第2話 誕生 その2
……それにしてもここはどこなんだろ?
ようやく視力が戻り始めて周りの様子が段々とわかって来るようになった。
ここは室内の様だけれども、前に住んでいた家や神殿で見慣れた石造りではなく、主に木で出来ていた。床も家具も全てだ。そしてあたしが以前に住んでいた家よりもはるかに広い。
その見慣れない光景に、(これはもしかして、お話しに聞いたことのある森の奥に住むというエルフの家? なら、あたしもエルフになったの!?)って少し嬉しくなったけど、恐らくあたしの家族なんだろう者達の姿を見てすぐにそれは違うって事がわかって悲しくなった。
耳は短くって肌の色も白くない。
……それにエルフなら、もっとスラっとしてて美人よね……。
それ以外にも違う点がいくつもある。
どちらかと言うとみんな小柄で、顔つきはエルフと言うよりも前に住んでた街の外れにあった鍛冶屋のドワーフのおじさんに似ていた。
それにあんな服装は見た事が無い。
……あれって、一枚の大きな布に袖を付けて、身体に巻き付けて腰に紐を巻いて着ているだけよね……。
そして結構ボロい。
よく見ると継ぎ接ぎの跡が沢山見える。着古していて色もあせていた。あたしが今巻かれている布も、洗ってはあるけど使い古されてた布切れ。肌触りはザラザラ。良く言えば大事に物を使っているのだと言えるかもしれないけど、全てボロ布なのは変わらない。
……貧乏……。
お下がりのお古ばかり着ていたあたしが言うのもなんだけど、とても裕福そうには見えなかった。しかしよく見れば寒い時期でもないのに部屋の真ん中で毎日ずっと火を焚いてる。
……あたしが住んでた家なんか、雪が降ってもマキ代が無くって暖炉に火がつけられない日が多かったのに……。
そうは見えないけど裕福なのかも知れない。
……でも、装飾品はともかく、テーブルやイスはおろかベッドも見当たらないのよね……。
未だ寝返りすらも満足に出来ない状況なので、誰かに抱かれるかおぶわれる事でしか移動出来ないからその都度目につく物しかわからなかったけど、彼等の生活振りはとても不思議に思えた。
まず直に木の床の上に座ったり寝転んだりして生活している。それに部屋の中は常に裸足。外へ出る時に靴は履かず、変わりに粗末な草を編んだ物を履いている。
……なんて原始的な……。
いくらあたしでも靴くらい履いていた。穴が開いてたけど……。貰い物だしボロでもテーブルやイスくらいあった。ベッドは母と一緒に使ってたから一つだけだったけど……。
これはやはり貧乏な家に生まれてきてしまったのかと悲しくなった。でも家族らしき者がみんなで部屋の中心に集まって、炊いている火の周りを囲んで楽しそうに座って食事をしている姿を見ていると悪くない気がしてきた。
……なんか、いいなぁ……。
前世での母は、とってもやさしく何時もあたしの事を第一に思って大事にしてくれていた。そんな母があたしも大好きだった。それでもやはり二人っきりの生活は寂しくて、家族の沢山居る友達が時々羨ましく思っていた。
ここは一体どこの国なのか何の種族の子供として生まれたのかそれがさっぱりわからない状況に、好奇心よりも不安の方が大きかったけど、その仲睦まじい様子を見ていると心が和らいでいく。
……家族が沢山! それにみんな仲よさそう……。
正直食事も裕福そうには見えなかった。この様子では今世もまた貧乏生活なのかって悲しかったけど、家族は沢山いる様だ。それだけでも嬉しくなった。
……あの小さいのがあたしのお兄ちゃんかな? 大きいのがお父さん?
その食事風景を見ていたら、どこからともなく甘酸っぱい香りが漂って来た。
……これは……プラムの香り?
首は座りきっていないので、視線だけで香りの元を探す。
……あれかな?
何か赤い果物を美味しそうに食べている。
……いいなぁ~美味しそう……。
その様子を見ていたら、昔家の裏に住んでた元冒険者のおじいさんの事を思い出して懐かしくなった。
……あのおじいさん、たまに近所の子供たちを集めては森で採った果物を御馳走してくれたのよね……。
だけどその時は決まって自分の冒険譚を長々と話すものだから、あたし以外に懐いている子供は少なかった。
以前は甘い物と言ったら、そのおじいさんがくれる果物くらいしか食べられなかった。だからあたしは何時も黙ってその自慢話しに付き合っていたものだ。
そのお話しの内容は貰った果物に夢中でほとんど聞き流していたけれども、何時も同じ内容だったのでイヤでも覚えている。決まって若い頃の魔物退治の話しだ。本人曰く、街を救った英雄だったとか。
……ぜったいそんなことないと思うけどね……。
なつかしい匂いと共にそのしゃがれ声のおじいさんとお話しを思い出して、それと同時に彼等を見ていて嫌な予感がして来る。
……それにしても一体なんの種族なの? あたしの知っているドワーフともちょっと違うし……。
胸騒ぎがした。
『……でな、前にこの街をゴブリンの群れが襲って来たんだ。あいつらは魔物のくせに結構器用でな、火は使うし、人間様から奪った武器を使って襲ってくるんだ』
……とうぜん部屋の真ん中で火を焚いてるくらいだから、普段から火を使ってるわよね……。
それにその火の周りで藁を編んでいたり木を削ったりする姿も見る。けっこう器用そうだ。
……いやいや。さすがにそんなことだけでは……。
決め付けるにはまだ早い。他には何か無かったか一生懸命思い出す。
『体つきはな、背は低いがガタイはガッシリしてて、けっこう力があるんだ。そいでもの凄く凶暴だ!』
……凶暴かどうかはわかんないけど、ここにいる一番大きい個体でも、子供かと思う程に小柄よね……。
もしかすると亡くなる前のあたしと比べても少し大きい位かも知れない。
……でも、体つきはがっしりしてて、小さくても結構力はあるわよね……。
女の個体でも、大きな荷物を軽々と持っている姿を見た事がある。
……いやいや……。
少し身体が震えてきた。
『そいでな、髪の毛が薄くってな、だいたいハゲてるんだ』
───ッ!
