第19話 「もうすぐMSDCのモホロビチッチ基地だ。各員、備えてくれ」
私が機能停止。
なぜ?
実は寿命が設定されていたとか?
こんなことならアビーの脱衣を覗いておくんだった。それだけが心残りだ……。
(他には心残りがないらしい)
『どういうことです? 機能停止って……』
エメルママにジンがたずねた。
『背中が見えるでしょう。真ん中のシリンダーがささってるところ。わかる?』
『あ、はい……』
え? なになに? 見えないんですけど?
《すみません。該当箇所を観察してもいいですか?》
『いいけど。見れるの?』
《指先にカメラがあります》
人差し指の関節に隠れて、小型のペリスコープがある。私はそれをちょっと伸ばして、左腕を背中側に回した。
いでで。腕がつりそうだ。
複雑な直線構成の装甲。たくましくも優美な背中のライン。うーん、我ながらほれぼれする。
その背部装甲の中央が窪んでいて、白いシリンダーが剥き出しのまま埋め込まれていた。
シリンダーにはなんか、だっさい青い線が入っていて、黄色いリボンが付きっぱなしになっている。
でっかいアルカリ乾電池がささってる感じだ。
『なんです? これ。むき出しになってるけど……』
本来は装甲なりカウリングなりがついていたのだろう。
そのカバー部分がなくて、内部のメカが剥き出しになっているらしい。
『エレメントGのカートリッジよ。整備・テスト用の』
『整備?』
《テスト用?》
またも異口同音にジンと私が言う。それがよほど間抜けに聞こえたのか、エメルママは苦笑いの声をもらした。
『エレメントGはイナーシャル・タービンを動かす燃料みたいなものでしょ? でも実戦用の大容量カートリッジは高価だし扱いも注意がいるの』
『注意がいるって……』
『滅多にないけど、損傷すると爆縮することがあるの。だから整備・テスト用のカートリッジがあるわけよ。ずっと少ない容量で、だけど安定してる』
つまり、お試し用の電池でこれまで動いていたのか、私は!
ご使用には、別売りの乾電池をお買い求めください! 悲しい!
《ですが、パワーサプライの項目は『エレメントG 100%』と表示されています。関連する数値も同様ですが……》
『ああ。それも整備用だからウソの100パーセント。カートリッジ側に設定レバーがあってね……』
エメルママがぴょんと私の背中に飛びついて、そのカートリッジについた小さなレバーをひねる。
『どう? 数字変わった?』
変わった。
なにそれ『ElmG 2%』って……。
《残り2パーセントです……》
確かに、ずーっと100パーセントなのはおかしいなあ、とは思っていたのだ。
そういう時は表示を疑いましょうね。これ現代人の常識。
『3回も激しい戦闘をしたのよね? むしろ3回目の途中で切れててもおかしくなかったわ』
『ど、どうしましょう。これ、まずいですよね……⁉︎』
さすがにジンも泣き出しそうな様子だ。エメルママにすがりつかんばかりになっている。
『補給艦でしょ? 積荷にエレメントGのカートリッジはないの?』
『全然わかりません。いちおう、積荷のリストはありますけど……これです』
ジンが中古のミニタブレットを手渡した。
これも無線LANなどはない、スタンドアローンの小型PCだろう。ケンたちが調べた積荷リストを、あらかじめ入れておいただけだ。
『うーん。……ないみたいね』
『そんな!』
『落ち着いて、ジンくん。あたしが乗ってきた〈スペクター〉のカートリッジを使えばいいわ。見た感じだとUIBの共用規格みたいだから』
ほっ。ありがたや。
『まあそれも、残り20パーくらいしかないけど』
うーん、微妙。あと一回くらいの戦闘分だろうか。
まあないよりはよほどマシだが。
百烈剣とかレイダスハンマーとか、余裕ぶっこいてあれこれ試してる場合じゃなかった。
『カートリッジをいただけるのはありがたいですけど、それだと〈スペクター〉が動けなくなりますね……』
『それなんだけど。〈スペクター〉は砲台にしたらどうかと思ってるの。どうせ陸戦用の機体だし、〈ゼルズ〉と空中戦は厳しいから。艦尾に固定して、動力は艦からもらって』
なるほど。それはいい考えだ。
それなら艦の電力だけで動かせるから、カートリッジはいらない。
しかも砲撃に専念できるから、専門のパイロットでなくてもある程度は務まる。
『でも、Gシールドは使えませんけど』
そうなのだ。イナーシャル・タービンは停止したままだから、敵弾を食い止めるGシールドが展開できない。
『仕方ないわね。そこはあなたと〈レイダス〉に頑張ってもらうしかないわ』
『あ。はい……』
責任を感じたのか、ジンの返事は重かった。
『大丈夫よ。あなたは普通じゃできないくらいのことを、これまでやってきたんだから。自信を持って』
ジンの肩を抱き寄せて、エメルは言った。
簡易EVA服だから、そんなにムードがある感じではない。もっと気軽な、励ますような軽いハグだった。
『息子に会えそうだって言ったでしょ? あれは本当にそんな予感がしたの。あたしを月面のどん底から引っ張り出してくれたのが、あなたと〈レイダス〉。それを忘れないで』
アビーだけではない。こうしてまた一人、感謝してくれる人があらわれた。
あたり一面、死があふれているが、こんなひとことが小さな炭火のように私の胸中を温めてくれる。
《ありがとうございます、テザー准——》
ぶつん。
いきなり何もかも消えて、真っ暗になった。
真っ暗。
真っ暗。
真っ暗。
再起動。
時計をチェック。10分も経っていなかった。ほっ。
『聞こえる、〈レイダス〉? サスペンド・モードになってたのよ。ついでだから、カートリッジも変えておいたわ』
《びっくりしました……》
本当に驚いた。
センサを起動。甲板の上で、さっきと同じ姿勢のままだった。
ただ用済みの整備用カートリッジが一本、転がっている。
背中にはG98〈スペクター〉からもらった実戦用カートリッジが刺さっているようだ。
『びっくりって……変なAIねえ。ふふ』
『〈レイダス〉。エメルさんが見てくれるから、僕は一度艦内に戻るよ。あとでね』
そう言ってジンは艦内に行ってしまった。それは別に結構なのだが。
待て。『エメルさん』だと?
