転生したら機動兵器だった(試作1号機)

賀東招二

第1話


「動け、動け、動けーっ!」


 私が目を覚まして最初に聞いたのがこんな声だった。


「お願いだ……〈レイダス〉、動いてくれよ! お前が動いてくれないと……みんながやられちゃう……。頼む……動けっ、動いてよー!」


 転生? という感覚がもっとも近い。


 新しい肉体、旧い精神。

 

 もっとも、これを肉体……と呼んでいいのだろうか。


 私は全高18メートルの機動兵器だった。

 人型兵器『Gストランド』。


 私の胸部のコックピット内で、一四、五歳の少年が叫んでいる。

 私服姿だ。正規の軍のパイロットじゃない。坊ちゃん刈りの眼鏡くん。


「動いてよ……!」


 目は涙でぐちゃぐちゃ。何かにおびえ、切迫している。

 衣服は煤と泥だらけ。血もついている。たぶん、他人の血だ。

 どうやらここに来るまで、戦闘か何かに巻き込まれたらしい。


「これじゃ、スミスさんは何のために犠牲になったんだ……!」


 尊い犠牲も出ているらしい。かわいそうなスミスさん(誰?)。


「動いてみんなを、助けてくれ……! 学校のみんなを……」


 なんか助けたい人たちがいるらしい(どこかの学生なのか)。


 私が見えているのはコックピット内を見下ろすカメラの映像だけ。聞こえているのもコンソールの端っこの集音マイクの拾った少年の声だけ。

 だがそれでも、状況はおぼろげに見当がついた。


 私の中にいるこの彼は、おそらく敵(?)に襲撃され、機内に逃げ込んだのだ。どんな経緯があったのかは知らないし、敵のこともわからないが。

 そしてなんとも無謀なことに、この民間人の少年は、私を起動して、操縦して、戦闘させようとしているらしい。


「このまま敵にやられちゃうんじゃ……ぼく、いやだよ……。お願いだ……〈レイダス〉、動いてよおーーーーっ!!」


 少年が絶叫した。

 状況はまだよくわからない。だが、そんなに困ってるなら——


 ——動いてみようか。


 ギンッ。


 私の両目——複合センサが一瞬、赤くかがやく。

 光放熱素材のツインアイは、起動時にこうやって強く光る。その時の気温や機体の状況によって色は様々だ。今は赤だった。


「え……?」


 少年が驚く。

 ジャイロを初期化。わたしは横臥姿勢をとっていたようだ。

 重力加速度はほぼ6分の1G。ここは月面の可能性が高い。

 各部の走査波をアクティブ・モードで一度、照射。

 高さ600メートルのドーム状都市の中にわたしはいる。各所で火災が発生中。複数の建築物が倒壊している。死傷者も多数。

 あの中にスミスさんもいるのだろうか。


 そして敵影。

 走査範囲に3機の『Gストランド』を発見。

 『融合派』軍の〈ゼルズ〉B型だ。

 私ははじめて目を覚ましたのに、すべてわかる。基本的なユニットのデータは入力済みだ。だが用語の説明は後にしよう。いまは敵だ——


 3機の〈ゼルズ〉のうち1機は私の存在に気づいている。まだ攻撃してこない。鹵獲するか、破壊するかで迷っているのか。


 わたしのジェネレータが駆動する。

 ジェネレータ——四基のイナーシャル・タービンがうなった。擬似重力制御の力場が大気に触れて、猛獣の咆哮のような音がひびく。

 莫大なパワーが全身に流れる。

 電気アクチュエーター、OK。フィールド・アクチュエーター、OK。二系統の動力伝達機構がそれぞれ力を蓄える。

 指先の隅々までゆきわたるエネルギー。

 各部の関節ロック、強制解除。


 ——いけそうだ。


 GSX002《レイダス》、起動。

 

