第4話

 昭夫は秋山さんと一緒に、昼食をで食べていた。すると突然、新聞を見ていた秋山さんが財布から、何やら券を出して、真剣に新聞と照らし合わせていたのである。そして、

「やったあ!一万円当たっている」と叫んだのだった。そこには市町村振興第692回全国自治宝くじの当選番号が記載されていたのである。その五等が当たった喜びの叫びだったのだ。下三桁の133が五等であった。

 秋山さんは毎月、宝くじを十枚ずつ買うのを楽しみにしていた。そして、今回は三千円をはたいて、末尾三桁と一桁の二枚が当選したのである。一万三百円をゲットしたのである。昭夫は、それを見ていて思い出した。『この前、俺が拾った宝くじは当選していたのだろうか?』と。でも、そのことは直ぐに忘れたのだった。

 暑かった夏も過ぎ、各地の紅葉も散り、朝夕は肌寒く感じる季節になった。もう、十一月の下旬だった。二年前の十一月は、昭夫は無職だった。宗像のパチンコ店タイヨウで、チンピラとのいさかいの為に警察署で尋問されたのだった。結果的には正当防衛で無罪放免となったが、あの嫌な体験が思い出された。それに比べて、現在の自分は仕事もあり、趙夫婦にも可愛がられて幸福だった。心からそう感じていたのである。

 そんな彼に、八幡東警察署からスマホに電話が掛って来たのである。昭夫は一瞬、「えっ、警察!」と緊張した。今更、何の用事だろう?宗像の時の事件は、ちゃんと片付いたのではなかったのか?ドキドキした。今、あの事件の事を思い出していたので尚更だった。

 彼は、恐る恐る応答したのである。

「はい。いずみです」相手は先ほど掛けて来た同じ女性の声だった。

「もしもし、泉昭夫さんですか?」

「はい。そうです」と、か細い声で応えた。相手の女性は

「泉昭夫さんご本人に間違いありませんか?」と念を押したのである。

「はい。本人です」すると

「こちらは、八幡東署の遺失物係ですが、あなたが八月二十四日に預けられた遺失物が三ヶ月経っても、落とし主が出頭しませんので、お渡しいたします。身分証明書と印鑑を持参して、受け取りにお越しください。私は山本と申します。お越しの際は、私を呼び出して下さい」と言われたのだった。

 昭夫は思い出した。そして、ほっとして胸を撫で下ろしたのである。彼は、警察から発行されていた【拾得物件預かり書】を持って、昼食休憩の合間に八幡東署に出向いて、落とし物を受け取って帰ってきたのである。

 実家に行った帰りに、日豊本線の電車の中で拾った宝くじ券であった。小さな透明の袋に入っていた。当日、交番に届け出たままの状態だった。中には10枚の連番の宝くじ券が入っていた。『全国自治宝くじ第695回』と右側に書かれていた。左側には、サマ-ジャンボ。中央の下段には、小さな文字で、抽選日平成28年8月25日、支払日平成28年8月28日から平成29年8月27日となっていた。

 昭夫は、この宝くじ券の当選金がまだ、受け取り期間内であることに気が付いたのである。彼は、仕事を終え、夕食を食べて入浴した。趙さん夫婦に挨拶して、自分の部屋に引き上げた。ベッドに腹ばいになって、スマホで695回の宝くじの当選番号を調べたのである。

 七等は下一桁が2だった。連番だったので当然その番号の券はあった。先ずは三百円はゲット。六等は該当なし。五等該当なし。四等、三等も無し。二等も無かった。ああ、やっぱり三百円だけか!と大きな溜息ためいきをついた。まさか、この上は無いだろうと思ったが、念のために一等の当選番号も照合してみたのである。それは、73組119326番と表示されていた。昭夫は末尾が6の券を取り出して、末尾の番号から指でなぞってみた。6 2 3 9 1 1  うん⁉ 何! 同じ⁉ 組番号73組⁉ 嘘だろう!

 今度は左の頭から、指でなぞってみた。73119326間違いない。一等の当選券である。昭夫は驚愕した。しかも連番である。73119325 73119327もある。前後賞と合わせて七億円であった。末等の当選金三百円も加えて〆て七億三百円の当選金である。彼は、暫く茫然自失ぼうぜんじしつの状態だった。

 これは、一体、どうしたらいいのだろう?昭夫は一睡もせずに朝まで考え抜いたのだった。そして、次の行動を実行することにしたのである。

 この日は都合の良いことに公休日だった。当たり券を銀行に持って行って、当選金を受け取る手続きをすることにしたのである。それは平成二十八年(2016年)の十一月三十日の水曜日であった。下宿を九時半に出て、福岡市の天神に向かった。みずほ銀行の福岡支店に行くためだった。

 彼は、山三自動車の社員の時に、みずほ銀行には口座を持っていたのである。現在、口座を持っている銀行は、みずほ銀行の他には福岡銀行と西日本シティ銀行である。JRと地下鉄を乗り継いで、十一時前に銀行には着いた。

 受付の女性の行員に用件を話すと、暫く待つようにいわれたのである。店内のソファに座って待っていた。客はひっきりなしに来ていた。昭夫は、普段はあまり銀行に来ることもないので、なんとなく落ち着かなかった。窓口のカウンターでは、五人の女性行員が次々と、そして、テキパキと業務をさばいていた。奥では、男性行員が三、四人忙しそうに立ち回っていた。いつも騒々しいパチンコ玉の音と大音響の演歌や軍歌を聴きながら働いている昭夫には、この静かで、清潔な銀行内は別世界に感じた。