思わず目を大きく見開いて辺りを見回す。
……そういえば彼等を見ていて、何か違和感があるって思ってたけど、あのオス? の個体って、ハゲてるわよね……。
頭のてっぺんに、ちょこんと毛が乗っかってるだけだ。
……何なの? あの変な髪形……。
改めて見てみると、小さい個体は頭のてっぺんだけに毛があって周りがハゲげていたりする。
何れにしても今までにこんな髪型は見たことが無い。
……あれに一体何の意味があるの? それにここの個体って、みんなハゲてるの?
それに気が付いてドキドキしながら周りの様子を伺っていると、女だと思われる個体にはちゃんと髪があった。ただ、頭の上で髪を纏めていて、これもまた見た事ない不思議な髪型をしている。
それでも少しホッとした。
……よかった……。
気を取り直すとおじいさんのお話しから、他にも彼等と共通点がないか必死になって思い出す。
『でな、肌の色は俺たちみたく白じゃなくって……』
……ん~何色って言ってたっけ? 青? 緑?
自分のもそうだが、彼等の肌の色は白と言うよりも黄色っぽくて黒ずんでいる。
まだ赤ん坊だから視力が完全では無いのだろうから色はあまり良くわからない。それでもあたしの知っている人族の肌の色とは違う気がした。
……まぁ、それだけなら、あたしが知らないだけかもしれないし……。
世界は広い。知らない事の方が多いはずだ。割り切って考える事にしてお話しの続きを思い出す。
『……あいつらは人から奪ったんだろうな。粗末な服を着ているヤツもいたんだが、大体は裸のヤツの方が多かった』
……そういえばここの人達の服って、見た事が無い服なのよね。ボタンは見当たらないし、前を合わせて腰のあたりで簡単に紐を巻いて着てるだけ……。
粗末で生地の色数も少ない。大体が藍色っぽい生地だ。
……あたしが今巻かれてる生地もそうだけど、動物の物よりも植物っぽいし……。
色々と考えていると、突然木の扉が開く音がしたのでそちらに視線を移した。すると見慣れない女性が入って来る。
頭には布の様な物を巻いて下半身も布の様な物を巻いている。だけど上半身には何も着けていない。胸を放り出していた。それでその個体が女だという事がすぐにわかったけど、彼女は胸を隠すそぶりも見せていない。そしてその姿に驚いているのはあたしだけの様で、周りの様子を見るにここではそれが当然の事の様だった。
……恥ずかしくないのかしら……。
むしろ見せられているあたしの方が恥ずかしい。
『で、アイツらはな、茂みとか物陰からからいきなり飛び出して、真っ黒な口の中からデッカイ牙を光らせて噛みついてくるんだァー!!』
……おじいさん、何時もここで大きな声を出して脅かしてたのよね。小さい子達は泣いてたわ……。
その時の様子を思い出して苦笑したけど、すぐに気を取り直しすと緊張しながら観察に戻った。
……で……そのお口の中は……。
恐る恐る今あたしの事を抱いている、恐らく今世でのあたしの母親なんだろう存在の顔を注視する。
あたしが今不安そうな顔をしているからなのだろうか。目が合うと優しく微笑んだ。それは前世の母の顔とは似ても似つかない顔だったけど、不思議と同じ様に安心する顔に思えた。
……もう、どっちでもいいかな……。
それを見ていたらそう考えさせられたのだったけど、あたしを笑わせる為なのだろうか、何を言っているかわからないけど色々と話し掛けられ、変な顔をしたりした。
その時に見えた口の中は、あたしが知っている人族のものと変わらなかった。
……よかった……。
例えどこの国で何の種族であろうとも構わない。魔物ではなさそうな事がわかっただけでも嬉しかった。ホッとすると身体中の力が抜けていくのを感じる。
異なる環境に少しナーバスになっていたんだろう。考え過ぎだ。相変わらず何を言っているのかはわからないけど、好意なのは感じ取れたので微笑み返すと、それに合わせて周りから笑い声が聞こえて来て少し騒がしくなる。
……これは、歓迎されているのかな……?
少なくとも邪険にはされていない事がわかって更に嬉しくなる。
……ホントによかった……。
しかしそんなホッコリとした気持ちでいられたのも束の間の事だった。
先程入ってきた半裸の女性が近づいて来くると、あたしの事をひょいっと抱き上げニカっと笑い掛けた。その瞬間、あたしは笑顔のまま引き攣った。
───ッ!!
おぞましい真っ暗な歯が眼前に広がる。これは魔物以外なんなのだろうか。
───イヤーッ‼︎
食べられてしまうと恐怖したのと、やっぱり魔物に生まれてしまったのだと悲観して、生まれ変わってから初めて、いや前世でもここまではと言うほどに絶叫して泣いてしまった。
……なんであたしがこんな目に……。
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