第32話 「死ぬ……のかな……」《はい。あなたは死にます》
データバンクにない機体だった。
もっとも、UIBの持っている『融合派』軍のデータというのはいまいち乏しい。
ここ数十年、『融合派』軍とは散発的な戦闘が繰り返されてきたが、全面的な戦闘は、一週間前までほとんどなかったのだ。
元から敵兵器のデータも限られていた。
だがなにしろこっちは一気にクアッド・タービンの
クレイ13と名乗る敵の青いGストランドは、ライフルをもう1発撃ってきた。
150ミリ弾が迫る。
言葉で警告する時間もなかった。ブザーの警告音を出す。
ジンはかろうじて右ロールして敵弾をかわす。
「……くっ!」
狙いは正確だったが、こちらを回避で手一杯にして、イニシアチブを渡さないための射撃でもあるのだろう。
さらに数発撃ちながら、距離をみるみると詰めてくる。
《全弾で迎え撃ちましょう。出し惜しみしていては勝てません》
「ああ!」
短距離の小型ミサイル8発が残っていた。
ロック。
8発、すべてを発射。
ランチャーから発射されたミサイルが全弾、青いGストランドに襲いかかる。
なにしろ8発だ。すべて避けることは——
なんと、避けた。
青い敵機は最初の3発を急加速をしてぎりぎりかわし、続いてすさまじい急制動でさらに3発の必中範囲から逃れ、残る2発も腕部に仕込まれた13ミリ機関砲で撃破した。
私は同時に210ミリ・ライフルを撃ったが、その射撃も予想していたらしく、青い敵機はその射線もかいくぐってきた。
《全弾、回避されました》
「なんてやつだ……!」
敵も発砲。どうにか回避。
そのまま急接近する。
「ハンマーを……!」
ライフルをたたみもせずに背中にやって、ハンマーを抜く。
敵は剣を抜いた。
黒い実体剣だ。ダークソードと同じ、擬似重力場の誘導体だろう。
青い機体がまっすぐに迫る。
互いに格闘武器をふりかぶる。
剣とハンマーとが激突した。
疑似重力場同士のぶつかりあいでは、武器の形はあまり関係がない。
ちょうど鍔迫り合いのように、互いの力場の押し合いになる。
互いの空間が歪んで、背後の星々もスパゲッティのように伸びて見えた。擬似重力場の干渉のせいだ。
こちらはクアッドタービン、むこうはダブル・タービン。
出力だけならこちらが上のはずだった。
『なるほど。このパワー。〈ゼルズ〉が苦戦するわけだ』
オープン回線でクレイ13が言った。
『だがこの〈ガザム〉は違うぞ』
「〈ガザム〉? この機体の名か……!」
はい、説明ありがとう。
私はユニットデータの名前欄『不明』を『ガザム』に書き換える。
他の欄はまだ不明だらけだったが。
『出力:いっぱい』『スピード:はやい』『火力:すごい』とか、そんなものだ。
だがこの鍔迫り合いは、もしかしたらチャンスかもしれない。接触できる距離なら、私の能力で——
衝撃。
力場の共鳴が起きて、両者の武器が同時に吹き飛んだ。
《「ハンマーが!」》
お気に入りの武器を失い、私とジンは同時に叫んだ。
しかし〈ガザム〉はこの事態を予想していたのだろう。
ひるみもしないで、すぐさま間合いをとって、ライフルを腰だめに撃つ。
至近距離から150ミリ弾を受けて、私はのけぞった。
《Gシールド、20パーセント》
「くそっ……!」
あと一撃でGシールドが消えてしまう。
私はハンマーの柄を捨てて、40ミリ・マシンガンを抜きざまフルオート射撃する。
三、四発は当たったが、40ミリ弾は威力不足だ。決定打にはほど遠い。
牽制しながらGシールドの回復を待とうとしたが、〈ガザム〉の執拗な機動はそれを許さない。逃げるだけで精一杯だ。
「ダメだ……! ヘイワードは……どうしてる?」
《ブースター本体はどうにか回避したようですが、破片を数発受けたようです。ダメージ・コントロール中です》
〈S・ヘイワード〉は逆加速をして
だがここは敵の支配軌道だ。
はやく離れなければ、いずれ別の敵からの攻撃も受けるだろう。
「こちらカミクラ! この敵は桁外れだ。たぶん……勝てない。逃げて!」
『ジン、何を言ってるの?』
アビーが応じる。
「逃げるんだ! 全速で! 僕がこいつを引き止めるから……!」
『ダメよ、そんな!』
「一緒にやられることはない。君たちだけでも地球へ……っう‼︎」
被弾。
これまでとは異なる衝撃がコックピットを襲う。
Gシールドがゼロになったのだ。
これで丸裸も同然だ。まさしく全裸中年男性だ。もうバカなことでも言わないとやってられない。
『ジン! やだ! ……っあ』
半ばパニック状態になったアビーから、サミーナが通話機を横取りした。
『リムだ。なんとか持ちこたえてくれ。敵と交渉してみる』
サミーナは先ほどクレイ13と話した共用回線で呼びかける。
『クレイ13。ネイを引き渡すとしたらどうだ。無傷の彼女が手に入るぞ」
