第3話 「じゃあ許す。命拾いしたな、少年!」


 胸の中でイチャイチャされても、胸キュンはしない。

 むしろ私の中でこの少年——ジン・カミクラへの親しみと好感度が一気に下がった。

 なんだ、彼女持ちか。

 じゃあ撃破されればよかった(私も死ぬけど)。次は戦うのやめようかな……(士気ダダ下がり)。


「ちょ……ちょっと、アビー。離れて……」


「なんで?」


「なんでって……その……。非常事態だし、色々当たってるし」


「あ……ごめん」


 アビーはあわててジンから離れた。


「ジンが無事だったからほっとして。夢中で。その……変な意味で抱きついたわけじゃないわよ?」


「う……うん。わかってるよ」


 お互いに距離をとってうつむいたりしている。

 このニュアンスから察するに、二人は深い仲というわけではないようだ。憎からず思ってる、くらいの間柄か。


 なんだ。

 じゃあ許す。

 命拾いしたな、少年!


「えーと、この……Gストランドだっけ? 軍の秘密兵器なんでしょ? よく動かせたわね」


 話題を逸らすように、アビーが私のコックピットを見回して言った。


「うん。〈レイダス〉が僕をカバーしてくれたんだ」


「〈レイダス〉?」


「このGストランドの名前だよ。父さんのプロジェクトだったから、教えてもらってたんだ……」


 なるほど、そういう事情か。

 父の作った機動兵器というわけだ。もちろん私規模の戦闘マシンともなると、その開発に関わる人間は何百、何千だろうが。

 その父親に尋ねれば、色々な疑問が氷解するのでは?


《ジン。その父君ですが——》


「うわ。だれ?」


 私の声にアビーが驚く。


「〈レイダス〉だよ。会話式のAIなんだ」


《どうも》


 アビーは私の挨拶に答えもせず、心配そうな顔をした。


「会話式? AIが? 大丈夫なの? ひょっとして……」


「彼は大丈夫だよ。ACじゃない」


「そう……。ならいいけど」


 また公共広告機構か(たぶん違う)。


「それで〈レイダス〉。僕の父さんがなに?」


《はい。父君の所在はわかりますか? 私の開発者だそうですが——》


「死んだよ、事故で。半年前」


 強いてカラッとした調子でジンは言った。アビーの前で強がって見せてるのかもしれない。


《それは……失礼しました。お悔やみを申し上げます》


「どういたしまして」


「お悔やみだって。秘密兵器なのに。変なの」


 む。この娘、妙にAI下げな言動が目立つな……。立派なのは太ももだけか。私は悲しい。


 というか、真面目な話——


 これがこの世界の一般的な反応なのかもしれない。

 私の時代でもAIが喋るのは珍しくもなかったというのに。だとしたら、あまり人前でペラペラ話すのは控えておいた方がいいだろう。


 というところで、通信。


《ジン。通信です。友軍の共用回線で、本機を呼び出しています》


「うん、つないで」


 チャンネルをつなぐ。


『〈レイダス〉のパイロット、聞こえるか。こちらは駆逐艦〈サンプソン〉の艦長、オールマンだ』


 中年男性の声だった。いくらか高圧的だが、非常時の軍人だから仕方ない。

 UIB軌道軍所属UNS〈サンプソン〉。

 私のデータに該当ユニットあり。

 DDV-102。ナミビア型・軌道駆逐艦の52番艦。

 250メートル級。最大推力0.24G。


「〈サンプソン〉って、ここに寄港中の軍艦……? あ、はい! 聞こえます」


『まず姓名と階級を名乗らんか!』


「ジン・カミクラ。階級は、ありません」


『ひょっとして民間人か? どうなっとる! その機体は我が軍の機密だぞ。正規のパイロットはどうした!』


「スミス中尉は亡くなられました。僕や学校のみんなを逃すために、敵の注意をひきつけて……」


 スミスさんの謎が解けた。っていうか立派な人だったぽいな、スミスさん……。


『む……そうか。だが正規パイロットは〈レイダス〉の起動キーを持っていたはずだ。お前はそれを横領したのか?』


「ちょっと! 横領ってなによ!」


 それまで黙っていたアビーが口を挟んだ。


『な、なんだ?』


「スミスさんはジンにキーを渡したんです! だれか軍の人に渡してくれと。でも追い詰められて、みんなを助けるために仕方なく……! それを泥棒みたいに言うなんて!」


「アビー、いいから」


「でも……」


「すみません、オールマン艦長。とにかく〈ゼルズ〉3機は撃破しました。見当たる範囲に敵はいません」


『君が? あの〈ゼルズ〉3機を?』

 