 五、六分待たされて「泉さま」と呼ばれた。中年の男性の行員が近づいて来て、微笑みながら挨拶したのである。そして、左側の通路に誘導して、「こちらへどうぞ」と言って奥の方へ案内したのである。そこは応接室だった。床には深紅の絨毯が敷かれていた。奥の壁を背にして長い黒革のソファが置かれていた。そして、長方形のテ-ブルを挟んで、入口側に一人用のソファが二脚据えられていた。ソファには、いずれも純白の綿のレースのカバーが掛けられていた。

 奥の壁には、八十号くらいの風景画が掛けられている。外国の港が描かれていた。左側には、壁板を直接文字盤にした時計の秒針が円に沿って走っていた。部屋の広さは十畳くらいである。

 昭夫は手前の一人用のソファを勧められたので、右側のソファに腰を落とした。

 男性行員は、向かい側のソファの前に立って、名刺を出して腰かけたのである。名刺には、みずほ銀行福岡支店・次長・上田誠とあった。四十代くらいであろう。四角い顔に濃い眉、口は小さく唇は薄かった。

「この度は、ご当選おめでとうございます!それでは、お持ちいただいた券を拝見させて頂きます」と言った。昭夫は当選券の四枚を出したのである。全部で七億三百円である。上田次長は

「身分証明書と印鑑はお持ちですか?」と訊ねて来た。昭夫は運転免許証と印鑑を差し出した。上田次長は

「本日お持ち帰りできるのは、百万円まででございますが?」と言ったのだった。そして残りは、券の確認や手続きで一週間前後かかると言われたのである。昭夫は

「別に急ぎませんので、全て振込でお願いします」と応えて、振り込みの口座番号を記入したのである。銀行からは【当選証明書】を発行してもらった。そして、【高額当選者の心得】(その日から読む本)と云う冊子を渡されたのだった。これで、今日の大仕事は終った。

 昭夫はほっとして銀行から出て来た。何か、夢をみている様であった。でも、心は不安と感激で揺れていたのである。緊張して喉がカラカラに乾いていた。天気が良かったので、天神から川端通まで歩いた。商店街の中に、海鮮丼かいせんどんの店があった。入ってマグロ丼を頼んだ。一緒に生ビ-ルの大ジョッキーも注文して乾いた喉を潤したのである。

 昼食を終えて、博多駅に歩いて向かっていた。すると、スマホに電話が掛ってきたのである。秋山さんからだった。彼も公休日だったのである。

「昭夫、今、何処におるんや?」と訊いて来た。

「天神まで行っていたのですが、今、川端通りから博多駅に向かっています」すると

「黒崎駅前で飲もうや。俺がおごるけん」と云って来たのである。昭夫もこの後、用事も無かったので、

「いいですよ。何時にします?」

「十八時に駅前の焼き鳥屋【秀吉】で待っちょるけん」

「解りました。時間までに行きます」と応えて電話を切った。そして、奥様の登美子さんに、今晩は秋山さんと飲むので夕食は要りませんと連絡したのである。

 焼き鳥屋の秀吉には何度か行ったことがあるので、場所は解っていた。昭夫は博多駅の傍にある紀伊国屋書店によって、石原慎太郎が書いた【天才】と云うタイトルの本を買った。これは、田中角栄元首相の事を書いた本であった。現在、ベストセラ-とのことである。彼は、田中角栄と云う人物が中学生の時から好きだった。

 本屋を出て、十六時三十五分の門司港行きの快速電車で黒崎に向かった。

 秀吉には十八時少し前に着いた。秋山さんは店の奥のテ-ブルで一人で呑んでいた。彼は昭夫を見つけて

「昭夫。こっち、こっち」と手招きしたのである。

「やあ、こんばんわ」昭夫は手を挙げて奥へ進んだ。そして、秋山さんの向かい側に腰かけたのだった。秋山さんは

「宝くじが当たった一万円を今日換金して来たんや。それで、今日の分は俺のおごりや」とジョッキ-を持ち上げながら言ったのである。昭夫は頭を下げて

「有難うございます。ご馳走になります」と応じたのだった。秋山さんは

「次の年末ジャンボでは、一等を当てるぜ!」と意気盛んだった。昭夫はビ-ルの大ジョッキ-と豚バラと、とりかわを五本ずつ頼んだ。秋山さんは焼酎のお湯割りを注文していた。二人はしばらく、食べて飲んだ。三十分程経過したころ、秋山さんが急に声を落として

「趙さん、この頃元気ないよなあ」としんみりと呟いたのである。そして

「体調があまり良くないらしいんだよなあ」

「えっ、そうなんですか?」昭夫は初耳だった。

「八年前に一度、自宅で倒れたことがあったらしいんだ。この前、奥さんから聴いたんだよ」昭夫にとっては、それも初耳だったのである。何でも血圧がずっと高くて、安定しないらしいとのこと。そして、糖尿病もあるらしいとの事であった。八年前は脳溢血で倒れたそうである。さらに、パチンコ店の経営も、最近はかなり厳しいらしいと秋山さんは言ったのである。

 昭夫は秋山さんと別れて、下宿の自室に戻って、一人で考えを巡らせていたのである。これからの自分の生き方についてであった。何か事業をやってみたかったのである。その可能性が出て来たのである。


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