第16話 「これは宿命への抵抗なのだ。決してスケベ心では以下略」


 出会って3秒でドッキング。


 ……というわけではないようだった。

 当たり前だ。そんなジンくん見たくない。

 ジンはもっと、DT力(ちから)の強い聖戦士だと信じている(意味不明)。


 よく見れば、エメル・テザー准尉の両足には脱ぎかけた青い簡易EVA服がまだ絡みついている。

 そばには着替えのジャンプスーツがたたんである。

 さらにカメラの視界の片隅には、中古の小型清掃ロボット。これがネズミによく似ている。

 そしてジンの位置は通路からの扉のすぐそば。


 そこから導き出される答えは!(名探偵レイダス)


『あの……テザー准尉。ネズミじゃなくて、あれ、清掃ロボットです』


『ああ。そうだったみたいね……。着替え中にいきなり出てきたから、びっくりしちゃって……うふふ』


 はい、ラッキースケベでした。解散。


 たぶんEVA服から着替えることになって、准尉が倉庫の一室に入ったのだ。その最中にロボットと遭遇して、悲鳴でもあげたのだろう。

 で、外で待っていたジンが『すわ、なにごとか?』と駆けつけて、下着姿のままドスーンと。


『あ、あの准尉。できれば……! どいて……いただけると!』


『あら、ごめんね』


 ちょっとゆっくりと、テザー准尉がジンから離れる。


『し、失礼いたしました!』


 ジンはすぐに起き上がり、回れ右して部屋を出ていった。


『もう……慌てなくてもいいのに。こんなおばさん相手に……うふふ』


 いえいえそんな! おばさんなんてとんでもない!


 テザー准尉——ここはエメルママと呼ばせてもらおう——は見事な肢体の持ち主だった。

 しかもタンクトップが、ホルターネック? というタイプなのだ。

 あの、胸は首元まで隠れるけど、背中が大きく開いたデザインの。

 だから腋のあたりの迫力が、すばらしい。きちんとお手入れはされてて上品なんだけどでもワイルドで、私はもう、私はもう!(落ち着け)


 まあ、それはさておき。


 エメルママはすぐにジャンプスーツを着て出ていってしまったので、艦内の他の様子を見ることにする。


 状況を整理しなければならない。


 まず例の捕虜。


 ただの補給艦に監獄なんてないので、小さな船室を急きょ、独房代わりに使うようだ。

 尋問はブーバー兵曹と水兵で行うようだった。

 サミーナは操艦の方で忙しいのだろう。それに彼女の容姿と声は、やはり捕虜からは舐められる。

 ただし拷問は彼女が固く禁じていた。


 捕虜のクレイ423はイケメンだった。

 年は二十歳はたちすぎくらい。灰色の髪でほっそりとした顔だち。

 遺伝子をいじりまくっているだろうから、イケメンなのも当然……なのか? ええい、ムカつく。

 

 協力するとは言ったものの、『融合派』軍の詳しい戦力やコード、周波数などは聞き出せない様子だった。

 ただ、敵の戦力は確かに圧倒的だが、核の力に頼らなければならない程度ではあるらしい。

 月をすみやかに占領して、そのまま地球にほとんどの戦力を差し向ける。

 その速度と打撃力を発揮するのには、通常戦力だけでは心許ない……と。


 重要なのは、月は『融合派』軍に占領されつつあること。

 そして地球侵攻も視野に入っていることだ。


 クレイはひとりのパイロットなので、それ以上詳しいことは教えられてないようだった。

 メットを外してしまったので、⚫︎イダー卿にまたご登場いただく手も使えない。


 とにかく捕虜については、今のところこんな宙ぶらりんな状態だった。ただでさえ人手不足なのに、見張りを最低1人、拘束してしまうのも痛い。

 やっぱり放り出しちゃってもいいのでは?(ひどい)


 次に避難民たち。


 まだ2日くらいなので、よく我慢している。


 だがフォン・カルマン市に行けなくなった、というのがまずかった。

 サミーナは核攻撃の件は軍人とジン、艦橋ブリッジの人間以外には当面伏せる方針のようだ。いまも避難民には『フォン・カルマンは敵に占領されていた』とだけ説明している。


 どこの世界にも不満屋というのはいるので、もうあれこれ不平は出ている。それを同じ避難民の中の温和なタイプがなだめすかしてる、という状態だ。

 避難民の中にも派閥が生まれつつあるようだったが、さすがに誰が誰だかは、貨物室のカメラだけでは私にも把握できない。


 今はまだいいが、あとI日で食料が尽きる。

 そうなったとき、何が起きるのかは想像したくない。


 ちなみに『AIとしての私』は、恐ろしい手段を提案していた。

 事故に見せかけ貨物室のエアロックを開放し、真空にして、避難民の数を半分に減らせ、というのだ。そうすれば食料問題はあと3日のばせるし、少ない人数の方がコントールしやすい。

