第2話 例えるなら貰い事故かもね。
地下牢に投げ捨てられた私は思い出す。
それは先ほどの騒動が起きる前に私だけが出くわした出来事だった。
輝きのあと意識を取り戻した私の目の前に見覚えのある人物が苦笑しながら椅子に座っていたのだ。格好は普段着としている黒いスウェット姿ではなく白いタキシードを着ていた。それも妙に似合っていて我が父ながら一目惚れしそうになった。
「えっと、父さん。今から再婚でもするの? お相手は?」
父を見た瞬間、私の口から出たのはそんなツッコミだった。
よく見れば父は、いつもより数段若く見える。
それこそ私と同年代にも見える容姿に内心で驚いた。
「再婚って。いや、まぁ、急ぎだったから、これを着ただけなのだが」
「急ぎ? なにかあったの?」
「あったと言えばあったな」
「そうなんだ」
その時の私は状況が読めていなかった。
父は取引先に呼び出されたと言って卒業式に出席しなかった。
その代わり卒業パーティーを店で開いてくれるとの約束をしていた。
「ところで卒業したのだけど?」
「ああ。卒業おめでとう、
「うん。ありがとう、父さん」
催促するような事ではないのだけど、父の優しい声音と笑顔は私にとっての妙薬であり、私は時間を追う毎に冷静になっていった。
「少し、落ち着いたかい?」
「うん」
「状況を整理しようか」
「なにか、知っているの?」
父は私の問いかけにバツの悪い顔をして右頬を掻いた。
すると父はどこからともなく木製のテーブルと椅子を目の前に置いて、私に座るよう促した。
(そういえばここはどこなの?)
椅子に座って周囲を見回した私は不思議な気分に囚われた。
足許は砂浜で空は蒼い。海は無いのに海の匂いが漂ってくる不思議な場所だった。
砂浜の砂もスカートに付着することはなく、手で払うだけで簡単に落ちた。
父はティーポットとカップ、ソーサーを置いてアップルティーを注いでくれた。
「とりあえず、飲もうか」
「う、うん。いただきます」
口に含んだアップルティーの風味は優しくて鼻に抜ける香りは心を癒した。
教室でのやりとりが嘘のように思え、飲み干すと同時に前髪の違和感に気づいた。
「え?」
「ふふっ」
父は意味ありげに微笑む。
先ほどまでは黒髪だったのに、今は日光を浴びてキラキラしている。
カップとソーサーを持つ私の両手も不思議なほど白く変化していた。
「ど、どういうこと?」
「卒業祝い」
「そ、卒業祝い? これが?」
「本当は別の品物を用意していたのだけどね。予定が狂ったから」
「く、狂ったからって、肌の色が変化するものなの? 髪もだけど」
いや、本当にどういうことなのかと問い詰めたくなったね。
背中に流していた髪を一房だけ左手で持つと、父と似通った色になっていた。
「白に近い銀色? いえ、七色にも見える」
「それで合っているよ」
「えっと、私、いつからアルビノになったの?」
「アルビノではないよ。瞳も
「え?」
父はそう言いつつ私の前に手鏡を置いた。
それで自分の顔を見ろとでも言いたげだった。
伊達眼鏡を外した私は手鏡を持って自分の顔を見る。
「銀、髪?」
私の記憶が確かなら茶色の瞳だったはずだ。
それがどういう理屈か知らないが銀瞳になっていた。
冷ややかな印象がより際立つ容姿に変貌したよね。
私は無機質、西洋人形のような容姿に変わっていた。
そこで私はふと父の視線に気づいた。
改めて父を見ると私と同じ色彩に変わっていた。
「父さんも?」
「どちらかと言えば私の色彩に寄せただけだね」
「色彩に寄せた」
私のオウム返しを聞いた父は真面目な表情に変化して事の詳細を明かしていった。
先ず、私達と父に直接的な血縁は無いそうだ。
「養子縁組?」
「そうなるね」
私と妹は新生児の頃、店先の椅子に捨てられていたらしい。
拾われた日は私達の誕生日となっている、クリスマスイブ。
サンタクロースのつもりなのか知らないが、寒空に捨てるなと言いたくなるね。
「事が事だから警察に届けるより私自らの手で育てた方が良いと判断したんだ」
「お、男手一つで?」
「婦人会とお隣さんも協力したよ」
「そう、だよね。女の子だし」
「
「うっ。小さい頃の話だからノーカンだよ!」
「ふふっ」
うん。子供の頃の話はノーカンで良いと思う。
父とお風呂に入っていたのは小三までだった。
「本当なら自立する頃合いに伝えるつもりだったのだけどね」
「まさか、状況が変わったから?」
「そうだ」
状況が変わった。詳しくはこのあと語られたのだけど、私と
「それを知っているってことは父さんも関与しているの?」
「直接ではないね。間接的に関与しているかな」
「間接的に」
「それがあったから、こうやって
私に干渉した。
