回復術士、願う
大きな犬の怪物によって、魔物たちの群れはギルドの中から散り散りになって逃げていった。
しかし窓の外には未だに魔物たちが闊歩していて、室内をちょこまかと走り回るネズミたちの駆除にも追われているギルド職員さんたちは忙しそうだった。
「……ありがとね、ダボドン」
私の隣には元の普通の犬の姿をしたダボドンが眠っている。
胸元の映像記録水晶を見ると、アリアちゃんと一緒に街の人たちを助けてまわっている映像が撮れていた。
石の礫に頭を打たれたのか、飛び散った血が写ってから、ダボドンは街の人を避難させていた冒険者ギルドにアリアちゃんを送ってくれたみたいだった。
「……」
肌は青白く、触れると冷たかった。
それだけでもう彼女がどんな状態なのかわかってしまう。
でもそれを認めたくないから、なにも考えないようにずっとその体を抱きしめている。
「リーチェ、その人……」
魔物たちのギルド襲撃を受けてこちらに戻ってきたのであろうカルマは、血を全身に浴びながら私のほうにやってきた。
「アリアちゃん。アトリエでお世話になった人」
「……そうか」
言葉が見つからないようにそれだけを口にする。
私は同じだ、と思った。
一度目のパーティー、二度目のパーティー。そこにいた人たちが壊滅して、パーティーがなくなってしまったときと。
「私が……回復魔法、使えたらよかったのにね……」
「事情は知らない。だけど全部が全部お前のせいってわけでもないだろ」
「でも、私は回復術士なんだよ」
回復術士なのに回復魔法が使えない。
これ以上ないくらいに回復術士になりたいと、ずっと願っていた。
神様というのは本当にいるのだと思った。
その神様は、私のことだけをずっと見てくれないんだと。
「もっと勉強したら助けられた? もっと勇気があればよかった? 神様を信じてたら変わった? 私じゃ、私じゃダメなの……?」
「いまは、泣いてていい。でもいつか、きっと、がんばってたら……」
「これ以上なにしたら!!」
こんなに喉が張り裂けるくらい叫んだのは、生まれて初めてかもしれない。
直後にハッとして、私から視線を外すカルマを見て、私はもうダメなんだと思った。
励まそうとしてる人から言葉を奪っても、私を救おうとしてくれる人が一人減ってしまうだけだというのに。
「なぁご」
音もなくすり寄ってきた猫がいた。
まるで私の傷心に気がついて、やれやれと慰めてくれるような。
「ポンゴ……」
「……」
「なぁご」
その首輪に、映像記録水晶はついていなかった。
代わりに小さなメモ用紙のようなものがついていて、そして背中には布で包まれたなにかがリボンでくくり付けられていた。
「……アリアちゃん?」
私はメモ用紙を取ると、中身を開いて文字を読んだ。
思っていた通り、そこにはアリアちゃんの手紙が書いてあった。
◇ ◇ ◇
リーチェへ
まずは、ありがとう。
あなたがこのアトリエに来てくれてから、私はとっても楽しかった。
改めて直接言うのは少し恥ずかしいけれど、こうして文面で伝えることならできると思ったから。
お別れの餞別として、これをあげるわ。
以前話していた、奇跡の発動を補助する聖道具。
あなたのことだからなにかしらで壊してしまうかもしれないし、レシピのメモも書いておいた。
すごく複雑で難しいけれど、こんな生産職のアトリエで働いてたあなただから
きっと大丈夫。
……ごめんなさい。師匠以外と文通することは少なかったから
あまり上手に手紙を書くことはできないのだけれど。
でも、言いたいことは言ったから
だから……まぁ、お互い達者で。
アリア
◇ ◇ ◇
”少女のチボリウム”のレシピ
【第一段階:素材の精錬】
1、粗鋼からミスリリ銀を精製し、聖水を注いだ錬金釜で三分の一日浄化する
2、隕鉄のインゴットを溶かして髪の毛程度に伸ばした鉄線に形成し、聖水を霧状に噴霧して冷却する
【第二段階:金属細工】
1、ミスリリ銀を中が空洞の卵状に鍛造する。白梅昌をはめ込んだ蓋も設計。
2、鉄線を二本ねじるようにして一本の線を作り、本体部分の淵にはんだ付けで接着する。
【第三段階:聖務】
1、作成物を一晩のあいだ聖水に浸けて清める。そのあいだは不眠で、決して部屋から出てはならない。
