万事休す……?

 謎多き星の繭、その内部にあった白亜の都で、タダヒロ・コパーポッドに幾つもの銃口が向けられている。

「お父上のヘンリー・コパーポッド氏ならまだしも、貴方のような木っ端の冒険家風情ならここで消しても何ら問題はないのよ。カンパニーCIAを甘く見ないことね」

 ブルーオーシャン・カンパニー、もといアメリカ中央情報局CIAの工作官であるレイネ・サンダーソンは得意げに鼻を鳴らす。

「……いま、親父は関係ないだろう」

「ふふっ、高名な父親を持つと苦労するって感じの顔ね。ヘンリー・コパーポッドの名前はそんなに重たい?」

 どうにかして、このの鼻を明かしてやれないものか。

 そう思うタダヒロであったが、カラシニコフ自動小銃AKを構えた異界人テイルランダーの傭兵に取り囲まれている現状では如何ともしがたい。

 彼が持っているのは、六連発のリボルバー一挺だけ。

 タダヒロが357マグナム弾を一発撃つあいだに、傭兵たちは数十発の7・62ラシアン弾を彼に撃ち込めるのだ。

 マグナム弾で一人を撃ち倒したとき、タダヒロは既に穴あきチーズのようになっていることだろう。

 逆転の一手を探して周囲に目をやるが、タダヒロの視界に映るのは石灰石や大理石で作られた建造物とカラシニコフ自動小銃AKを構える傭兵、そして灰色の結晶だけ。

 打つ手なし、か。

 どうしようもない窮地に舌打ちをするタダヒロ。


 そんな彼の様子を眺め、レイネはニマニマと笑っている。

「それで、いますぐ連れの長耳エルフ共と一緒に帰っていただく気になったかしら。それとも、ライフル弾での説得の方がお好み?」

 どうやらレイネは、圧倒的優位な状況で相手に断り切れない条件を提示するのが好きな性格のようだ。

「……そういう言い方をするから、いつまで経っても異界テイルワールド常界ヘッドワールドの相互理解が進まないんだ」

「歴史を学ぶ者とは思えないほど薄っぺらい発言ね、ミスタータダヒロ。相互理解なんてものは絵空事……、常界人ヘッドランダーの歴史は何よりも雄弁にそれを語っていると思うけれど」

だ。自分たちだけでやっていけると思うのは、如何にもアメリカ人らしい思い込みだが。異界人だろうと常界人だろうと、人間である以上は誰かと交わり、隣り合って暮らしていく以外に道はない」

「極めて興味深いご意見だけど……。誰と交わり、誰を隣にするかは我々が決めることよ。アンデッドを操り、魔力などという得体の知れない力を野放図に使う連中の隣で暮らしたいと思う?」


 レイネは話を強引に終わらせるように、自身の右太ももに装着したレッグホルスターへと右手を伸ばし、ポリマー製フレームの九ミリ拳銃をタダヒロに向けた。

「さて、こちらも忙しいの。雑談はこれくらいにして、さっさと答えを聞かせてくれる? ……生きたいのか、それとも死にたいのか」

 ある程度の修羅場を潜ってきたタダヒロには理解できる。

 この女は、だ。

 引き金に掛けた右の人差し指。

 タダヒロの頭部をしっかりと狙う銃口。

 そして何より、これから殺すかもしれない相手の顔をまっすぐに見ている目。

 このレイネ・サンダーソンという女は、己が望む答えを引き出せなければ容赦なくタダヒロを撃つだろう。

 路地裏のチンピラが、チャラついた表情で拳銃を向けているのとはワケが違う。

 レイネ・サンダーソンという人物はれっきとした、アメリカ合衆国という強大な国家の、世界で最も有名な情報機関に属する人間なのだ。

「……学者としてではなく、冒険者として死ぬことになるとはね」

 タダヒロはぼそりと呟き、行方不明の父と常界ヘッドワールドに住む母に心の中で謝る。

「答えは────」


 いいえ。


「待った、待った、待った────ッ! 真打登場、ですわよ────ッ!」

 そう言おうとしたタダヒロを遮り、緊迫した重苦しい空気を吹き飛ばすように。

 彼の相棒、イゼルナ・フォン・ハーディグが路地の奥から颯爽と姿を現した。

「お、お嬢……ッ⁉」

 全速力で走る彼女を追跡する、大量のゴーレムを引き連れて。

 像の大群でも押し寄せてきたのかと思うほどの揺れと轟音を伴って、魔力で駆動する五メートルほどの石兵が路地を埋めつくほどの数で押し寄せてくる。

 こんな状況になってしまっては、レイネと彼女が率いる傭兵たちもタダヒロに構っている場合ではない。

 レイネ・サンダーソンによって支配されていた場は、一転して混沌とした様相を呈する。

「────ッ! だから異界も異界人も大嫌いなのよ!」

 放送コードに抵触するような言葉を口にしながら、傭兵たちを終結させるレイネ。

 自動小銃を撃ちまくる傭兵と、都市への侵入者を撃退するために柱のような太さを誇る石の両腕を存分に振り回すゴーレムが入り交じり、周囲はあっという間に乱戦状態となった。

 一方、タダヒロとイゼルナはこの混乱に乗じて合流を果たし、手近な建物の扉を蹴り破って内部に侵入する。

「助かった、お嬢。正直なところ、どうしようもない状況だったからな」

「相棒のピンチに颯爽と駆けつける。ワタクシって、流石でしょう?」

 得意げに笑うイゼルナ。

 先ほどまでの窮地で表情が強張っていたタダヒロだったが、彼は底抜けに明るい彼女の笑みを見て、生き返ったような気持ちになった。

「あぁ、流石だ。しかし、あのゴーレムをよく操作できたもんだ。魔力で動くものだから、魔術師なら操作も容易いってことなのか?」

「あー…………。あれはその……、なんというか。まぁ、そうと言えばそうだし、そうじゃないと言えばそうじゃないというか」

 途端に歯切れが悪くなるイゼルナ。

「……お嬢?」

「正直に白状しますと、操作しようとしたけれどあまりにも仕組みが複雑すぎて途中で嫌になって、適当にやったらこうなったというか。操作している、というよりはというのが適切な表現ですわね」

「……じゃあつまり、もう誰にも手が付けられないってことか?」

 しばし、沈黙。

「そういう言い方もできますわね」

 イゼルナはもはや開き直り、それがどうかしたのかという表情である。

「そういう言い方しかないだろう! どうするんだ!」

「どうするもこうするもないですわよ! でも、ワタクシのおかげで助かったでしょう!」

「そりゃあそうだが! この魔術都市にいる全部のゴーレムが、腹を空かせた肉食獣のように襲い掛かってくる状況になったんだぞ!」

 無数の銃声と地震のような振動が建物の外から伝わってくるのも意に介さず、ああだこうだとしょうもない口喧嘩を繰り広げるタダヒロとイゼルナ。


 そのとき、彼ら二人が立っていたすぐ近くの壁がゴーレムによって破壊され、その頭部に備え付けられた結晶が赤色に光り、まるで一つ目の巨人サイクロプスがその単眼で睨みつけるようにタダヒロたちの方を向く。

 当然ながらゴーレムに感情などあるはずもないが、禍々しい赤色の光を放つ頭部の結晶は都市への侵入者に対して激怒しているようであった。

「よーし、お嬢。喧嘩は後にして、まずは逃げよう!」

「流石はワタクシの相棒、ピッタリ同じ意見ですわ!」

 タダヒロとイゼルナは一瞬だけ互いに顔を合わせると、建物の奥に向かって走り出した。

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