 私は輸送用トレーラーの荷台に横たわっていた。

 上半身を起こす。ゆっくり、やがて早く。

 両足を踏みしめ、立ち上がる。

 各部のトリムを調整。スパイクを半起動。


 私——〈レイダス〉は大地に立った。


 目線はおよそ17メートル。Gストランドの標準的なサイズだ。遠くのビルの窓に私の機影が写っている。私の装甲は暗灰色——ダークグレーが基調のようだ。はじめて見た。


「う、動い……た?」


 胸部コックピット内の少年が半信半疑で言った。


《あなたが動けと言ったのでしょう》


「え……なに……? 会話式なのか……? これ……何語だ……?」


 スピーカーから私の音声が流れるが、言語設定が適切ではないようだ。

 だが彼と意思疎通を試している時間はなさそうだった。


 正面、距離300メートルに敵のGストランド——〈ゼルズ〉B型が1機。

 こちらが立ったのを見て、鹵獲はあきらめたようだ。敵は火薬式マシンガンの銃口(正確には砲口だが)をこちらに向ける。

 照準波を検知。

 警報音が自動で鳴りひびく。


「わ……わ……わあっ……!」


 少年はコックピットの中で、頭をかばって身を固くする。

 初めての実戦で怯えるのは仕方ないとはいえ、操縦スティックから両手を離すとは。その防御動作を機体が読み取り、ごていねいに再現までしてしまった。いま私はパイロットの少年と同じように、みっともなく怯えた格好でいる。

 敵が発砲。機体わたしに着弾。

 轟音が鳴り響き、跳弾が周囲に破壊をまき散らす。


「ひいっ!」 


 少年は悲鳴をあげる。私はダメージを算出する。

 無傷だ。

 敵の弾は私に達するより前に、見えないGシールドですべて防がれた。

 敵機のマシンガンの口径は90ミリ。強力な弾だが、この〈レイダス〉のGシールドを破るほどではない。

 

「や……やられて……いない?」


 当然だ。〈ゼルズ〉一機なら私の敵ではない。

 さあ、少年。

 スティックを握れ。勇気を示せ。


「なら、僕は……」


 震える指がスティックをつかむ。そうだ。


「みんなを……!」


 みんなを守りたいのだろう。ならば機体わたしを前進させろ。


「行け!」


 少年がフットペダルを踏み込む。

 だが荒い。加速が過ぎる。敵を飛び越えこのドームを突き破りそうだったので、私はほどほどにパワーを抑えてやる。


 われわれGストランドには、いわゆる推進機(スラスタ)はほとんど付いていない。発動機であるイナーシャル・タービンの擬似重力場を手足のように駆使して、自由自在に機動する。


 300メートルなど一瞬だ。


 私は〈ゼルズ〉に肉薄した。三つ目のセンサが特徴的な、オリーブ色のずんぐりとした機体。

 私はいま、火器を装備していない。だがこの四肢が、すでに武器だ。

 近接戦闘モード。

 攻撃手段、腕部および脚部。モーション設定。


「これで……!」


 少年がスティックのトリガーを引く。攻撃実行。

 右手が敵のマシンガンを弾き飛ばす。

 左のトリガー。攻撃実行。

 左の手刀で三つ目を突き破り、そのまま頭部を握ってちぎり取る。ケーブルから火花がほとばしり、冷却剤が気化して白煙となる。

 頭を失った〈ゼルズ〉はまだ動いていた。


「う……うおーっ!」


 少年が叫び、両のトリガーを引く。その姿勢と動作から、少年が意図しているのは蹴りだと判断。

 彼の望み通りに、機体わたしは渾身の蹴りを繰り出す。

 フィールド・アクチュエーター、全開。

 瞬間的に、私の右脚が数百トンの凶器と化す。

 

 重たい衝撃音。


 敵機の腰部がほとんど千切れて、数十メートル吹き飛んだ。

 〈ゼルズ〉の単装ジェネレーターが機能を失い、擬似重力場が暴走する。胴体の一部がひしゃげて爆縮、その後爆散。三〇メートルほどの黒い火の玉が広がる。

 撃破、1。


「すごい! 〈ゼルズ〉を一瞬で……!」


 少年は〈ゼルズ〉という名前を知っているようだ。敵の代表的なGストランドだから、民間人が知っていたとしても不思議はない。

 それよりも——

 

 敵影、2。

 3時方向、4時方向。距離、およそ600メートル。

 

 まだ2機、敵の〈ゼルズ〉がいる。


 ここは市街地だ。月面のクレーターを利用して地下につくられた。地球の市街地によく似せてあるが、いまは火の海だ。

 崩れたビル。壊れた車両。亡骸もある。

 事情は知らない——だが、あの破壊をもたらしたのが〈ゼルズ〉なのは間違いない。


 敵は散開しながら接近してくる。

 発砲。私はGシールドを展開。防御する。

 周囲で90ミリのタングステン合金弾が弾け、後ろのビルが紙細工のように引き裂かれる。


 Gシールドは無限に弾を防げるわけではない。莫大なエネルギーを消費する。

 できれば回避もして欲しい——


「くっ……!」


 少年がスティックを右に倒した。瞬時に〈レイダス〉は反応する。

 機体が右に加速。燃え上がる家屋を飛び越えると、渦巻く黒煙を突っ切った。

 そのままジグザグに機動して、敵の射撃を回避しようとする。数発は避けられなかったが、上出来だ。地形を利用して敵の射線から一度隠れる。


「武器は……何か武器は……!」


 少年がコンソールを操作し、火器管制パネルを見つけ出す。

 『FCS/MODE』というスイッチを何度か押すだけなので、そんなに難しい操作ではない。しかし、初めてで、実戦の最中に、それをやるのはたいしたものだ。

 この少年、本当にただの民間人なのか?