「はい。〈レイダス〉のおかげですけど……」


 オールマン艦長はうなり声を上げた。


『信じられんが……時間がない。港への大型ハッチはわかるな? いますぐその機体をこの艦まで運んでこい!』


「待ってください。街のあちこちに負傷者がいるんです。救助をしないと」


『軍の機密を、重機がわりに使う気か⁉︎ バカを言うな! 出頭しなければ逮捕するぞ!』


 オールマン艦長は通信を切ってしまった。


「なにあれ。お礼の一言くらい言ってくれてもいいのに」


「余裕がないんだよ。融合派の奇襲攻撃が始まって……どうなるかわからないんだ」


「でも……」


「気にしてないよ。それより、どうしようか……」


 ジンは身の振り方に迷っているようなので、ユニットデータと軍規からわかることを知らせてやる。


《参考情報。本機わたしはあの駆逐艦の指揮下にはありません。機動システム開発軍団の管轄下です。つまり、まだ実戦配備されていません。しかもあなたは民間人です》


 『機動システム開発軍団』とは大仰な名前だが、要するに軍の開発部門のことだ。ユニットデータにそう書いてある。


「あの艦長の言うことを聞かなくてもいい、ってことかい?」


《場合によります。機動システム開発軍団の先任将校が生存しているなら、指揮権はそちらが優先されます。しかし現状、安否が不明です。あなたがどう解釈するか次第です》


 と、いうことだろう。私のデータ内の軍規などに照らすと。判例までは入力されてないのでよく知らないが。


「あとでどう言い訳しても通る……と言うことか」


《まあ、そういうことです》


 おっと。人間ぽく話してしまった。アビーは……特に気にしてはいないようだ。セーフ。


 それに厳密に軍規に従っていえば、そもそもあの艦長がまず間違っている。

 彼が民間人のジンに命令する権利はないし、言えるのはすぐ〈レイダス〉から降りて、軍の人間が来るまで待っていろ……くらいだ。

 そうする余裕さえない。ということなのだろう。


 軍に。その程度の余裕さえない。


 これってかなりやばくないか?


「とにかく手の届く範囲で救助をしよう。そしたら駆逐艦のいる港に行く。アビーはみんなをバスに集めて」


「バス? 壊れてもう走れないんじゃ……」


「〈レイダス〉で運ぶから」


「ああ、なるほど……。ジン、気をつけて」


 アビーはコックピットを出ていった。ひざまづいた機体の胸からなら、軽く飛び降りられる。

 途方に暮れた様子の級友たちをまとめて、中破したスクールバスに誘導する。負傷者も協力して運び込み始めた。

 

「〈レイダス〉、近くに負傷者がいるかわかる?」


 近くって? まあ半径1キロ以内くらいか。


《はい。走査波を発信します。……12カ所に反応。表示します》


 そんな調子で負傷者を見つけてはバスへと運ぶ。瓦礫の下敷きになっている人もいたが、意外と(失礼)生きてる。低重力のおかげだろう。


 救助作業をしながら、私は自分の受信機をいろいろと試し、確信していた。

 どういうわけだか、この街には無線LANがない。

 5Gのような移動通信システムもない。

 それどころか、ネットワークがそもそもない(……というか、たぶん、ほとんどない)。だからネットにアクセスして情報を得ることも不可能だ。


 ネットがない。月まで進出している人類が? そんなバカな。


 テレビやラジオ放送は存在しているようだったが、こちらもいまは電波が停止している(戦時下だからか?)。


《ジン、質問があります》


「なんだい?」


 ええい、もういい、聞いてしまえ。


《この都市にはネットがないようですが、なぜでしょうか?》


 するとジンは怪訝顔をした。


「ネットワークのこと? 当たり前だろ。逮捕されちゃうよ」


《逮捕? なぜです?》


「なぜって……許可なくネットワークを構築したら、内乱準備罪だろ。……まあ小規模なやつなら僕も作ったことあるけど。あ、いまの内緒ね」


 え? 内乱準備罪? それってかなり重い罪では?

 ああ、ググりたい。ググりたくて仕方ない。しかしグーグルはどうもこの世界にはないっぽい。もしあったら重罪人……ということなのか?


「君は本当に変なAIだねえ。ひょっとしてネットワークを作りたいの?」


 その一言だけでネットが一般化していない社会が想像できた。

 ジンは私の時代の者と違って、『ネット』と略して呼びもしない。『つなぎたいの?』とも言わない。


《いえ。私は参考情報の収集を——》


 そのときあたりにけたたましい轟音が鳴り響いた。

 この半地下都市のドームの天井部分に、上空から何かが飛来して貫通、爆発したのだ。大きな炎と煙が膨れ上がっていく。

 10時方向。距離1500。

 爆炎の熱分布から、大質量の砲弾が数発、着弾したと推測される。


「な、なんだ……⁉︎」


《10時方向、距離3500。大口径砲弾が三発、着弾》


 推定では300ミリ砲弾だったが不確かなので報告はしなかった。

 だが敵——『融合派』軍の巡洋艦がよく装備しているのが300ミリの電磁加速砲だ。

 艦砲射撃……ということか。容赦がない。


 さらに着弾。


 ドームに大穴があいて、たちまち大気が吸い出されていく。帰化した蒸気が渦を巻いて、上下逆さまの巨大な竜巻となる。


「アビー。バスがまずい……! どこだ!」


《4時方向です。距離120》


 〈レイダス〉は振り返り、すさまじい突風の中で横転するスクールバスを目指した。




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