第3話 ハル

 生まれ変わった今世でのあたしの名前は『ハル』だ。周りからはおハルと呼ばれている。


 春の時期に生まれたかららしい。それを聞いた時は、なんて安易で単純な事だと思ったが、可愛らしい響きなので割と気に入っている。それに周りの者の名前もみな大体似た様なものだ。

 

 結局、貴族だったりお金持ちの家には生まれなかったけど魔物でもなかった。それにはホッとした。この世界のこの国では至って普通の家。それだけでも幸運だと思う。それと今度は家族が沢山!

 

 両親に兄と妹がいて、最近では弟が産まれたばかり。祖父は既に亡くなっていたけど祖母はまだまだ元気。前世では母親しかいなかったからとってもうれしい!


 家業は農家。そんなに裕福とは……いや、どちらかというと貧乏か。でも食べるのには困っていない暮らしぶり。よかった!

 

 ここへ産まれたばかりの頃は以前とはあまりにも違う環境で戸惑う事ばかりだったけど、数えで十歳になった今では大分慣れた。


 ……もうお歯黒の人に会っても、魔物だ! なんて驚かなくなったしね!


 食事も最初は見慣れない物ばかりで躊躇していたけれども、慣れれば結構美味しいし、何より一日に三度も食事が出来るとか夢のよう!


 ……前世では食べれない日とかも珍しくなかったから……。


 だけど不満が無い訳でもない。


 子供の頃は下着をつけないだとか、女の人が外で胸を出してても平気だとか、その辺の文化の違いは未だに慣れない。


 ……しょっちゅうお風呂に入れるのはうれしいけど、男女一緒ってのもね……。

 

 そんな文化の違い以外にも、生まれ変わってから気になっていた事がある。それは「魔力」や「魔法」の事。


 ……一度死んでリセットされたのだから、もしかしたら魔力持ちに生まれ変わってるかも! 


 と、ちょっと期待していた。


 ……でもダメだったみたい……。


 生まれ変わってすぐ、まだ満足に身体を動かす事の出来なかった頃から、魔力がないものか色々と試していたけれども、大きくなった今でも魔力がある感じは全くしない。


 ……そもそも前世でも魔力持ちじゃなかったから、どんな感覚かわからないんだけどね……。


 それどころかこの世界にはそもそも魔力や魔法の概念がなさそう。


 母の背中におぶわれている時から色々と観察していたけれども、魔法らしきものを使っている人は見掛けないし、普段ならばその辺をフワフワ浮いているはずの精霊の姿も全く見掛けなかった。


 ……あれ? だとしたら、精霊さまを見たりお話できたりする力もなくなっちゃったのかな?


 だとしても、いないのならば同じ事。それならばそれで構わない。って思っていたのだったけど、ある日初めて母におぶわれて台所に入った時、それに気付いて驚いた。


 そこには調理をする為のかまどがあるのだけど、その上の天井の近くの壁に絵が描いてあるお札が貼ってあって、それの前にボワっと「ソレ」が浮かんでいた。


 お札と同じ位の大きさのソレには怖い顔が三つ。身体からは手が幾つも生えていて、その手には武器みたいなのを持っている。


 ───えぇ!? ナニアレ!? コワイ!


 明らかに人外の雰囲気を纏っていたけど精霊だなんて可愛らしいものでもない。あんな恐ろしいものは前世では見た事がなかった。


 驚きのあまり動けずに目を見開いて見続けていたら、ギロッ! って睨まれ、すぐに目を反らして母の背中にうずくまった。母が台所を出るまでずっと震えていたわね。


 ……その後、台所に連れて行かれる時は、しばらくの間いっつも目を瞑ってたのよね……。


 でも、どうも他の者達の様子を見ているとソレを怖がっていたのはあたしだけのよう。それどころか祖母や母がそれに向かって拝む姿を見る事もあって、明らかに敬っていった。


 だからようやく言葉が喋れるようになってから「ばーちゃ。なにおがんでるん?」って聞いてみた。


「ありゃ、かまどの神様だぁ。荒神こうじん様つうんだぁよ。火や水を守ってくれとるでーじな神様でな……」


 あんなに怖い顔をしていても神さまだった。


 とりあえず精霊は未だに見掛けていないけど神さまはいた。そしてそれが見える力は残ってたらしい。


 ようやく一人で動けるようになったら勇気を振り絞って誰もいないのを見計らい、台所に入って恐る恐る荒神様に話しかけてみる。すると返事をしてくれた。

 

 ……お顔は怖いけど、やさしいお声だったわね……。


 そして少しだけ話しをする事が出来た。そして言われた。荒神さまは汚いのがお嫌いとの事。


 ───はい! 頑張って掃除します!


 神さまとお話しが出来る力も残っていたみたい。







 祖母やら他の者から色々とお話しを聞いて、どうもこの世界には「神さま」が沢山いらっしゃるのだと知った。それをまとめて八百万の神って言うらしく、例え目に見えなくとも、どこにでもなんにでも神さまはいらっしゃるのだそうだ。


 ……どこにでもいると聞くと精霊さまみたいだけど、やっぱり神さまなのよね……。

 

 家の中にはほうきの神さまや井戸の水神さまだったりがいらっしゃるし、外に出れば目の前の田んぼにも神さまがいらっしゃる。もちろんそれ以外にもいらしゃって……年神さまなんて一年に一度しか現れない神さままでもいらっしゃった。


 ……しかしこれ、ちょっと多すぎない?


 知れば知るほど困惑した。そして神さまはみな同じではなく、それぞれに合わせて対応する必要があった。


 トイレを使う様になった時、「厠にいらっしゃる神さまはな、左右の手でそれぞれ糞尿を受け取るから、厠で唾とかを吐くと厠の神さまはそれをお顔で受け取ることになる。だから絶対にやっちゃいかんぞ」って教えられた。

 

 ……それでホントかな? って、試しに厠へ石を投げ入れてみたのよね……。

 

 そうしたらいきなり目の前に、額を抑えた厠の神さまが現れて泣くほど怒られた。


 ───ごめんなさい! もう二度としません!

 





 当然ながら神さまは精霊なんかよりも上位の存在だ。それが寝ても覚めてもどこに行っても四六時中いらっしゃる。この事実を初めて理解した時、恐れ多いのと恐怖で発狂しそうになった。でも、キチンとルールを守って接してさえいれば特に何かをされる事はなく、むしろ接し方次第では恩恵を受けられる存在なのだと知って、それに気付いた瞬間、目の前がパッと開ける。


 ───これならなんとかやっていけるかも!


 折角生まれ変わったのだから、今度こそは幸せになりたいものだと考えた。


『みなさま方、ハルと申します。色々とよろしくお願い致しますね!』

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