信号無視

清光悠然

第1話 山の麓まで続く草木

 まただ。また、この場所かよ。

 

 自分の背丈の三倍はある細長い草木が、夜風に揺れて囁くようにざわめいている。ススキでも麦でもないが、それらに似た穂先を持ち、風に乗って微かに振動する。そんな草木が辺り一面に広がっている。

 雲ひとつない夜空に満月。草木に遮られて薄暗さが漂っているが、その眩い光が他の星々の輝きを奪っていることが草木の間から見える。

 場所の特定はできない。だけど僕はこの草木を見て、どこかの畑だと思った。草木は均等に植えられているし、長さも均一だからだ。それに人が二人程通れる道幅がある。

 初めはトウモロコシ畑かと思ったが、明らかに違う。トウモロコシはないし、そもそも規模感が違う。

 そしてドローンで見る映像のように、空から今の状況が時々見える。理由はわからない。その第三の目で空から自分を見るとき、僕は恐怖を感じる。


 空から見える景色は巨大な迷路のようだった。規律良く生い茂る草木に、人が通れる道。奥に山が見えたが、山の麓まで草木と道が続いていた。


 果てしなく広がる草木の中で、自分だけがポツリと佇んでいる。

 ズームアウトする現象に僕が小さくなったのか、周りが大きくなったのかわからない。錯覚しているような感覚だ。

 孤独。不安。恐怖。時間が経つにつれて鼓動が早くなっている。


 自分が蟻のようになる感覚はなんだ。自分が縮小するかのような感覚。縮小感という言葉はあるのだろうか。

 整えられた草木の広大さが、僕をさらに追い詰めていく。

 

 とにかく動こう。

 

 負の感情に押しつぶされそうな自分を鼓舞するかのように、何もない道を進んだ。当然目指す場所はない。


 昨日は雨が降ったのだろうか、足元は汚れて、足音と足跡が残る。


 入り組んだ道をひたすら歩いた。どこに辿り着くかはわからない。進むことで自分の心を落ち着かせていた。

 しかし空から見える景色で縮小感を味わって、恐怖と不安を再び感じる。その繰り返しだった。

 


 一時間くらいは歩いたのだろうか、丸太に腰を下ろして休息を取った。突然現れた丸太を不思議に思うことなく、草木の間から見える夜空を眺めていた。

 オリオン座しかわからないが、星空を見ると心が癒される。

 夜風も心地よい。その静けさの中、何かが胸騒ぎを呼び起こした。

 

 僕は丸太から飛び起きた。


 僕は何かに追われている。逃げなきゃいけない。

 今すぐに、この場所から。

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