回復術士、よろしくする

「たっだいま〜」


 アトリエの扉を開けると、そこにはエプロン姿で料理の味見をしているアリアちゃんの姿があった。


「今更だけど、工房なのにキッチンもあるんだね……」


「生産職だもの。料理も管轄内に決まってるじゃない」


「いやそもそも生産職っての自体がだいぶニッチなところなわけで……」


「そんなことないわよ」


「……」


 そこまで言って、なんだか言い争うことも無意味に思えてきた私は、両手のひらを見せて降参のポーズをとった。本人としては、生産職というものがもっと有名であって欲しいと思っているみたいだ。う〜ん、無理だと思う。


「それよりも! はいこれ、お小遣い」


「……リーチェさん、まさか」


「代金はもらってないよ! ただこれは気持ちだからって。宿屋のおやっさんがアリアちゃんにもよろしくって」


「わ、私に!? あっ」


 手に持っていた小皿を落として、陶器の破片が床へと散らばった。さすがに動揺しすぎじゃない……?


「あーあー、これどうすんのさ。ちりとりある?」


「あるわ。あそこに」


「はぇ」


 ふわりとちりとりとほうきが飛んできたかと思うと、それらは連携した動きで床を掃き回り陶器の破片を綺麗に片付けていく。こ、これはいったい……?


「時々知り合いに押し付けられることがあるのよ。変な魔道具ばっかり作って、その上でいらなくなったものを引き取っているわ」


「それただのゴミ箱扱いでは?」


「あくまで分解処理の手間を省くために旧式を他人に譲っているだけでしょう?」


「それをゴミ箱扱いって言うんですぅー!」


 まったく、アリアちゃんは変なところでアホっぽいところがある。私が言えたような立場じゃないもは百も承知だけど、この子よくいままで生きてこられたな。こんな子が冒険者にいたら、速攻でカモにされて地下迷宮の奥底でぐへぐへされたあと捨てられる未来まで想像できそうだ。

 こんなことを私が言う日が来るとは思わなかったけど……私がいなきゃ、この子いつか絶対に酷い目にあっちゃうでしょ。


「っていうかアリアちゃん、ちゃんづけしても怒らなくなったね」


「……」


「あ、お湯沸いてるよアリアちゃん。アリアちゃん?」


 顔を覗くとアリアちゃんは顔を真っ赤にして目を逸らしていた。おや? おやおやおや?

 これはもしや、自然と心を開いていたことにいま気づいて恥ずかしくなっているってやつではあるまいか?


「アリアちゃん! アリアちゃんアリアちゃん! ……あ、アリアちゃん!!」


「わかったから。もうそれでいいから。からかうのはやめて」


「あ、いや、ごめん、最後のは違くて。お湯、吹きこぼれてる……」


「は」


 アトリエの料理台、コンロの上の手持ち鍋の蓋との隙間から、ぼこぼこと泡が噴いて音をたてていた。



 ◇ ◇ ◇



 晩御飯を済ませたあとは自由時間だ。アリアちゃんはアトリエに篭りっぱなしでいるみたいだけど、私は特にすることもないから寝室で日記を書いていた。

 というのも、これを一つの区切りにしたいと思ったからだ。


「いつか見返して、変われたんだなって思えたらいいなぁ……」


 私も、いつかだれかを助けたいと思えるような、強い人になりたい。私のことを諦めずにいてくれたアリアちゃんみたいに、きっといつかだれかのために私の力を振るえるような、そんな人に……


「……あ」


 そっか。

 私、そう思ってたから回復術士になったんだったっけ。

 ずっと、ずっと忘れちゃってた。

 ふと昔の、回復術士の試験のために、必死で地元の図書館に通い詰めて勉強していた日々を思い出した。そのときの私は今よりもっとひたむきで、素直で、努力家だった。尊敬できる人だった。


「安心、したな」


 私は「そういう人間」だったんじゃない。「そういう人間」なんだって、私を諦めていただけだ。私は戻れる。私は、私が尊敬できる私になれるはずだ。昔の私にできて、今の私にできないことなんてないはずなんだから。


「───リーチェ、少し魔力酔いについて聞きたいことがあるんだけど……」


 寝室の扉を開けたアリアちゃんは、机に向かっている私に仕事のことについて聞きにくる。

 ちょうど良い。私は日記を閉じて椅子から立つと、アリアちゃんの手を引いてベッドの上へと突き飛ばした。


「なっ……」


「今日は一緒に寝ようよ」


「……はぁ?」


 ちょっとからかい混じりに勘違いできそうな単語で誘ってみるも、アリアちゃんはそっちの方向へはまったく思考せず、私の意図を読み損ねたふうに眉間にシワを寄せて訝しんでいる。うーん、鈍感。


「昨日も一昨日もそうだけど、アリアちゃんまともな場所で寝れてないんじゃないの? だってここベッド一つしかないし」


「それはそうだけど、仮眠程度ならベッドでなくてもできるし、問題ないわ」


「だーめ。睡眠はきちんととらないと体調崩しちゃうよ? アリアちゃんはサボり方も覚えるべきだね」


「サボるもなにも、やりたいことをやっているだけ───」


 起きあがろうとするアリアちゃん。私は押し倒すように彼女の上へと飛び乗った。一人用サイズのベッドがきしんで重みのある声で鳴く。白い枕のうえに黒い髪を散らしたアリアちゃんは、その赤い瞳を丸くしながら私を見て、そんな彼女の新しい表情を見ると私の胸に仄暗い喜びが湧いてくるのを感じた。やっぱり私は振り回されるより、振り回す側の方が性に合っている。


「私ぃ、一人じゃ寂しくて眠れないんだよねぇ……困ってる人、助けたくない?」


「……はぁ」


 そのため息は降伏のサインだ。してやったりとニンマリした私は横に転がって仰向けになると、それからポケットに入っていたある小瓶を取り出してアリアちゃんへと差し出した。


「これは?」


「私の故郷の風習でね。お世話になる人にはこうやって、小瓶に大切なものを詰めて渡すの」


 小瓶のなかには赤葡萄のワインが入っている。

 私の大切なもの。ずばり金、酒、女ァ。だけどお金を入れるのはなんかもったいないし、女の子を詰めるわけにもいかない。だからお酒、ワインを小瓶に注ぎ入れてアリアちゃんへの贈り物にした。


「これからも迷惑かけるとは思うけど、依頼期間の間はよろしくお願いします。アリアちゃん」


「……ええ。よろしく、リーチェちゃん」


「ぶふぉっ」

 

 卑怯だ!! 今の不意打ちは卑怯!! こんなの笑うって!!

 思わぬちゃん呼びに耐えきれず、腹筋の決壊をあえなくされた私は、ただただ必死に腹を抱えてゲラゲラと笑った。


「……リーチェ。」


「いやいやごめん、ごめんって。リーチェちゃんでいいよ……ひひひ、くひひひひっ……」


「……」


 アリアちゃんは不機嫌そうに私に背を向けベッドから降りようとした。私は笑ったままアリアちゃんの袖を捕まえ逃さなかった。

 そうして私たちは一晩同じベッドで横になる。

 ここで一緒に一晩を過ごしたこともまた、日記の一ページに書こうと思った。

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