回復術士、巣に戻る


「――癒しの願いを聞き届けよ。彼はここにいる。ここで生きている」


 矢を抜いたあと、カルマの回復魔法でその男は一命を取り留めたようだった。

 けれど具合は良くなく、貧血と精神的な疲労のうえでかろうじて意識を繋いでいる状態にすぎない。


「おいおっさん! なにがあった!?」


「魔物に……みんなが殺されて……か、川に落ちたやつも……俺は……伝えにいかなくちゃ……!」


「魔物って……あんたたち冒険者ギルドでしょ? 巡回の護衛とかいなかったわけ?」


「だ、だから……! みんな、殺されたんだ……! ああ、あああああ……!!」


 それはあまりにも惨たらしい状況だったんだろう。

 ひび割れそうな声で狂ったように叫ぶ男に正気を求めるほうが酷な話だ。

 私たちはその男のギルド職員を馬車に乗せて、一度街へ引き返すことに決めた。


「く、くる……くるな……あ……あ……」


「うなされてるみたい……」


 脂汗を流しながら苦しむ男の頭を膝に乗せ、少しでもそれが和らぐように手のひらで撫でた。

 馬車の中は車輪が軋むほどに回転している音だけが響いている。

 御者台で運転しているカルマに代わり、冷静に話を切り出したのはレイラだった。


「つまりこの人は魔物の襲撃に遭ってあんなふうになってた、ってことよね」


「だろうね……でもおかしいよ。ここらに冒険者を、それも冒険者ギルド直属の戦闘員を倒せるような魔物は生息してなかったはず。ありえるとしたらボーノ川の魚の魔物だろうけど、下手に刺激しない限りは安全なはず」


「それにこの人は矢を受けてたんだンな。襲撃した魔物はゴブリンとかじゃないんだンなか?」


「なら余計に、ギルドの人たちが殺されるわけがないと思うんだけど……」


 冒険者ギルドの戦闘員たちごと粉砕していった魔物。

 それはきっと魔物のなかでもかなり大きな脅威となるに違いなかった。

 場合によっては街の冒険者ギルドに報告して、街全体でその魔物への対策を講じなければならないだろう。


「嫌な胸騒ぎがするんだ」


 手綱を握るカルマが言った。

 街から出て王国を目指し始めてから、いまはもうかれこれ昼過ぎになる。

 そんななかで森の木々は、不気味に日の光を遮っていた。


「ゴブリンは群れて行動する。数によっちゃあ冒険者パーティーもなんなく壊滅させるだろうさ」


「それでもゴブリンはしょせんゴブリンなんだンな。一般的な群れでもギルドの戦闘員を倒せるものなんだンな?」


「一般的のなら、無理だろうさ」


「……まさか」


 レイラとドンノははっとしたふうに顔をあげる。

 なにかわかったのだろうか。そんな期待に目を向ける私とは裏腹に、二人の顔は苦渋に満ちていた。


「そろそろ街が見える。そのまさかとは思いたいが……!」


「待って、なんの音? なんだかとっても……」


 森が覆う影から飛び出した馬車。

 照りつける太陽のしたを勢いよく走り、私は大きく揺れるその中からその光景を見た。


「……なに、あれ」


 それは黒い川の流れだった。

 森のなかから溢れる無数の流れが街へと集中している。

 ちがう。よく目を凝らしてみると、それらはすべて魔物の群れだった。


「レイドウェーブ……ッ!」


 ハムナス王国、ロンブライン教会自治領に続く、第三の凶災。

 それが私の、私たちの大切な街を、強襲していた。



 ◇ ◇ ◇


 私たちが通ってきた門はすでに破壊されており、甲冑を身に纏った無数の兵士と魔物たちが無惨に転がっている。

 屍で道を塞がれているせいで馬車が通れず、私たちは歩いて街のなかへと戻ってきた。

 つい今朝に会った門兵さんにつまづいて、転んだ。


「まずは冒険者ギルドに向かうぞ。住民の避難場所はそこになってるはずだ」


 カルマの指示にレイラとドンノはうなずいて了承する。

 けど私は、私にはそれよりもただ一つのことが気になっていた。


「アリアちゃんは……?」


 これだけの騒ぎだ。アリアちゃんにも当然魔物の襲撃があったはず。

 アリアちゃんは無事なの?