私だけはなぜか上半身のみ動かせた。それが父の言う干渉の結果なのだろう。
それでも状況は変わらず、
「時間にも干渉しているから、残り六時間以内に全て終わらせるよ」
「お、終わらせる?」
「事情説明と生存戦略だね。召喚陣を用いた以上、呼応者には強制力が働いているから、この場の時間で言う六時間後には、強制的に召喚主の元へと運ばれるんだ」
父の言う通り異世界召喚は止められないらしい。
それならばということで父の素性等を教えてもらった。
「神。冗談ではなく?」
「こんなことは冗談では言えないよ」
「そうね」
父の世界は地球の並行世界らしい。
「ところで大衆食堂・ジンの由来は?」
「立場を忘れないため?」
「なにそれ?」
唯一の違いは大陸の形、魔法と剣のファンタジーな異世界という点だった。
種族も人族は元より獣人族や
世界の魔力との親和性がもっとも高い魔族も居る。
その中で魔王という魔人が世界各地に九人居て勢力を拡大しているそうだ。
「あくまで人族や亜人族の視点で見た場合の拡大だけどね」
それは神の立場から見ると奪われた領土を取り返しているだけらしい。
「次は私の力についてだが」
神は心から願われた望みを叶える。それは世界に住まう全ての種族に当てはまる。
魔族が心から願えば、望みを叶える。人族が心から願えば、同じく望みを叶える。
だが、願いを叶えたきりで放置というわけではなく世界の概念を書き換える願いや行為をした場合、中立的立場から例外なく対象者達を罰しているらしい。
「私が願っても同じ?」
「同じだ」
「罰は軽減されるの?」
「犯した罪次第」
「そう」
それは過去、取り返しのつかない行いをした愚者が現れ、罰したそうだ。
その罰には今回のような召喚が行えない封印も含んでいたという。
それがなんらかの穴を突いて封印が完全解除され、実行されたらしい。
父は私に取引先と言っていたが、実際はそれらの対処に追われていたようである。
「神も大変なんだね」
「分かってくれるか」
「同じ立場に立ちたくはないけど」
「うぐっ」
そこで唸らなくても。
「いずれ
「どういうことよ」
「仕事を手伝うと言っていただろう?」
「それは父さんの食堂だよ」
話を戻すが、魔族とは地球で言うところの原住民と同等のようだ。
個々に文明を築き、国家という体で国土を維持している。
そこに侵略者という体で国土を簒奪する者が人族と亜人族らしい。
それでも一部の権力者が簒奪に動くため無関係な民草は罰の対象外になるという。
「首謀者と実行犯的な」
「関わった冒険者や軍人は等しく対象になるけどね」
「おっそろしい世界だ」
「地球も似たり寄ったりだよ」
「それはそうだけど。でも人殺しせずに生きていくことは可能なの?」
「無理だ。生存する以上、避けては通れない」
「殺傷行為に忌避感のある異世界人には酷だよ」
「それを分からせるつもりで経験を積ませるだろう。盗賊討伐とかね」
「殺伐とした世界だぁ」
私が生存するうえで父の言う殺傷行為は避けたいと思うが、相手の報復を考慮すると完全回避は難しそうだ。そうなった場合は私も覚悟を決めるしかなさそうだね。
「ゲームのように蘇生が叶えばいいのに」
「蘇生は禁忌だ。死が確定した体に魂を戻す魔法は許されない。例外は〈不死〉を得るか、
「〈不死〉?」
「その説明はあとで行うよ」
「あとで?」
「まだまだ伝えなければならない事情があるからね」
これだけでも理解することで精一杯なのになにを聞かされるのか?
§
その後、掻い摘まんでだが事情を打ち明けてもらった。
どうも私は父の加護を一身に受けて育ってきたらしい。
私の髪色と瞳の色はその影響を受けた結果なのだろう。
召喚時に父が私に干渉出来た事もそれが要因のようである。
なお、父の加護は
「
「いや、拗ねる以前に性根が腐っているから授けても無意識に弾く」
「は、弾く?」
「そうだ。私の加護は浄い心にだけ作用する。無垢なる子供なのに呆れるくらい腐敗していては神である私といえど、手の施しようが無かった」
「おぅふ」
あの子が私から奪うだけ奪っていたのは生来の腐敗が滲み出ていた結果なんだね。
それがなんの因果か、そんな女の子と双子として生まれ、この年齢まで絡まれていたのだから、やるせないと思えてしまった。
「
「分かっている範囲で言えば」
「言えば?」
「死亡フラグの回避は現状、難しいだろう」
「マ?」
父は苦笑した表情のまま無言で頷いた。
「ところで召喚に関しては?」
「今回は事故としか言えない」
父にとっても事故だったと。
神の予測を上回る人の欲望、恐るべしだよ。
封印解除して実行すれば。
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