記憶のフラクタル
黒木蒼
第1話 はじまり
もし恋の始まりがあるとしたらきっとこの日が始まりだろう。
僕が初めて彼女と出会った、夏の始まりの日。
「大丈夫……ですか?」
白を基調にした消毒液のアルコールとシーツの柔軟剤が混じったなんとも言えない匂いの空間で、消毒を含ませた丸い綿を口元にできた傷口へとトントンと当てる。
「痛……っ」
「我慢してください」
「大丈夫って心配してたのは何」
「それは、傷の痛みについてです」
目の上で切り揃えられた前髪に、肩より長い髪の毛は耳元で二つに結ばれている。校則を守ったスカート丈、同じ学年色である赤のリボンタイを身につけているにも関わらず敬語。いかにも真面目といった雰囲気の生徒だ。
「保健委員って授業、サボって良いんだ」
「学級委員です。先生から戻って来ないあなたを見に来るように申し使って」
「…………あ、そういうこと。同じクラスか」
ということは、このクラスメイトはこの怪我の原因を知っているということになる。
「……もういい」
綿を挟んだピンセットを手で払うと、丸い椅子から立ち上がる。手で払った影響で上履きの横に綿が落ちた。
「え、でも。きちんと処置をしないと綺麗に――」
「治らなくていい」
「え?」
「帰る」
背中で声が聞こえたような気がしたが構わず保健室を出て下駄箱へと向かう。手元にはスマホも財布もある。教室に荷物はあるが、戻る必要はない。何よりもクラスメイトに会いたくなかった。
覚えていないクラスメイトではあったが最期に見る顔があいつらでなくて良かった。
もう傷を治す必要はない。
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