2、聖典の序文の祝詞を布に縫い込み、それで作成物を包んで一時間陽光に晒すことで完成。
※以後、未使用時はこの布に包んでおかなければならない
◇ ◇ ◇
この手紙はきっと、旅をしている途中の私たちに追いついたポンゴが渡す手筈だったんだろう。
布に包まれた聖道具を受け取って、私は床に寝かせたアリアちゃんを見た。
『困っている人がいたら助けてあげたいって思うのは、きっとだれでも思うことだと思うわ。あなただってきっと、本当はそうでしょう?』
「そうだね。うん……きっとそうなんだ」
ずっと前に否定した言葉をいま、私は肯定する。
回復術士として、私はみんなを助けたかった。
命を落として、それになにもできない無力感を味わい続けて、自分にはできないと自分を傷つけて……それでもついに諦められなかった。
『奇跡を扱うのに肝要なのは言霊に想いを乗せることさ』
「私はみんなを助けてあげたい。みんなの役に立ちたい。だから回復魔法を使いたい」
回復術士になることは夢であっても目的じゃない。
私が本当に願うべきだったことは回復魔法を使えることじゃなくて、目の前の人を救える力を乞うことだ。
「リーチェ……?」
「――うん、やっとわかった」
手の中に収まるチボリウムに触れて、それが最後のピースになるようにすべてを繋げてくれた。
一切の迷いが消え失せて、私はチボリウムを包んでいた聖布を解いた――
◇ ◇ ◇
上には雲一つない青空。
下にはどこまでも続く白が広がっていた。
「驚いたな」
男は言った。
その姿を見たことは一度だってなかった。
けれど、何度も読んできた姿だった。
「言霊に意識まで乗せて、精神体だけでここにやってくるなんて。僕の知る限りそんなことができる使い手も道具も世界にはまだ存在しなかったはずだ。『運命』から外れたのかな……?」
予想に反して、その男は平凡な男だった。
なんでもないような顔立ちに中庸な体格。白を基調とした鎧に身を包んだ格好こそ神聖さを思わせるが、それ以外にあげるべき特徴を見つけられないような男だ。
「にしてもきみ、いまから大層なことをしでかそうとしてるだろ? はは、いいんだ。運命の流れをかき乱せるのは僕にとっても好都合だ。だけど、その代償にきみは運命の手から逸れることになる」
それがどういうことかわかるだろう?
問いかけられた質問に肯定する。
「……一つお話をしてあげる」
男はその手に光を集め、剣を象らせた。
「魔王を討った勇者とその仲間たち。しかしその身には魔王の呪いが宿った。魔王が『黒の火』と呼んだそれは、相手の精神と肉体を燃やし続け、その灰を糧とし、いつかその身を魔王の分身として復活させようとする代物だ。」
光の剣はボロボロと崩れ落ち、青と白の狭間へと吸い込まれていく。
「勇者の仲間たちのうち、魔法使いは長耳族だった。長命種である魔法使いは、ほかの種族の仲間たちより多くの時間、黒の火に抗うことができた。だから魔法使いは仲間の苦しみを終わらせるために、死を与え、天に送り出した。黒の火はそれを宿す者が殺された際、もっともその近くにいる生物へと燃え移り、また力を蓄え始める。魔法使いは仲間の火を一人食らった。そしてそれからの途方も無い歳月、自身に宿る黒の火を消して、神になった仲間たちを人間に降ろす方法を探し続けた……」
それがきっと、聖典に書かれていなかった、だれにも知られていない物語だったのだろう。
根拠もなにもないのに、納得感があった。
「さぁ、そろそろ時間だよ。きみはきみの欲する未来を望めばいい。僕はそれを認めよう。運命にも、文句なんて言わせやしないさ」
白んでいく。
落ちていく感覚を覚えた。
覗き込んだ男は微笑む。
「
声が遠くなって、少女は
私、は――
◇ ◇ ◇
「――再臨の願いを聞き届けよ。それが運命だったとしても私は認めない。逆転せよ。反転せよ。すべからく私に従い首を垂れよ。叛逆の聖女の名の下に、私は死の運命を否定する。この地に横たう失われし生命よ。血と肉を取り戻し再び生に喝采することを赦そう。私たちはここにいる。この世界で生きていくことを、願っている」
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