 あいにく火器はなかったが、格闘武器はある。私はモードを切り替えて、少年に提示してやった。


「ダークソード……?」


 ダークソード。もう少し名前に工夫しろと言いたくなるが、そういう制式名なのだから仕方がない。先ほどの蹴りのような、荒っぽい力場ではなく、より洗練された収束場を用いる格闘武器だ。


 少年が武器を選択。

 両腰に一つずつ収納されたダークソードの左側を抜く。

 ダークソードには刀身がない。つかだけのコンパクトな形だ(それでも2.4mだが)。その柄から、紐状の誘導体がまっすぐに伸びる。これが刀身だ。周囲の光が擬似重力場に飲み込まれ、漆黒のやいばになる。


「よ、よし……これで……」


 少年がスティックとスロットルを操作する。左にロールしながら前進。機体わたしは物陰から飛び出した。

 すぐ正面に1機の〈ゼルズ〉。至近距離からマシンガンを叩き込むつもりか。


 敵が発砲。

 ダークソードの力場が90ミリ弾の雨を逸らす。

 少年はひるみながらも、機体を前進させる。そうだ、逃げるな、前へ行け。


「!」


 振りかぶり、剣を一閃。

 〈ゼルズ〉は真っ二つになった。〈レイダス〉の背後で、敵機は爆散する。上半身の爆縮に巻き込まれて、下半身の半分が消え失せる。

 はげしい衝撃。爆音があたりに響きわたる。


「や、やった……!」


 喜ぶのはまだ早い、少年。

 三時方向、距離500。照準警報。

 最後の1機が接近中。


「ううっ!」


 〈ゼルズ〉は右手でマシンガンを乱射しながら、左手で斧状の武器を抜いて、まっすぐにせまってくる。

 敵はGシールドを使っていない。マシンガンでこちらのGフィールドを消耗させながら、近接武器で致命的な一撃を繰り出すつもりだ。それに直線的なあの動きは……危険だ、差し違える気かもしれない。


 ならば。最後の一機なら使ってもいいだろう。

 

 数十メートルの距離から、突きのモーションを構える。

 疑問に思っている時間はない。モニタに攻撃可能の表示が出ると、少年がトリガーで攻撃を命令。

 ダークソードで突きを繰り出す。

 刀身から瞬間的に力場が放たれ、弾丸のように敵の胴を叩く。

 一撃だけではない。私はマシンの体だ。二発、三発、四、五、一〇、二〇……と、それこそマシンガンのように突きを連続して放つ。

 〈ゼルズ〉は一撃ごとに力を失い、手、足、マシンガン、斧、すべてをうち砕かれ、ずたずたに引き裂かれた。

 百烈剣……とでも言ったところか。

 実際には三四発だったが。

 いびつな鉄塊となった最後の〈ゼルズ〉は、私の手前で倒れ、機能を停止した。


「す、すごい……」


 こうした攻撃動作は、エネルギー消費が激しい。フィールド・アクチュエーターを休止させて、非戦闘用の電動アクチュエーターに切り替える。

 ダークソードの刀身を収納。腰のスロットに格納する。ただ格納の前に、手のひらでくるりと柄を一回転させた。意味のない遊びだが、大事な動作だった。

 私はGストランド。機動兵器。しかし同時に人間の——21世紀の日本人の記憶を持つ。


 もう一度、走査波を照射。


 敵影なし。脅威なし。


 さて。事情を聞かせてもらおう。


《これでどうでしょう》


 共通英語で発話。さっきは非常時でここがどこかもわからず(今もわからないが)、日本語で喋ってしまったのだ。声などなんでも良かったが、30代の男性の声にする。


「〈レイダス〉、君の声か? 喋れるのか?」


《はい。あなたの名前を教えてください》


 まず名前だ。いつまでも『少年』では座りが悪い。


「僕は……シン。シン・カミクラ」


 シン・カミクラ。日系だろうか?


《よろしく、シン》


「よ……よろしく、〈レイダス〉」


 これがシンとわたしの最初の戦闘だった。




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