第46話 夕食
やがて下から料理のいいにおいが漂って来た。さっき食べたばかりなのに、その匂いを嗅いでいるとまたぞろお腹がすいて来た。葵が下りて行くと、綾子さんが料理の仕上げにかかっていた。どうやら鶏の唐揚げのようだ。葵の大好物である。大先生はテレビの天気予報を見ていた。
「もうすぐ夕飯だが、さっき食べたばかりで食べられそうかね」
と聞いて来た。
「大丈夫です。さっき料理のいい匂いがしてきたら、急にまたお腹がすいてきました」
「そりゃあ結構なことだ。大いに食べてやってくれ。妻が喜ぶよ」
「なんだか申し訳ないです。物凄く食費が掛かっちゃいそうで」
「うちはそこまで貧しくはないよ。子供たちがいた頃は、もっともっと凄かった。娘は食が細かったが、男どもは物凄く食べたからな。ちょっとやそっとでは妻は驚かない」
「西澤先生もよく食べたんですか」
「あいつが一番大食らいだったな。中学高校の頃は、バスケットをやっていたから凄まじかった。最近は昔ほどじゃないが、それでも良く食べる。それにあいつは結構空腹に弱いんだ。腹が減ると集中力が無くなるとよくこぼしていた」
葵は西澤に初めて食事に誘われた時のことを思い出した。
「次男もラグビーをやっていた頃は良く食べたな」
「先生には弟さんもいらっしゃるんですか」
「そう、やはり医者だが、こっちは研究畑にいる。今アメリカにいるんだが、コロナで大変だろうよ。アメリカはひどい事になっているらしいから。君とは話が合うかもしれんな。似たようなことをやっているから」
「そうですか」
その時綾子さんが夕飯ですよと呼びに来た。二人はそろって食堂に行った。食卓には揚げたての鶏の唐揚げをメインに、ポテトのこんがり炒めとブロッコリーと人参が付け合わせについていた。それに具沢山の味噌汁と御飯。
葵は目を輝かせて頂きますと手を合わせると、早速味噌汁から飲み始めた。ワカメと油揚げと豆腐が入っていて、胃の腑にしみる。そして次に待ちきれないように鶏の唐揚げにかぶりついた。外側はカリッとしていて中はジューシーだ。うーん美味しい。
「君は本当に美味そうに食べるな」
大先生が感心したように言う。
「はい。だって信じられないほど美味しいです。たまらないな、この唐揚げ」
「野菜も食べてね。体に良いんだから」
「はい。頂いてます」
西澤夫妻は面白そうに葵の食べっぷりを眺めていたが、釣られて自分たちもよく食べた。やがて一段落すると大先生が、食事前の話題の続きを思いだして聞いて来た。
「ところで君のチームの開発した薬というのはどういう
葵は最後の一個の唐揚げを名残惜しそうに食べ終わると答えた。
「免疫系等の暴走を抑える薬です」
「ほう、じゃ治験対象は膠原病あたりかい?」
葵は若干ためらった後言った。
「いえ、治験対象は再生不良性貧血でした」
その言葉を聞いて、西澤夫妻はどちらもハッと息をのんだ。だが大先生はすぐに畳みかけるように聞いて来た。
「どんな種類の薬か聞いてもいいかな。いわゆる企業秘密じゃなければだが」
「アウトラインは論文でも発表していますし、特許も申請していますから、全然秘密じゃないです。ただ食事時に話す内容じゃないので」
「かまわんさ。この家じゃ子供たちが医学生の頃は、しょっちゅう普通の家では絶対食卓には載せないような話題が飛び交っていた。妻も慣れっこだし」
それで葵は思い切って話し始めた。
「今回の治験薬『サチセブ』は腸内フローラから産出されるいわゆる生物学的製剤なんです」
それから暫く、葵は大先生を相手に、サチセブのアウトラインから、治験の進み具合、そして全員が寛解状態になるまでを詳しく話した。大先生はさすがに医者だけあって質問も鋭く、二人は久しぶりに専門分野の話に夢中になった。それを綾子さんは文句も言わず興味深そうに聞いている。葵は最後にはしゃべり過ぎて息が切れたほどだ。話が一段落すると、大先生が、
「素晴らしい成果だな。その薬が三年前にあったら……」
と呟いた。葵はちょっとうつむいて、
「西澤先生からお嬢さんがこの病気で亡くなった事お聞きしました。すみません思い出させてしまって」
というと、
「いや、いい話を聞かせてもらった。私も医者として嬉しいよ。素晴らしい武器が一つ手に入ったようなものだからね」
綾子さんもうなずいている。
その後デザートのメロンを食べ終わると、葵はなんだか急に疲れを感じだ。久しぶりに長くしゃべったせいかもしれない。
「さあもう葵ちゃんはお休みなさい。しゃべり過ぎて息が切れてますよ。お風呂も沸いているから今日は入ったら?」
「ありがとうございます。そうします」
葵は本当に久しぶりでお風呂に入った。特に普通の家の内風呂に入るのは何年ぶりだろう。とてもリラックスできて気持ちが良かった。葵は叔母の家を思い出した。それに仕事の話をしたのも久しぶりだった。
(ああまた研究がしたいな)そう思いながら寝てしまいそうになった。その時綾子さんが外から声をかけたので目が覚めた。
「葵ちゃん寝てない? 下着の替えをここに置いておくわね」
(本当にここはまるで天国みたいだ。いいなあ先生はこんな家庭で育って)
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