 私の胸は張り裂けそうになるくらい鼓動を早め、胃の中に氷を詰められたかのような錯覚に陥った。


「アリアちゃん……アリアちゃん!」


「待て! この状況で勝手な行動をとるな! まずは俺たちと同行してくれ!」


「でも!」


「いまは安全が優先だ! むやみに危ない行動をとるな!」


 カルマの正論に言い返す言葉がなくなって、その代わりに溢れて出てくる感情の波が押し寄せてくる。

 私は必死に歯を食いしばって耐えながら、どうにか理性のタガを外すようなことだけは我慢した。

 カルマの言う通り、死んでしまっては元も子もない。

 死んだ人間を生き返らせることはできない。

 だからそうなる前の保険として回復術士が冒険者パーティーで重宝されるのだ。


「ま、私は回復魔法も使えないんだけどさ」


「それでも、俺たちのパーティーメンバーだ」


 私たちは街のなかを駆けて、闊歩する魔物たちを確固撃破しながら冒険者ギルドへと向かった。


 冒険者ギルドの周辺には多くの魔物たちが集まりたかっており、そこを守るように冒険者の人々が全力で戦っていた。


「【閃扇斬】ッ!!」


 カルマの飛ぶ剣戟で魔物の濁流に道を作る。

 ドンノが飛んでくる礫や矢から私たちを庇い、レイラは後方から迫ろうとする魔物たちを氷柱の弾丸で穿っていた。


「邪魔するぞ!」


 冒険者ギルドの扉を蹴破ったカルマに続いて私たちも室内へと転がり込む。

 中には慌ただしく武器を取るギルドの事務員や戦闘員の人たちがいて、二階へと続く階段では街の人々が魔物たちから少しでも安全な場所に逃れようと、押し合うように争っていた。


「鉄氷柱だ! 力を貸す! 状況を教えろ!」


「カルマさん、戻ってきてくださったんですか!」


 職員の一人がカルマに駆け寄り、その手を握った。

 外からは相変わらず怒号と悲鳴が聞こえ、魔物たちの声はどんどん近づいているように感じた。

 カルマが職員と情報交換を始め、私も独自に話を聞いてみることにした。


「すみません! 黒髪の、赤い目の女の子を見ませんでしたか!」


 階段のほうに駆け寄って叫ぶ。

 けれどみんな、私には目も暮れずに他人を押しのけながら二階へ行こうと喧嘩を続けていた。

 私はその群衆のなかに突っ込んで収めようとしてみたけど……もみくちゃにされて、結局弾き出されてしまった。


「いててて……もう! ちょっとは話聞いてよね!!」


「お薬のお姉ちゃん?」


「え?」


 尻餅をついて目を白黒させつつ、怒髪天をついたそのときに一人の少年が私に声をかけた。

 振り向いてみると、それはいつか魔力酔いの病気に伏せていた男の子だった。


「久しぶりだね少年。だけどいまちょっとこっちも立て込んでてさ。挨拶ならまたの機会に……」


「そっか……で、でも、ぼく知ってる! その、お姉ちゃんが言ってた人のこと!」


「嘘!? ほんとう!?」


 少年は大きく頭を縦に振った。


「黒髪のお姉ちゃん、ここに来るまでの道でぼくのこと助けてくれた。みんなが避難できるようにって、ワンちゃんと一緒に……!」


「ワンちゃんって、ダボドンのことだ!」


 どうやらアリアちゃんは街の人たちのために必死に行動してくれているらしい。

 ダボドンが一緒ということで、少なくとも一人でいるよりは安心できると思う。

 どうにかして合流して、アリアちゃんのこともはやく避難させてあげたいけど……


「レイラ! ドンノ! これから俺たちは一部避難民を街の外まで逃す!」


「待って! 私は、私はどうしたらいい!?」


 鉄氷柱として動くのであれば私もついていくべきだろう。

 ただ現実的に考えて、三人についていった私がなにかできるだろうかと考えたとき、ここに留まることも視野にいれておく必要があった。


「……すまないリーチェ」


「そっか……わかった」


 それからカルマたちは数人の住民を連れ、ギルドの裏口から街の外を目指して走り出していった。

 私はそれを見送ってから、一人でギルドのソファに座った。

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