奇妙な刺客
時は戻って三度目の夜を迎える前、フタバは今日の夜の作戦を全員に伝えていた。
「はあ!?戦力を完全に分けるだと!?」
「ああ。固まって行動したら、すぐにやられてしまう。一人一人別行動にして、こちらの意図を悟られないようにするんだ」
「おいおい、魔力もない奴がよく言うぜ。戦力を分けたら勝てる見込みがなくなるだろ」
「いや,俺たちじゃ勝てない。残念だけどそれは一日目と二日目で確信したんだ」
フタバの言葉にアックスは口を挟むのを止めてしまう。フタバの言う通り、一日目は外套の男に全滅、二日目は二手に分かれるもまた全滅させられてしまっている。
フタバの出した結論に異論を唱えないところを見ると、正面からでは勝てないことは
「全員が違う目的を持って動けば必ず相手は混乱する。相手が順応する前に目的を達成するには、あんたの力が必要だ」
フタバはある人物へと視線を向ける。辺りはシンと静まり返り、一同フタバが視線を向ける方向へと振り返った。
「——え、うち?」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
正門側の空が朱く染まった。大きな火柱が夜空へと伸びていき、周囲で爆発音が絶えず響いている。
噴水広場側では付近の家屋が粉砕される崩壊音が響き、土煙が飛び跳ねるように昇っていく。
当初の予定通り、相手の主戦力がアックスとユーリと相対したのだろう。一層、早く目的地に向かわなければとフタバに緊張が走る。
フタバの目的は丘の上に魔力反応があるという術者。その術者を止めることが最優先の目標。アックスとユーリのこちらの主戦力はあくまで敵の足止めである。
昨日のアックスの話によれば正門側に現れた「少女」はこちらを弄ぶかのような立ち回りだったという。しかし、裏を取れば「少女」相手には本気を出さずとも時間は稼げることができるということ。
問題は「外套の男」である。フタバ自身、二度相対しているが、まったくもって歯が立たない。それどころか確実にこちらを仕留めようとする殺意までも持ち合わせている。「少女」と違い、簡単に時間稼ぎをさしてはくれないだろう。
「俺みたいなひ弱が本命に向かってるなんで思わないだろっ!」
丘の上に続く急な石畳の階段を一つ二つ飛ばしながら駆け上っていく。
フタバの目的は丘の上の術者の無力化。相手はフタバの持つ「魔力を打ち消す能力」を知らない。相手の虚を付くことが出来る唯一の存在がフタバなのである。
階段を登り終えると開けた場所に白亜の石材で築かれた修道院のような建物が現れた。気味が悪いほどにひっそりとしたその一帯は時間が流れていることさえも忘れてしまう。
まるで別空間のような光景にフタバは足を止めてしまう。
トルチが言うにはここは街の療養院。それも上流階級、つまりお金持ちの市民御用達の病院である。
術者の魔力反応はこの近辺から感じられるとユーリは言っていた。しかし,それらしき人物もいなければ、厳重な警備がある気配もない。
「とにかく中に入ってみるか」
療養院の重厚な扉に手をかけると、バチッ、と何かが弾けた衝撃が空間を歪ませる。乾いた音とともに、目の前の空気が一瞬だけ歪む。
淡い青白い光の粒が弾け、ゆっくりと消えていった。
「この感覚、前にも……」
フタバは似たような感覚に襲われていた。足を踏み入れた瞬間、得体の知れないものが弾けるような感覚。
そう、この街に初めて訪れた時である。あの時も街に入った瞬間、同じような何かが弾けて剥がれる感覚がした。あの違和感はやはり勘違いではなかった。
「おいおい、まーたぼく様の結界を剥がしたよって。悪い子はお前かー??」
その声は、どこからともなく降ってきた。
男とも女ともつかない、軽薄で不気味な声。天井から反響して、白い回廊の隅々まで染み込んでいく。
声のする方に視線を見やる。薄暗いの室内にゆらゆらと動く人影が目に入る。
白亜の天井を飾る彫刻群、その中央の金色の輪柱に、まるで人形のようにぶら下がっていたのだ。
逆さまの姿勢で、首だけをこちらに回して笑う。
ぱきり、と骨の鳴るような音が空気を裂いた。その口元が、まるで糸で吊られたように裂け上がる。
「ん〜、やっと気づいた? ぼく様、上からの方が好きなんだよねぇ」
両腕には大量の鈴が付いており、振るたびに、カラン、カランと、やけに澄んだ音が鳴り響く。だがその音には、どこか金属の“冷たさ”が混じっていた。
「ねぇねぇ、ぼく様が丁寧に貼った結界どうして壊すの?お行儀悪いよぉ?」
「なんだこいつ……」
顔は青白く、まるで血の気をすっかり失った屍のよう。
