政宗の致命的なハンデ

授業が始まり、水瀬沙耶は教壇の前に立った。


「では、催眠術に対する抵抗の重要性について解説しますね。基本的に、催眠術をかけるには相手の意識を誘導することが必要ですが、当然ながら簡単にかかるわけではありません。」


彼女はそう言いながら、教室の女子たちを見回した。


「例えば、男子は一般的に催眠術に対する警戒心が強いわね。普通、女子が仕掛けても簡単にはかからないことが多いの。」


「そうそう! うちの兄なんか、私が試してみようとしても『そんなのかかるわけないだろ』って全然相手にしてくれないし!」

「うちの従兄も! 男子ってなんか疑り深いよね。」


教室の女子たちが口々に同意する。


「でも、政宗くんは違うよね?」


その瞬間、教室の視線が一斉に政宗へと集まった。


「えっ……?」


政宗は嫌な予感を覚えつつも、言葉を発せずに固まった。


「だって、すぐ動揺するし、女子のこともよく見つめちゃうし!」 「そうそう! よくぼーっと私達のこと見つめてるし!」 「それに、私達が催眠術かけようとして近づくとすごい動揺してるし!」


次々に浴びせられる指摘に、政宗はみるみる顔を青ざめていく。


「ちょ、ちょっと待て! それってつまり……」


水瀬が微笑みながら頷いた。


「ええ。確かに、政宗くんの癖や性格の問題だと思うんですけど、ちょっと政宗くんは無防備で隙が多いところがありますね。特に大人になると男性は女性から狙われやすくなるので、今のうちから気をつけておいたほうがいいですよ。」


「いやいやいや!! そんなのおかしいだろ!!!」


政宗は絶望の叫びを上げたが、女子たちは「でも、何で女子を見つめちゃうんだろう?」 「そうそう、別に近づいてきたからって、そんなに動揺することなんかないよね?」 「普通、男子はもっと女子に警戒して平常心を保ってるものじゃない?」と楽しげに笑っていた。


(こいつら、何を言ってるんだ?! なんで俺が女子に見とれたり興奮したりすることが無防備で隙が多いみたいな話になってるんだよ?! 俺の感覚が間違ってるみたいじゃねえか?!)


水瀬がさらに続ける。


「よほどの技量のある相手じゃない限り大丈夫ですよ。ちゃんと練習すれば、かからないコツも覚えられますし、特に男子は自分が催眠術をできない分、抵抗するコツはかえって覚えやすいようですね。もちろん、催眠術は心の隙をつくものだから、意識をそらしたり冷静に対処することを覚えればの話ですけど。」




(待て待て待て! それって、この世界で俺だけかかりやすいってことじゃねえか?! ここまで無防備な女子うっかり見つめちゃったり催眠術かけるために女子に接近されて動揺したりしたら即催眠術かけられるって、こんなの理不尽すぎる!!!)


こうして、政宗は改めて自分がどれほど不利な立場にいるかを思い知らされるのだった――。


水瀬が軽く手を叩いた。

「さて、今日の授業では催眠術に対する抵抗の重要性を学びましたね。そこで、実践的な練習をしたいと思います。」


政宗はその言葉に、嫌な予感しかしなかった。


「えっ……まさか……?」


「そう、実際に催眠術をかけてもらいながら、どうすれば抵抗できるかを試してみましょう!」


「いやいやいや、ちょっと待て! なんで俺が練習台になる流れになってるんだよ!?」


「だって政宗くん、一番かかりやすいじゃない?」


「それに、せっかくだから抵抗の練習をさせてあげようと思って!」


「……お前ら絶対違うこと考えてるだろ!」


女子たちはニコニコと笑いながら、次々に政宗の周囲を囲んでいく。


「じゃあ、まずは政宗くん、前に出て座ってね。」


水瀬の指示に従い、政宗は仕方なく前の席に腰を下ろす。しかし、向かい合う形で座る女子たちは、まるで警戒心ゼロのように足を開いたり、ラフな姿勢を取っていた。


(おいおい、もうちょっと気をつけろよ……! って、やばい、視線が勝手に……!)


政宗が視線を必死に逸らそうとしたその瞬間、水瀬がすかさず声をかける。


「はい、そのまま視線を動かさないで……。」


「えっ……?」


違和感を覚えたときにはもう遅かった。政宗の目は女子たちの姿に釘付けになり、そこから動かなくなっていた。


(しまった……これ、凝視法……!?)


