勇者企業ブレイブギルド! ~異世界帰りの元勇者、現代にまで出現し始めたインフレダンジョンを制覇するために、転生した魔王と共に起業する~

ひなうさ

第1話 神の気まぐれに翻弄された男

「この一撃で最後だ……! この世界から消えろっ、魔王ゼシオス!!!」


 世界の命運を分けた魔王との最終決戦。

 熾烈を極めた戦いはついに決着の時を迎える。


 俺は全魔力を込めた聖剣を掲げ、力を解き放った。

 そうして出現したのは天を突くほどに巨大な光の剣。

 魔王を倒すために編み出した究極の必殺剣である。


「ハハ、ハハハハッ! さぁ来い、勇者ジンク! お前の神力を見せてみろっ!!!」


「ウゥオオオーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」


 もう魔王ゼシオスに力は残されていない。

 それ故に俺は全身全霊をもって最強剣を振り下ろし、奴の体を切り裂いた。


 人と同じ体をしながらも強靭無比と謳われた奴を、肩から真っ二つに!


「ぐぅああああああああ!!!!!!!!!!」


「どうだあああッ!!!!!」


「……さすがだよ勇者ジンク。

 フフッ、ああ、ようやくこの時が来てくれた」


「何っ!?」


 だが奴は苦しみながらもなぜか笑っていた。

 金色の髪を靡かせて穏やかに、まるで苦しみで惚けるように。


「ありがとう。これで僕は救われる。

 後は君の好きにすると、いい――」


 この台詞を最後に、奴は光に飲まれて散っていった。

 俺の剣は間違いなく奴を討ち、この世から跡形もなく消滅させたのだ。


 ……それなのになんだ、この言い得ない虚無感は?

 奴の断末魔を聞けなかったことがそんなに悔しかったのだろうか?

 

「ジンク! 大丈夫!?」


 喜ぶことも出来ず、ただ立ち尽くす。

 そんな俺の下に相棒のテーテラが駆け寄ってきた。


「ああ、大丈夫だよテーテラ。それよりも、やっと終わったよ。世界の破壊者、魔王ゼシオスを遂に倒したんだ」


「遂にやってくれたのね、ジンク……これで世界は救われる。これも全てあなたのおかげよ、どうもありがとうっ!」


 長い桃色の髪に空色の瞳、それと白い肌を覆う青の礼装。

 美しい君の姿がいつも俺の心を癒してくれる。

 こっちが礼を言いたいくらいだ。


 しかしそう安心した時、彼女の姿が突然、「ジジジ」とブレた。


「えっ、ジンク!? 体が何かおかしいわ!」


 いや、ブレたのは俺の視界の方だったらしい。

 体を見れば至る所が掠れ、薄くなっていくのが見えてしまった。


 まさかこれは、元の世界――日本への帰還が始まった?


「そんな、もう帰還が始まるのか!?

 まさかこんなに早いなんて聞いていないぞ!?」


「そう、そうなのねジンク、あなたはもう帰ってしまうのね……」


「違う! 俺はまだこの世界にいたいんだ!

 だって俺は、俺は……!」


 次第に視界も掠れ、彼女の顔もボヤけて見えなくなっていく。

 まだ伝えたいことが一杯あるのに、まだ帰りたくないのに!


「俺は君が好きだ! 愛してるっ!

 だから君とはまだ離れたくないんだっ! テーテラァァァーーーーーー!!!!!」


 この世界に来てテーテラと五年の歳月をずっと過ごしてきた!

 苦難も喜びも分かち合ってきた!

 二人で世界を救うために! 未来を勝ち取るために!


 それなのに……ッ!

 

「ジンク」


「――えっ?」


 でもそんな時、彼女が俺の手を握った気がした。

 存在を失いかけながらも、その温かさだけはしっかり伝わって来たのだ。


「私も……私もジンクを愛してるっ!