表面は陶器のように滑らかで、ところどころにひびのような線が走っていて、
その線は左右の頬を越えて、耳の下まで裂けるように伸びていた。
目の前のこいつが一連の術者なのだとフタバは一瞬にして理解する。そうとなれば話は早い。このふざけたピエロの無力化が一番の解決策なのだから。
「にしてもあのぶら下がりは面倒だな……」
ゆらゆらと挑発的に揺れるピエロに打つ手は今のフタバにはなかった。飛び道具もなく、あるのはジルに貰った魔力を誤認識させるマントくらいだ。
おそらく、あのピエロにはフタバには多少の魔力があるように認識させられているはずだ。このアドバンデージを活かしたまま、「魔力を打ち消す炎」を浴びせることが出来れば、今の状況を打開出来るに違いない。
ピエロはフタバが療養院に入るなり、「結界」のことについて触れてきた。つまりはキルギス全体に貼られている結界の術者はこいつだろう。
ならば、「外套の男」が出現した時の魔力反応はこのピエロではなく、他の術者の可能性がある。
「……俺の本命はこいつじゃないってか」
「???なーにブツブツ喋ってるのー?」
首を曲げる角度が人間の可動域を超えており、青白い顔がこちらを覗き込むたび、目の錯覚で視界が揺れるような感覚に陥る。その視線の奥には、挑発と遊戯心、そしてどこか狂気じみた知性が混ざり合っていた。
「おい!降参するなら今の内だぜ!分かったらそこで大人しくしてろ!」
「コウサン?なーにそれ、美味しいの?」
まるで話にならず、さっきから会話が成立しない。
声色がくるくると変化する奇妙な喋り方。
子どものように甘く、老人のようにか細く、時に男性的な低音も混ざる。
言葉の端々に、挑発的な響きが加わり、聞いている者の神経を微かに痺れさせる。
「君から来ないならぼく様からやっちゃうぞー!」
両手をひらりと広げ、鈴付きの腕をゆらゆらと揺らす。鈴の音が重なり合って不協和音を奏でた。音が響くたびに、壁の肖像画の目がにじりと近づき、床のタイルの目地から小さな指先がにゅっと伸びてくる。
「うえっ!気持ち悪りい!!」
フタバは指先から逃げるように足をバタつかせる。鈴がカランと鳴るたび、空気の粘度が増し、辺りの景色が歪んでいく。
さっきまでの療養院の景色はそこにはなく白亜の壁は溶けるように柔らかく波打ち、漆喰が虹色に染まる。
床はタイルではなく、無数のカラフルなパネルに変わり、踏むたびにぷにゃりと弾むような感触が返ってくる。
天井に抜けるように張られている窓は巨大なステンドグラスとなり、光が万華鏡のように乱反射して目を痛くする。
壁の絵画は生き物のように動き、笑う顔、泣く顔、驚く顔が入れ替わり立ち替わり現れる。
天井の装飾もまた形を変え、ぶら下がったピエロと同じく逆さまに揺れ、まるで空間全体が生き物のように呼吸しているかのようだ。
「どうどう?ぼく様の楽しい魔法の味はどーう?」
ピエロはまるで親に成果を見せる子のように無邪気に訊いてくる。フタバは思わずその場に膝をつき、内臓から込み上げる吐瀉物を口元で必死に抑えた。
口元に手を当て、浅く息をつくたび、空間の奇怪さが胃の奥をひりつかせる。
ピエロはそれを楽しむように、くるりと回転し、鈴を鳴らす。
「わぁー楽しそうぅぅ!!か、ん、そ、う聞かせてーー!」
膝をついたフタバは必死に頭を振り、吐き気を抑えつつ、冷静に頭の中で現状を整理していた。
さきほどから歪んでいるこの景色。めちゃくちゃな動きをしているが、フタバ自身には何の影響も及ぼさない。
つまりはあのピエロの魔法は空間そのものに作用する魔法であって,人体には作用しないのだ。その認識が、フタバの心をわずかに安定させた。
「お前の魔法なんて……効くかよ!!」
しかし次の瞬間、ピエロはぐるりと体を翻し、床に着地することなく、目の前まで滑るように迫ってきた。
鈴の音が高く鳴ると同時に、空気が振動し、耳鳴りのような不快な音が頭の奥に直接響く。
「じゃあ、最高のプレゼントあーげる」
ピエロの声が低く、粘りつくように響く。
鈴の音は鳴らさずとも、空気そのものがざわめき、視界の色彩が一瞬で濃密に変わった。
ピエロは大きく口を開き、視界が揺らぐほどの超音波を繰り出した。
その瞬間、フタバの頭の中に直接、強烈な振動と圧迫感が押し寄せる。
目の前の景色はまるで水面のように波打ち、耳には耳鳴りが重なり、思考が次々と抜け落ちていく。
膝をついたまま、フタバは体を支える力を失い、意識の海に沈むような感覚に囚われた。
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