜ!などとガイはほくそ笑んだ。




後書き失礼します。

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