Le Crâne de Cristal 〜水晶髑髏〜

平中なごん

Ⅰ 古代の秘宝には怪奇探偵を

 聖暦1580年代末。エルドラーニャ島サント・ミゲル総督府……。


 その瀟洒なコロニアルスタイルで統一された総督の執務室で、俺は奇妙なものと睨めっこをしていた。


 奇妙なもの……それは、全体が透き通った水晶でできている髑髏だ。


 だが、あまりにもよくでき過ぎている……てか、どこからどう見ても作り物のようには見えねえ……神が気まぐれに人間を水晶に変えたものか?


「なんすっか? この奇妙奇天烈な代物は?」


 そのサイドテーブルに置かれた水晶の髑髏を見つめたまま、オーク材の豪壮な机に座る背後の総督閣下に尋ねる。


「ま、そういう感想になるわな……で、おまえさんはどう思う? これは本物の人間の髑髏か? それとも人の手で造られたものか?」


「ううーん……こんな精巧な彫り物はとてもできそうにないっすが、さりとて水晶でできてる人の骨なんてあるわけねえっすからね。本当にんなもんあったら、まさに神の奇蹟……もしかして、どっかの偉い坊さんの髑髏とか? いわゆる〝聖遺物〟ってやつっすか?」


 俺は腕を組んで首を傾げると、困り顔で総督の方を振り返る。


 サント・ミゲル総督ドン・クルロス・デ・オバンデス……この新天地(※新大陸)の海域に大帝国エルドラニアが初めて築いた植民都市の最高権力者ではあるが、見た目はあまり傑物っぽくはなく、くるくる巻き毛にメタボ体型のタダのおっさんだ。


「で、なんで今日、俺は呼ばれたんすか? まさか、この新たに手に入れた聖遺物を自慢するためってわけじゃないっすよね?」


 続けて、ここを訪れて以来、ずっと疑問に思っていたそのことをようやくにして訊いてみた。


 俺の名はカナール。近年、新たに生まれた職業〝探偵デテクチヴ〟を生業とするハードボイルドな男だ。


 この探偵っつうのは人探しや内密の調べものを請け負う、いわば私的な衛兵みてえなもんなんだが、俺の場合、ちょっとばかしその仕事内容が違ったりする。俺の専門に扱うのは悪霊や魔物絡みの厄介な案件……言うなれば、俺は世界で唯一の〝怪奇探偵〟だ。


 金髪巻毛に浅黒い顔をした外見が示すように、俺はフランクル王国から渡ってきた移民の父と、原住民の母との間に生まれたハーフであり、エルドラニア人の支配する〝新天地〟では弱え立場だ。


 んなわけで、カタギの商売じゃまず成功するチャンスがねえと踏んで、始めたのがこの〝探偵〟稼業…それも商売がたきのまずいねえ怪奇現象専門の探偵だったっていうわけだ。


 そんな隙間産業が功を奏し、ギリギリ食い詰めねえくれえにはそこそこ依頼もあるし、今ではこうして総督府もいいお得意さまになっている。


 けど、今日はなんだか調子が狂う……自宅兼事務所に使ってる本屋へ総督府から遣いがあり、また魔物退治か悪霊祓いかとやって来てみれば、なんの説明もないままにこの水晶の髑髏をよく見るように言われたのだ。


「それは自称コンキスタドール(※探検家)のメルチョル・エンジラスなる男が持ち込んだものです。なんでも副王領の密林に埋もれていた原住民の遺跡で発見したんだとか」


 俺の質問に、総督に代わって答えたのは部下の行政官モルディオ・スカリーノだった。


 黒のジュストコール(※ロングジャケット)をビシっと着込み、茶色の髪をばっちりセットしたいかにも仕事できそうな顔のキザな優男やさおとこだ……まあ、実際に仕事できる人間なんだが。


「それで、オバンデス公に国王陛下への献上品にしてはいかがかと持参して来たのです」


 なるほど。続くモルディオの言葉でなんとなく話の筋が読めた……。


 副王領ってのは、正式にはヌエバ・エルドラーニャ副王領といって、ここエルドラーニャ島も含む副王(※王侯ではなく、王の任命した総督の長みたいな官職)の統治する新天地のエルドラニア帝国領全体のことを示すが、今の口ぶりだと大陸の方の遺跡で見つけたってことだろう。んで、現エルドラニア国王カルロマグノ一世への手土産に最適な品だとかなんとかぬかして、クルロス総督に売り込んできたのがこの水晶髑髏っていうところか……。


「原住民のものとなると聖遺物でもあるまいが、水晶に変わった人の骨というだけでもまさに奇蹟。ならば確かに国王陛下へ献上するに値する宝物ではある……だが、いかんせんエンジラスの要求してきた値が400ソブリーヌじゃからな」


「よ、400ソブリーヌぅ!」


 そのべらぼうな金額に、思わず俺は頓狂な声をあげちまった。


400ソブリーヌといやあ、質のいいエルドラニアの銀貨で400枚ってことだ。まあ、確かにこの髑髏ならそれぐれえの価値はあるだろうが、俺のような貧しい庶民はもちろん、大金持ちの総督さまだって手を出すのには躊躇するってもんだろう。


「ゆえにこれが本物の人の髑髏か否かを見極めねば決心がつかぬ。向こうもそこはわかっていて、まあすぐに返事はできぬだろうと、三日間よく吟味するようこれを置いていった。そこで、そなたには期限の三日後までに、これがいかなるものなのか調べてほしいのだ」


 その高額に目を見開いたアホ面の俺に向かって、総督がようやくに本題の依頼内容を告げる。


 髑髏の出所がわかった段階でだいたい想像はついていたが、今回呼び出されたのはそういう話だったか……。


「うーん……わかりやした。とりあえず調査してみやしょう。でも、かなりの難題なんすから、もちろん報酬ははずんでくださいよ?」


 いつもながらにさらっと無理難題を言ってくれるが、仕事を選べるほどの恵まれたご身分でもねえ。俺は苦悩の唸り声をあげた後、その依頼を引き受けることにした──。

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