ブリッジのネイはサミーナの提案を聞いても冷静だった。それで済むのなら喜んで引き渡されよう、とでも考えていそうだ。
だがクレイ13の返事は否定的だった。
『それで見逃せと? だめだな。全面投降以外はあり得ない』
『われわれが抵抗すれば、ネイの身にも危険が及ぶぞ』
『ネイ444を人質にとっているつもりなら、無駄だ。彼女はすでに国家反逆罪に問われている』
『頼む。われわれは地球に帰りたいだけだ……!』
『ではこのGストランドを見捨てればいい。まだ間に合うぞ』
『…………く』
クレイ13の言う通りだった。
私とジンを見捨てて逃げればよかったのに。
だがそれは彼女のモラルが許さないのだろう。
度し難い無能さだ。
400人の命を預かっているのに。
まったく度し難い。だが……愛すべき無能さでもあった。
『わかった、降伏する。だから……』
『けっこう。だがこのGストランドは墜とさせてもらう』
『やめて……!』
発砲。回避される。
敵の発砲。左肩のミサイルランチャーに被弾した。
「うあっ! ぐっ……」
本物の衝撃がジンを襲う。
シートから放り出されそうになり、次の瞬間にはそのシートに押さえつけられる。
「ああ……。死ぬ……のかな……」
《はい。あなたは死にます》
Gシールドもない。被弾のショックで動けない。
〈ガザム〉は正面わずか500メートルの距離で、こちらにライフルを向けていた。
私の胸部、ど真ん中を狙ってる。
《でも、今日ではありません》
敵が発砲。
〈ガザム〉が撃った150ミリ弾は、
「…………?」
もう一度〈ガザム〉が発砲する。またしても弾は外れた。
「何が……」
《先ほどの鍔迫り合いの時に、敵機のライフルに一瞬だけ侵入できたのです》
Gストランドの火器は、通常、手のひらの有線コネクタで接続して制御する。
だが緊急時のために無線接続もできる。
非常に短距離の、それこそBluetoothくらいの範囲なので、普通侵入には使えないのだが——鍔迫り合いは絶好の条件だ。
前に敵から奪った90ミリ・マシンガンをたっぷり解析していたので、わたしの能力なら侵入が可能だった。
ライフルと本体の照準のG補正に、誤った数値を流し込むことしかできなかったので、効果が出てくるまで時間がかかった。
だがこの照準の狂いは、機体本体にも影響する上に、時間が経てば経つほどひどくなってくる。
《照準システムを狂わせました。反撃を》
「……! わかった」
ジンはこういう時の切り替えが本当に早い。
210ミリ・ギャラクシーライフルをまっすぐ構え、敵機を狙う。
機動はしない。
すべて照準に集中する。
〈ガザム〉もライフルを構える。銃身が左右にふらふらと揺れている。
〈ガザム〉が撃つ。
敵弾は外れ、こちらの弾は胴体のど真ん中に命中した。
貫通はしなかったが、一度、〈ガザム〉は大きくよろめく。
Gシールドはゼロになったはずだ。
『……これは一体? なにをした?』
「とっとと……うせろ!」
もう1発、撃つ。
かろうじて避けたが、敵は左腕部を損傷した。
無理な攻撃はしないで、〈ガザム〉はこちらと距離をとる。
さらに撃つが、今度は苦もなく回避された。
『どうやら旗色が悪いようだ。……出直すとしよう』
クレイ13は悪びれた様子も見せず、私たちから遠ざかっていく。
『少年。名を聞いてもいいか』
「……カミクラ」
なにも馬鹿丁寧に教えなくてもいいのに。
『機体の名は』
「〈レイダス〉」
私の名前まで……! あとで面倒なことにならないといいが。
『また会おう、〈レイダス〉のカミクラ』
〈ガザム〉は高速で射程外へと出て、月の軌道へと戻っていった。
《できれば2度と会いたくありません》
「命拾いしたみたいだね……。でも『あなたは死にます』なんて。ひどい言い草じゃないか」
《『でも今日じゃない』。前から言いたかった台詞でして》
まあバトルシップという映画のネタなのだが。金曜ロードショーで流れるたびにゲーム仲間と実況チャットで盛り上がったものだ。
「なにそれ。変なの」
ジンは屈託なく笑った。そんな大昔の映画など、もちろん知らないだろう。
宇宙空間を漂う私たちに〈S・ヘイワード〉が接近してきた。
もうほとんどエレメントGが尽きかけている。なにしろ今日は働きすぎた。早く回収してほしい。
『ジン、無事?』
アビーがほとんど涙声で呼びかけてきた。
「ああ。どうにか。心配かけたか……な」
『当たり前でしょ……もう……』
「ごめん。そういえば……言い忘れてた。その水兵の制服。すごくかわいいと思うよ」
『な……い、いきなりなに言いだすのよ? もうっ、ジンのばか!』
なにこの茶番。
もうお前ら付き合っちゃえよ。
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