回復術士、頑張る

◇ ◇ ◇


蒼醒の霊薬エリクシル・アズールのレシピ


 1、乾燥した蒼月草を粉末にする。銀の皿に広げて弱火で軽く熱する。


 2、霊銀水を入れる。そこにゆっくりと聖樹の樹液も加えながらかき混ぜる。


 3、低温で三十分間蒸留する。魔力が安定してから冷却処理を行ない透明な青色になれば完成


◇ ◇ ◇



 ごろごろと、ヤゲンと呼ばれる、乾燥させた薬草なんかをすりつぶすための道具で私は、アリアちゃんが作ったレシピの通りに従っていた。

 カラカラになった蒼月草は青白い蛍光色に輝いており、これは満月の光に晒すことで、蒼月草が通常時よりも魔力を宿すことに由来している。


「こんなもんでいいの?」


「ええ。それじゃあそこのお皿に移しておいて」


「はーい」


 藁束でできた小さいホウキを使い、粉末になった蒼月草を銀製の小皿のうえにはたき落としていく。

 静かなはずの夜のアトリエは、蝋燭の火でその一隅が照らされていた。私から見えるのは、ただひたすらに作業に集中しているアリアちゃんの横顔だ。それに目を奪われてまたこけそうになったのを、アリアちゃんが支えてくれた。「そうなると思ってました」と呆れるように言うアリアちゃんに、苦笑を返した。


「それにしてもこれ、いいの? 蒼月草もそうだけど、ほかの素材も全部高くて珍しいものばっかりだよ?」


「そうだけど、それがどうかしたの?」


「作るのはいいとして、元は取れるのかなって」


 確かに理論上、このレシピに記された材料で薬を作れば、魔力酔いを抑える薬を作り出せると思う。だけどその素材はどれも王族や貴族が扱うような代物であり、これで作った薬が街の人たちに手を出せる値段になるとは到底思えなかった。

 けれどそんな私の懸念とは裏腹に、アリアちゃんは私の言っていることが理解できない、というふうに眉をひそめた。


「元もなにも、お金はとらないわよ」


「へ?」


「それはそうでしょ。だれかが困っているときにお金を要求したりするような酷い真似はしないわ」


「い、いやいやいや!? ひどいもなにもそれが商売でしょ!?」


「そんなこと言われたって、どのみちこの薬はリーチェさんの話を聞いた私が勝手に作っただけ。最初から売ってくれって頼まれて作ったものでもないんだから、それでお金をもらうのはなんだか嫌じゃない」


 なにか裏を隠している……ふうには見えなかった。その目は隠し事をする気なんて一切なくて、当然の常識を口に出しているだけの純真さしか込められていない。けれど、にしたって、そんなのおひとよしすぎやしないかな……?


「心配しなくてもあなたに手伝ってもらった分のお金は支払うわ。依頼に書いてあった報酬は最低賃金として、それに加えて働いてくれた分のお返しはするつもりだから。とはいえ夜も遅いし、眠りたいなら戻ってくれても構わないけれど……どうするの?」


「どうするって、そりゃ一人でやるより私も手伝って……」


 手伝ってやった方が早い、と言いかけて、その言葉は喉奥に引っかかり落ちていった。


「リーチェさん?」


「ううん、なんでもない。それじゃあ私はもう寝るから。おやすみ」


「えぇ、いい夢を」


 これでいい。私はあくびとともに伸びをしながらアトリエの扉を目指して歩く。蝋燭の灯りから外れて暗闇に入り、きしむ床板に慎重に足を乗せながら歩いた。

 扉のノブに手をかけて、振り向くと、アリアちゃんはやっぱり一生懸命に錬金術の準備を行なっていた。


「どうしてそこまで頑張るの?」


 意図せぬ一言。それを言ったのが他ならぬ私だと気がついたときには、まるで言葉が勝手に出てくるかのように、胸の内に抱えていたモヤが吐き出されていった。


「見ず知らずの人のために高い素材まで使って、ただで配るだなんて。そんなことしてもなんの得もないんだよ? 別に、アリアちゃんが頑張らなきゃいけないことでもないのにさ」


 言いながら私はたまらなく恥ずかしかった。私の、いつも素知らぬ顔をしている私の醜い本性そのものだった。彼女を見ていると私自身の小ささというか、なんにもできない惨めさが浮き彫りになっていくようで、彼女が秀でている分苦しくなってしまった。だから、頑張って欲しくなかったんだ。


「困っている人がいたら助けてあげたいって思うのは、きっとだれでも思うことだと思うわ。あなただってきっと、本当はそうでしょう?」

 

 蝋燭の日がゆらめく音が耳に触れた。薄明かりに照らされこちらを見つめるアリアちゃんは、微笑んでいた。

 私は……私は、そんなできた人間なんかじゃない。


「あっはは。そうかもね。そっか。うん、そっか……」


 扉を閉めて寝室に戻った。ベッドのうえに体を放り込んでから天井を見上げる。

 暗い、暗い部屋だ。


「……思えないよ、そんなこと」


 いつだって私は、どうしようもない私のことで精一杯だ。

 他人に優しくするより先に、まず他人に迷惑をかけないように生きる術を身につけなければならない。そんな私ができる一番の貢献はなにもしないこと。干渉せず、だけど同情を買うようなことはあっちゃいけない。相互に無関心じゃないといけない。


『リーチェ、お前は首だ』


『んむんむ……なんで!?』


『心当たりないのか!?』


『むしろ心当たらないところしかない』


 私は嘘つきだ。本当はわかっていたんだ。回復魔法の使えない回復術士がなんの役にもたてないことくらい。気が付かないふりをしていたのは薄々知ってたから。知ってて、情けなかったからだ。私が、いらないんだってこと。


「……」


 ベッドの上で、体を丸め込むようにうずくまって座る。

 そのとき、端にのけた毛布がベッドから落ちて、私はそれを、体を伸ばして拾い上げた。


「あれ?」


 そういえば、このベッドの持ち主は本来アリアちゃんのはずだった。

 だけどいまこのベッドを使っているのは私で、じゃあアリアちゃんは昨日と今日、どこで眠っていたの?

 

 ……わかるよ。バカ


 いてもたってもいられなくなり、私は寝室を出てもう一度廊下を歩き、アトリエの扉を開いた。アリアちゃんは作業台のうえに頭を置いて仮眠を摂ろうとしていたらしい。扉の音で目が覚めたみたいで、作業台から跳ね飛ぶように上体を起こして私の方に振り向いた。


「私も。お世話になった分は頑張るから。はやく終わらせよ!」


 困っている人ってののなかに、私のことも入ってたっていうなら。

 そうだとしたら、私が頑張らないわけにはいかないもんね。

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