私の寝ている9分間に、いったい何があったのだ⁉︎ 説明を要求する!
しかし問い詰めるわけにもいかず、私はおとなしくエメルのされるがまま、この若くみずみずしい
まあ簡単な点検くらいだったが。
まったく、エメルママは働き者だった。
てきぱきと手際よく、次々にやるべきことをこなしていく。
整備用具が足りないのに、小さな裏技を駆使して最低限の点検だけはやってくれた。なにしろ私は試作機で、エメルも初めて触るはずなのに、だ。
『〈スペクター〉と似てるところもあるから。部品も共通のものがあるようね。でもほとんどのパーツは新規で製作されたものみたい』
《UIB軌道軍では、試作機というのはそうしたものなのでしょうか?》
私のいた21世紀だと、試作機というのはあくまで新型機の概念がうまく働くのか、テストするためのものだった。
そもそも実戦など想定されて作られたりしない。
しかし私ときたら。
テスト用というより、どちらかというとF1マシンの方が近い。
しかも実戦に投入されることを、開発者は完全にわかっていたようにしか思えない(チーム全体はわからないが)。
『あたしにもわからないわ。MSDC(機動システム開発軍団)は、軌道軍の中でも特別だから。予算も人材も別系統だって聞いたことがある。なにを考えてあなたみたいな機体を作ったのやら……』
エメルは他にもなぜ私のイナーシャルタービンが四つあるかや(クアッドタービンとも呼ぶ方式らしい)、G98と違って完全な人型の意味などについて、あれこれ推測がある様子だったが、『確信が持てないから』といって聞かせてくれなかった。
私の点検が終わると、ジンがケンとほか二人の級友を連れて戻ってきた。
人手がいるからだろう。サミーナに許可を取り付けてきたと見える。その会話が聞けなかったのは残念だ……。
ルーターが欲しい。
さすがにそんなものは、ないだろうが。
エメルたち5人はまず〈スペクター〉にパワーケーブルをつないで甲板上だけは歩けるようにした。
次に使い切って空になったミサイルランチャーを外して、そこに私の——150ミリライフルを取り付けはじめた(というか、私も手伝わされた)。
まあ〈スペクター〉に付けた方が有効活用できそうなのはわかる。このライフルは支援向きだから。
だがちょっと寂しい。
ライフルの取り付け自体は、兵装取り付け具にちょっと溶接をするだけで完了した。
問題はボルトを前後させる動作だ。なにしろ〈スペクター〉には手がない。
エメルは、〈スペクター〉の脚のアクチュエーターを外してライフルに取り付けることにした。ボルトをひねって前後させることだけができる、即席の自動装填装置だ。
それをたったの3時間足らずでやってのける。これには私も仰天した。
『空母の整備クルーなら、これくらいみんなやってのけるわよ』
などとエメルはうそぶいてたが、さすがに嘘でしょう!
そのころには、ケンと級友たちはすっかりエメルママに心酔していた。EVA服なのに、なんか声だけで色気がわかるらしい。
まったくエロガキどもが。私が先に気づいたんだからな!
120ミリ砲と150ミリ砲を積んだ〈スペクター〉を、艦尾に固定して作業は終わり。
〈S・ヘイワード〉が、はじめて自衛用の火器を装備した。これは頼もしい。
他にもやるべき作業は山ほどあったので、私も重機代わりに荷物運びなどをやる。空きコンテナをバランスよく配置して、せめてもの装甲代わりにしたり。
カートリッジのエレメントGをなるべく残しておきたかったので、必要がない時は私もおとなしくしていた。
ジンたちは交代しながら休みを取って、仮眠をとった。
食料はもうほとんど残っていなかった。水はあるので、それでも2〜3日くらいは持ちこたえられるだろうが……。
そうこうしているうちに、目的地が近づいてきた。
『もうすぐMSDCのモホロビチッチ基地だ。各員、備えてくれ』
とサミーナが艦内の人々に告げた。
平静な態度だったが、私だけはかすかにその声が震えていることを知っていた。
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