第2話:甘美な白
↓挿絵です。合わせてお楽しみください。
https://kakuyomu.jp/users/benao_novel/news/16818093093045188686
「それ、赤月さんだよ絶対」
「なんで絶対って、わかるの」
彼女は、それはまるで真実は一つだと、当たり前のことをわざわざ俺に諭してくれているような口調で、自信たっぷりに、そう言った。
「決まってるじゃん。変な赤い髪の毛した、変な娘、なんでしょ」
「まあ……そうだけど」
「じゃあ他に誰がいるっていうの」
「いないのかよ」
「そりゃあもう」
都内の私立大学、お昼休み。講堂でのこと。
俺が日々授業という名の睡眠学習へと通い始めて、そろそろ学期の前期も半分といったところか。つまりは夏休み前に立ちふさがる定期試験への策などなにもないということ。
この大学へは、高校の指定校推薦によりほぼエスカレータでやってきたため、一般入試やセンターでやってきた努力せし者たちにさっそく遅れをとり、もう一周遅れといった感じである。
そして目の前で話すのが、俺がここへきて最初に知り合いとなった友人第一号。
ぱっと見た最初に、その真っ白な髪の毛に目が行く女性。そのショートカットの白髪からのぞく、くりくりとした瞳が存在を主張しているかのようだ。背は低めで、異性からすれば魅力的な女子なのだろう。よく男子学生と話しているのをみかける。
向井美空という、青空のとても似合うような名前の女子学生だ。白なのに。
何かとこうして話すようになったのも、彼女のそういった性格の延長線上だと思う。
自分だけが特別なんて、思いあがってなどいない。
「その人、間違いなくうちの学生なんでしょ? それで、赤毛で、変で、変な独り言、言ってたんでしょ」
「変で、独り言、言ってた」
「じゃあやっぱり赤月さんだよ」
「だから、その赤月って誰だよ」
ていうか、お前だって髪の毛、人のこと言えんのかよ。
向井は、人差し指を自分の頬へと持っていき、ここだけの話、とやった。
「大学一の変人で有名」
俺は心でようやく、彼女の話と、俺が実際に見た女性とを一致させることができた。あれは確かに変だった。変で赤くて、独り言。三つのキーワードで、彼女は正解を教えてくれた。
赤月燕。アカツキツバメ、と読むのだそうだ。俺も言葉の上で聞いた限りでは、暁燕と書くのかと思ったが。彼女はそれを「違う違う」と。
赤い月で、赤月なんだって。
なぜお前がそれを知っているんだ。
何でも、英語の授業のクラス分けで、同じ教室になったらしい。
「赤月さんの噂、聞きたい?」
「噂って……」
「妄想癖なんだって。思い込み激しくて、変なことばっかして、みんなに避けられてるって。それでそれで、独り言多くて、急に挙動不審になって、……とにかく変なんだってさ」
「それは、すげえな」
俺はあの日、彼女の後を追って、彼女が自分と同じ大学に通っていることを突き止めたのだった。彼女、もとい赤月女子が献血を終えるのをこの目で見届け、そうして彼女が向かう先を知るべく、まあこんな場所で時間帯からして、同じ大学だという予想は容易に立っていたけれど。
それが授業まで同じだとは、思わなかったけれど。
まあそれは面白い偶然だね。彼女はそう言った。
「なに、それじゃあ君はさあ。そんな面白い偶然なんかを、もしかして運命だとかって、思っちゃってるわけ? 青春だヒューヒュー」
「いや、そんなんじゃ」
「でもね、友人だからの忠告」
あの人はやめた方がいい。
きっぱりと、そう言われた。向井美空は、俺に向かって言った。
彼女は絶対に駄目なんだと。彼女だけは、関わってはだめなのだと。友達だからいうけどさと。何度も、念を押すようにして。
「私、ああゆうのは分かるんだ。絶対、友達になっちゃいけない人ってゆうの」
とくに君は男の子だから、そのなんていうか間違いがおこるかもしれないじゃない。私は女だから、ああゆうのは無視して、考えないようにして、拒絶すればいいけど。
率直に言うよ。彼女は諦めて。
もしなんでもないのなら、それでいいの。そのままが一番いいの。
そうな風にきっぱりと、あからさまに言われてしまえば、俺はもう何も言い返せず。昔から議論で勝てる方でもなかったし、そもそもそうでなくとも、彼女には勝てる気がしなかった。
向井美空という人間に、勝てる気がしなかった。
この長いような短いような、まだ始まったばかりの大学生活において、俺はとっくにそう結論付けていた。
今は、彼女は俺と一緒にいてくれているけれど。それは、そのうち終わる。彼女は、お情けで付き合ってくれているのだ。今自分と話しているのだって、きっとそう。
こんなにかっこよくて、かわいくて、魅力的で、面白い人間が友達になってくれるなんて、そもそもがおかしかったのだ。
それでも、そんなことを思いながらも、思ってしまうながらも、それにいつまでもすがりついている自分。
彼女は、俺にとって友人第一号であるとともに、大学での唯一の友人なのだ。
彼女と一緒にいないときの自分は、いつも一人ぼっちなのだ。
「なんで、そんなことを言ってくれるんだ、お前は」
「……なんで? なんでって、そんなの友達だからじゃ足りないのかな」
こういうときの彼女は、ずるい。卑怯だ。本当にそうなのではないかと思ってしまう。思いそうになる。そしてその顔がいちいち真剣なのでは、こっちもやりずらい。
「友達、か」
「友達だよ。それだけ」
向井美空は、にっこりと微笑む。そして。
「あ、染谷君そのペンダント……」
「ん? これか。これがどうした」
彼女が指差したのは、俺の首から掛けられた十字架のペンダント。それは別に理由もなく、気まぐれで付けてきたものだった。
「それ、似合ってるよ。格好いい、クールで」
「……そうかよ。そりゃ、まあ、ありがとう」
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