「ほら、もう体が動かなくなってきたでしょ?」


水瀬の穏やかな声が耳に響き、政宗の意識がじわじわと霞んでいく。


「ふふ、政宗くん、だからいったじゃない。そんなに目の前の子達に視線を固定してたら、簡単にかかっちゃうわよ。」


「えっ、政宗くん、そんなに私たちのこと見てたの?」


「……な、なんでそんなこと聞くんだよ……!」


顔を真っ赤にしながら抗議しようとする政宗だったが、女子たちは特に気にする様子もなく、不思議そうな表情を浮かべた。


「でもさ、なんでそんなに動揺するの?」


「そうそう、普通男子ってあんまりこっちをじっと見たりしないよね?」


「警戒心強いし、逆に目をそらすことが多いのに……。」


「というか、そもそも、どうして女子の姿をそんなに気にしちゃうの?」


「そうそう、不思議だよね。なんか気になることあるの?」


(あるに決まってるだろ!!)


政宗は心の中で叫びつつも、催眠の影響で体はまったく動かない。


「ふむふむ、やっぱり政宗くんって特別なのね。」


水瀬は満足げに頷くと、軽く手を叩いた。


「じゃあ、このまま抵抗の練習に入りましょうか!」


「……お前ら、俺の話を聞けえええ!!!」


こうして、「政宗くんの抵抗練習」という名目のもと、彼の受難はさらに続いていくのだった――。



授業の続きが始まり、今度は他のクラスメイトたちが水瀬を相手に催眠術への抵抗を試みる番となった。


「じゃあ、次は彩花さん。前に出てきて、抵抗の練習をしてみましょうか。」


「はい!」


彩花が元気よく席を立ち、政宗の隣から離れる。先ほどまで標的にされていた政宗は、ほっと息をつきながら自分の席に戻った。


(やれやれ……やっと俺の番は終わったか……。)


安心した政宗は、緊張から解放されたことで気が抜けてしまっていた。授業の続きをぼんやりと聞き流しながら、つい視線を前方へと向ける。


「さあ、彩花さん。深呼吸して、意識を落ち着けてみましょう。」


水瀬が彩花に催眠誘導を始める。彩花は椅子に腰を下ろし、ゆっくりと目を閉じた。


「ふぅ……。」


水瀬の穏やかな声が響くたびに、彩花の体がゆるゆると脱力していく。その肩がほんの少しずつ落ち、背もたれに寄りかかる姿勢が無防備さを増していった。


(おいおい……本当にかかりかけてるじゃないか……。)


政宗はなんとなくその様子を見ていたが、ふと周囲に目を向けると、他のクラスメイトたちも同様に催眠術をかけられる準備をしていた。


「じゃあ、私もやってみるね。」


「うん、よろしく!」


次々と女子たちが催眠術をかけられながら、催眠術への抵抗を試みる。しかし、当然ながら全員が簡単に防げるわけではなく、催眠の影響を受けて、徐々に脱力していく者も多かった。


(うわぁ……こうして見ると、なんかすごい光景だな……。)


政宗は呆然とした。クラスメイトたちが、椅子にもたれかかったり、ゆるく足を投げ出したり、無防備にリラックスしていく。


(普段はしっかりしてる子たちが、こんなに無防備に……いやいや、何考えてんだ俺は!)


慌てて目をそらそうとするが、一度意識してしまった視線はなかなか戻せない。


「……政宗くん?」


突然、水瀬の声が響いた。


「えっ?」


「そのまま目をそらさずにいてみて?」


「え……?」


政宗は一瞬混乱したが、言われるままに視線を固定する。だが、その瞬間、水瀬の声が優しく耳に響いた。


「そう……そのままね。今、あなたの体はどんどんリラックスしていく……。」


(しまった……またか!!)


急いで目を逸らそうとするが、すでに遅い。体がじんわりと重くなり、意識がふわふわと漂い始める。


「やっぱり、政宗くんはもう少し抵抗の訓練が必要みたいね。」


「……へ?」


「せっかくだから、もう一度前に出て、今度こそしっかり抵抗する練習をしましょうか♪」


「いや、俺はもう終わっただろ!?」


「さっきの様子じゃ、まだまだ練習が必要みたいだったから♪」


「ちょっと待てえええええ!!!」


結局、再び女子たちの前に座らされることになり、政宗の抵抗訓練は終わりを迎えなかった――。






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