回復術士、作戦をたてる

 アトリエに帰った私たちは頭を抱えていた。


「まさかあの川にあんな池の主みたいな魔物が棲みついてるだなんて……」

 

「池の主? ちがうわ、あれは川よ。だから川の主と言うべきだわ」

 

「ものの例えみたいなもんじゃん!」

 

 とにもかくにも、あんな魔物がいては工事が進まない。橋を立てるにも、あらかじめ設計図を作って計画的に建設をしないと必ずどこかに不備が出る、とアリアちゃんは言っていた。やっぱりそう上手くはいかないもんだなぁ……


「そうね……こういうときにこそ冒険者ギルドに依頼を出すのがいいかしら」

 

「それが妥当だねぇ。幸い王国に行こうにも足止めを食らってる人たちはうじゃうじゃいるわけだし、協力してくれる人は多そう」


 あいにく私も冒険者の身ではあるけれど、戦闘能力はほぼゼロと言って差し支えないため単独でこんな依頼には手を出すことができない。


「それにあんな魔物が、もし他に何匹もいるかもしれないのなら……」

 

「工事中も見守ってもらう必要があるし、なにより作る橋もできるだけ頑丈なものにしないとすぐ壊されちゃいそう……」

 

「石で作った程度じゃあの魔法の威力に耐えられないわ。だから必然的に鉄橋にするべきなんだけど、それでも定期的な管理と修繕が必要になるかもしれないわね」

 

「うっ……それってだいぶ維持大変そう」

 

「橋を守るためにずっと冒険者を雇っているわけにもいかないものね。どうにかしてこの先ずっと使っていける橋を作るには、どうすればいいかしら……」


 いくら頭を捻っても、チラつくのはあの巨大な魚の魔物。おそらくあの氷結爆弾を敵からの攻撃だと判断したのか、私たちのことを問答無用で襲ってきた。一応ある程度死線を潜り抜けてはきた私だったから咄嗟に動けたものの、あの状況で無傷で帰ることができたのは奇跡なのではないだろうか。そう思うほどにあの魔物の扱う魔法は、とてつもなく強大な威力だった。それこそまるで、鉄の鎧でも貫いてしまうほどに。

 ……あれ? 鉄の、鎧……?


「アリアちゃん。魔鉄鋼の鎧ってどんな効果があるんだったっけ?」

 

「魔鉄鋼の? えっと、自己修復と魔法耐性にならおそらく……あっ」

 

「これならさ、いけそうじゃない?」


 魔鉄鋼。その自己修復の効果で戦闘でつけられた傷も補強でき、その魔法耐性の効果であの魔物の魔法も耐え切ることができるんじゃないだろうか。アトリエの隅に置かれている魔鉄鋼の鎧に目をやると、任せてほしいとばかりに虹色の光沢を放っているのが見えた。


「確かに魔鉄鋼なら……あぁいや、ダメよ。素材が調達できないわ」

 

「素材って言ったら確か……『鉄』と『黄色魔鉱石』、それから『錬金石』だったっけ?」

 

「ええ。『錬金石』だけならまだ作れるとは思うのだけど、『鉄』と特に『黄色魔鉱石』は在庫を切らしていて、今手元にないのよ」

 

「『鉄』なら職人ギルドをあたればすぐ見つかるはずだから問題なし。だけど『黄色魔鉱石」に関しては……」


 どうだろう。カルマたちならワンチャン持ってたりしないかな……?

 まぁ仮に持ってなかったとしても、カルマの顔の広さを使えばもしかしたら『黄色魔鉱石』を持ってる人に取り次いでくれるかもしれない。その人との交渉は……とにかくその場での相手の条件次第では多少の無理でも甘んじて受け入れることにしよう


「うん! そっちはそっちで譲ってくれそうな知り合いを頼ってみるよ! だから大丈夫! それで行こう!」

 

「知り合いって……リーチェってずいぶんと顔が広いのね」

 

「ふふん。私は人気者だからね!」


 嘘です。他人の顔の広さを頼ってるだけで私が知り合い多いわけじゃありません。

 でも褒められることに悪い気はしないし、人気者なのは本当のことだし、否定するほどでもないかな。えっへん。


「とりあえずこれで決めなきゃいけないことは全部決められたんじゃない? アリアは『錬金石』を錬成。私は『鉄』を買いに職人ギルドへ。『黄色魔鉱石』については私が知り合いに譲ってもらえないか交渉しにいくってことで」

 

「ええ、その認識で問題ないわ。それで行きましょう」


 私の確認に首を縦に振ったアリアちゃんは、さながらいつもの職人仏頂面モードにチェンジして、さっそく戸棚の素材たちを取り出し始める。まぁいつも仏頂面なのはそうなんだけど。

 

「りょーかい! あ、あと私はお金ないから会計は経費でヨロシク!」

 

「もちろんそのつもりだけど」

 

「え、まじ? やったぁ! 帰りちょっとお酒飲んできてもバレないよね!」

 

「……」

 

「……なんか言ってよ」


 世の中にはツッコミ待ちのボケも存在するのだ。それをスルーされるのは絶妙に恥ずかしい。

 私はそんな気恥ずかしさをため息にのせて吐き出して、部屋を出ていこうと踵を返したところでふと隅っこの魔鉄鋼の鎧が目に入った。


「ちなみになんだけどさ。錬金石の材料に『不死鳥の羽』ってあったじゃん?」

 

「はい。それがなにか?」

 

「それがなにかって……前から思ってたけど、このアトリエって結構高いものとか置いてあるけど、懐事情とか大丈夫なわけ?」


 実際この数日間、アトリエで働いていていちばんの疑問がそれだった。

 『蒼醒の霊薬』の素材だった『蒼月草』をはじめ、『聖樹の樹液』や『月光精華』、認めたくはないけど『ダイヤモンドラゴラ』だってどれも値が高くつく代物で、とても一般人に手が出せるような代物じゃない。それらを全部集めて、なおかつこんな立派なアトリエまで備えているアリアちゃんはいったいなにものだというのか。

 その質問にアリアちゃんはむっと眉根を寄せて口を閉じ、だけどそれから死線をさげて、口のなかに籠るような声でつぶやいた。


「……知り合いからの貰い物なの。だからお金の心配はしなくていいわ」

 

「知り合い?」

 

「ここから先は企業秘密よ」


 そう言ってまた作業に戻るアリアちゃんに、私はやはり首をかしげるばかりだった。

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