 だから、だから今までありがとうっ! どうか、いつまでも元気で――」


 そしてその言葉を聞き終える前に、俺の視界は真っ白になってしまった。

 手の甲に跳ねる涙の感触を最後にして。


(……そうか、これで夢物語も終わりか。

 神って奴は本当にいつも雑に俺を扱いやがる。こちらの意思なんて少しも汲んじゃくれない)


 もはや体の感覚すら無い。

 思考することしか叶わない中で、俺は自身の境遇を呪った。


(ならば俺を好き勝手にもてあそぶ貴様は邪神だ!

 違うと言うのなら、貴様の思い通りに動いてやった俺に少しでも報いてみろよっ!!!!!)


 俺にはもう、心の中で罵倒することしか出来なかったのだ。

 思い出の中のテーテラの顔すら掻き消え、意識をも薄れさせていく中で。


 それでも彼女の名前だけは忘れないと心に誓い、意識を手放した。

 それが俺自身に叶えられる、唯一の願いだったからこそ。




 ……………………

 …………

 ……




「――患者、意識を取り戻しました! バイタル安定!?」

「奇跡だ! この状態で生きているなんて!?」

「見ろ、傷がみるみる治っていく!? これは一体……!?」


 意識が戻った時、俺は騒がしくする医者たちに囲まれていた。

 手術室だろうか、光が眩しい。


 それに全身が痛い。体も自由が利かない。

 しかし異世界ではよく四肢欠損したりもしたから耐えられないこともないか。


「君! 聞こえるか!?」


「シュコー、シュコー(コクコク)」


「す、すごい、こんなことがあり得るのか……!?」


 酸素マスクが邪魔で喋れないが、意識ははっきりしている。

 だから質問に頷きで応え、彼らをまた驚かせた。


 ――こうして俺はそのまま病院に入院することとなった。

 もっとも、夜を明かした今ではもう筋トレが出来るくらいには回復していたが。


 それにしても久しぶりの日本語、久しぶりの先進技術。

 何もかも原始的だった異世界と比べて実に快適そのものだった。

 あまりにもベッドが心地良くて、つい気持ち良く眠れてしまったな。


 そんな健康そのものの俺を前にして、医者ももはや呆れるばかりだ。


「君は昨日、大型トラックにはねられて瀕死だったんだよ?

 もう絶望的だと思っていたんだが、一体何が起きたのやら」


 床で直立片腕立て伏せをしながら医者の話を伺う。

 その話から察するに、俺は異世界に飛ぶ直後へと戻ってきたようだ。


「しかもズタズタだった体が急速に復元してしまったし、今日に至ってはもう筋肉の塊じゃないか。

 もう驚きを通り越して呆れるばかりだよ」


 医者はこう言うが、俺からしてみればこの体は異世界の時のままだ。

 原理はわからないが、神が最後にくれたささやかな餞別なのかもしれない。


 そうしみじみしながら話を聞いていると突然、病室の扉が「バタン!」と開かれた。


迅兄じんにィーーーーーー!」


 大声を上げて現れたのは妹の凜祢りんねだった。

 今にも泣き出しそうな顔をして部屋に飛び込んでくる。


「――って誰だお前ーーーっ!!!」


「何を言っているんだ凜。

 どう見ても俺だろう。兄貴の迅駆じんくだぞ」


「迅兄ぃはそんな筋肉質じゃなぁーーーい!

 筋トレなんてしない陰キャオタクだったはずだーっ!」


「真性特撮オタのお前に言われたくないわ」


 まったく、久しぶりの再会だというのに失礼で騒がしい妹だ。


 ……いや違うな、久しぶりと感じているのは俺だけか。

 もう五年も会っていなかったから、凜祢のイメージが頭からすっかり抜けていた。


 そう、高校一年生のクセにランドセルが似合いそうな背丈。

 それなのに男みたいに生意気で、でも俺にべったりだった。

 横に膨らむように結った髪をもふもふすると、猫みたいに鳴くんだったなぁ。


(……そうか、俺、本当に帰ってきたんだな)


 そんな凜祢の姿を見て、今の状況が決して夢ではないとやっと実感した。

 むしろ今まで感じていた五年間が夢だったのではないか、とすら。


 だが、それでも俺は忘れない。

 テーテラと共に過ごしたあの日々は、思い出だけは。


 俺にとって異世界での生活は、それまでに過ごした23年間よりもずっと濃密だったのだから。

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