 そういうのは問題解決と言わないのだ。ばかめ。


 だがどちらが本当の私なのか、たまにわからなくなる。

 実は腋とか太ももとかでキャアキャア言ってるのも、そんな気分の裏返しみたいなところは、ある。

 女の足に興奮できるうちは、まだ私は人間だろうから。


 そんな悲しみを背負った転生AIとして、私はさっきのエメルママのラッキースケベの録画データを機体の秘蔵フォルダにしまっておいた(仕方がないのだ。これは宿命への抵抗なのだ。決してスケベ心では以下略)。


 まあ、この問題はまだ放っておいていい。


 そういえばジンの級友たち。

 ケンと5、6人は水兵見習いのような立場になって、あちこちで働いていた。他の5人くらいも避難民の面倒を見ている。


 クロンメリン高校というのは、どうも偏差値高めのところのような気がしてきた。生徒は普通に協調性があって、なんだかんだで技能にも優れている。


 そして艦橋ブリッジ


 サミーナは手の空いている軍人と、何人かの民間人(アビーや電測の爺さん)をブリッジに集めて、状況の説明を始めていた。

 ジンとエメルも途中からブリッジに入ってきた。


 私もカメラでその様子を眺める。


『月の主要な都市は、「融合派」軍に制圧されつつあるとみていい』


 総勢でもたった9人。サミーナは彼らに言葉を選びながら話しかけた。


『こうなると月を脱出するしかないのだが、いくつか問題がある。食糧、敵の目、脱出軌道……どれも簡単ではないが、まず言っておく。降伏はしない』


 サミーナの宣言に、その場の半数くらいは不安げな顔をした。


『なぜ降伏しないのか。それはフォン・カルマンが核攻撃を受けたからだ」


 サミーナの言葉に一同は驚いた。

 うめき声を漏らす者、天を仰ぐ者、顔を覆って嘆く者……。アビーも驚嘆して、ジンにもたれかかっている。


『捕らえた捕虜の口ぶりからも、降伏してまともな扱いは期待できないと思う。だからなんとか独力で、脱出するしかない。それを理解しておいて欲しい』


 エメルはちょっと感心した様子だ。

 さっき、非与圧の甲板上でショックを受けてへたり込んでいたサミーナが、こうして部下たちを前に毅然とした態度を示していることが、意外だったのだろう。


『月からの脱出を考える前に、まず400人の避難民の食糧だ。ここから500キロ北に物資の集積所がある。それほど規模は大きくないが、食糧も弾薬もあるだろうし、食糧の再生産装置もあるかもしれない。まずはそこを目指す』


 水兵の一人が手をあげた。


『マクストフ市は? そんなに大きな町じゃないし、ずっと近いです』


『クロンメリンも襲われたのだ。マクストフも無事ではないだろう』


 と、サミーナは言った。


『敵の目的は月の主要都市の制圧だけではない。エレメントGの独占もあるのだろう』


 エレメントGってなんだ? まあそろそろ想像はつく。

 私のイナーシャル・タービンや、この艦のイナーシャル・ブースターなど、擬似重力制御機関に欠かせない物質のことだ。

 たぶん、地球では採れない。


『少尉。……その集積所、軍用の地図に載っていたんですか』


 ジンが言った。


『ええ。敵には知られてないはず』


『もう知られているかもしれませんよ。いずれにせよ、安全ではないかも……』


『それでも、いまの我々には、それしかあてがない』


『っ……すいません』


 ジンも代案はなかったのだろう。自分が余計なことを言っただけだと気づいて、発言を後悔しているようだった。


『あの……少尉』


 アビーが控えめな声で言った。


『どうした? ミズ・ターンブル』


『さっき、ごく短い時間、味方の通信波を探知したんです。味方っていうか……機動システム開発軍団っていうところの。位置も割り出せました。その集積所よりは遠いんですけど……』


 ああ!

 先刻の戦闘の前に教えた、機動システム開発軍団の緊急用電波だ。


 アビー、傍受してくれてたのか。すごい!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る