挑戦者たちの実演――久我政宗の受難の始まり

「じゃあ、最初の挑戦者は……日向さん、お願いするわ。」


挑戦者1:日向凛音


教壇の前に立ち上がったのは、クラス一の優等生、日向凛音だった。長い黒髪を一つにまとめ、整然とした足取りで教壇の前に向かう彼女は、普段から冷静で知的な印象を与える生徒だ。


「よろしくお願いします。」


凛音は軽く一礼すると、水瀬の指示に従い、政宗の前に座った。


「久我くん、リラックスして、深呼吸してね。」


「……わかりました。」


政宗は不満げな顔をしながらも、言われた通り目を閉じ、深呼吸を始めた。凛音は落ち着いた声で、さらに言葉を続けた。


「では、あなたの手がだんだんと軽くなり、気づけば浮き上がっていきます。」


その声はしっかりしていたが、どこか教科書を読んでいるような硬さがあった。


(うーん、真面目すぎる感じがするな……。)


政宗は心の中でそう思いながらも、凛音の声に意識を集中させた。しかし、手が浮き上がるどころか、どんどん重くなるように感じてしまう。


「……うまくいってますか?」


凛音が不安そうに水瀬を見上げると、彼女は優しく微笑みながらアドバイスをした。


「凛音さん、とても丁寧だけど、少し声が硬いわね。相手をリラックスさせるように、もっと柔らかいトーンを意識してみて。」


「……わかりました!」


凛音は深呼吸をし、少し優しい声で暗示をかけ直した。その結果、政宗の手がゆっくりと浮き上がり始めた。


「うわっ、本当に浮いてる!」


政宗が驚きの声を上げると、教室内から歓声が上がった。凛音はほっとした表情で水瀬を見つめる。


「よくできたわ。真面目なところはあなたの長所だから、そこに少し柔らかさを加えるとさらに良くなるわね。」


「ありがとうございます!」


凛音は満足げに席に戻ったが、政宗は溜息をつきながら肩を回した。


(ふう……これで終わりかと思ったら、まだ次があるんだろうな……。)


挑戦者2:夏川彩花――テンション全開の催眠術


次に指名されたのは、元気いっぱいのクラスメイト、夏川彩花だった。茶色のショートボブを揺らしながら、勢いよく教壇の前に向かう。


「はいっ! よろしくお願いします!」


政宗はそのハイテンションに少し引き気味だったが、再び椅子に深く座った。


「久我くん、リラックスしてねー! 私がバッチリ暗示かけてあげるから!」


(おいおい、頼むからもうちょっと落ち着いてくれよ……。)


政宗は心の中でツッコミを入れつつ、目を閉じた。彩花は元気いっぱいの声で暗示をかけ始める。


「じゃあ、あなたの手がだんだんと軽くなって、勝手に浮いちゃうよー!」


その勢いのある声に、政宗は逆に緊張し始めた。


(いや、全然リラックスできないんだけど!?)


案の定、政宗の手は微動だにしない。水瀬が苦笑しながら助け船を出す。


「彩花さん、あなたは明るいのが持ち味だけど、少し声のトーンを落としてみるといいかもね。」


「えーっと……こうかな?」


彩花は少し声を低くし、ゆっくりと暗示をかけ直した。その結果、政宗の手がようやく動き始めた。


「うわっ、浮いてきた!」


「ほらね、やればできるじゃん!」


彩花はガッツポーズをしながら席に戻り、政宗はまたしても疲れた表情を浮かべていた。


挑戦者3:綾瀬結衣――天然系の催眠術


最後に指名されたのは、ふわふわした雰囲気を持つ綾瀬結衣だった。天然な性格で知られる彼女は、マイペースな歩調で教壇の前に向かう。


「えっと……よろしくお願いします。」


政宗はまたしても席に深く座り、目を閉じた。しかし、結衣のペースは明らかにゆっくりしており、暗示の開始がなかなか始まらない。


「えっと……どうするんだっけ……?」


(おいおい、大丈夫かよ……?)


政宗が内心でツッコミを入れていると、水瀬が優しくフォローを入れた。


「大丈夫よ、結衣さん。まずはリラックスさせる声をかけてみて。」


「わかりました……えっと、リラックスして、体の力を抜いて……。」


結衣の声は柔らかく、それだけで政宗はすぐにリラックスした状態になった。


(あれ、なんかこの声……癒されるな……。)


その結果、結衣が言葉を続ける前に、政宗は勝手に眠りに落ちそうになってしまった。


「……わっ、かかっちゃった?」


教室内が笑いに包まれる中、水瀬は優しく結衣を褒めた。


「自然体でできるのは素晴らしいわ。そのペースを大事にしてね。」




「ふう……疲れた……。」


授業が終わる頃には、政宗はぐったりしていた。しかし、彼の心の中には、奇妙な満足感が広がっていた。


(やっぱり俺、才能あるんだよな。これだけ催眠術にかかれるのも、その証拠だろ!)


そんな政宗の妄想は、ますます膨らんでいくのだった――。


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