地球は天使により破壊された。それは人類の敵か、味方か。そして人は涙する。

夕日ゆうや

第1話 終焉の始まり

 2051年5月19日の夜中の2時。

 それは動きだした。

 仙台駅の地下深くに封印された3つ目の異形。

 漆黒の羽を10枚、広げる。


「コード·ジブリールが動き始めました!」

「なんだと。あれは2世紀単位で安定駆動にあったんじゃないのか!?」

「天津風より打電!」

「今度はなんだ!?」

「戦術核ミサイルの発射を確認した」

「そんな! 誰がそんな命令を!」

時尭ときたか首相の命令です」

 まさかジブリールの制御が効かなくなったから、我々ごと葬ろうと?

 そんな冗談があってたまるか。


 世界が反転する。


 変わっていく。

 赤い月が夜の空に浮かび、海は鉄さびの匂いで呼吸すら苦しい。

 大気中を舞う砂塵は放射能を含み、細胞の核を傷つけていく。

 防護服と防護壁で守り抜いた直径二十キロの街がぼくたちの住む世界だ。

 西暦2148年。

 約ひと世紀前の堕天使事件により世界中の国交は分断された。

 行き場のない難民を受け入れる態勢すら整っていない都市は放射能と熱線でドロドロに焼き落とされ、今では廃墟すら残っていない。

 コードネーム・アマテラス。

 それがぼくたちを堕天使から救う秘密兵器。

 大気中の有視界通信を変質させて、ほぼ100%に近い完全光学迷彩が可能で、堕天使の搭載しているレーダーには引っかからない。

 だからこそこの街アマテラスは生きながらえてきた。

 同じエンジェル系の駆動ロボットを使用するには反対の声は大きかった。

 日本のお偉いさんや起業家はこぞって海外へ逃亡を図った。

 技術者の一部がかなり性急かつ強引に話を進めたと聞く。

 導く者はおらず、現場は混乱し多くの犠牲者を出した。俗に言う首相ショック事件だ。

 現在ではアマテラスの整備、メンテナンスを行える者たちの立場が強くなっている。

 この街は技術者こそが有利になっている。

 だがそのアマテラスでさえも、安定駆動は200年とされている。

 それまでにアマテラスと同系統の機体を作らねばなるまい。

 直径二十キロの世界では人材も資源も足りない。

 かくしてこの街最大のプロジェクト·クロノスが発令された。

 プロジェクトメンバーは全部で六人。二人一組となり、郊外への探査ミッションを行う。

 それぞれにアマテラスの有機素材から作られた擬似光学迷彩が手渡された。

 だがそれも燃料に乏しく、最大稼働時間は72時間。

 つまり3日以内に成果を出さなくてはいけない。

 加えて高出力有機エネルギー分子体によるアンチ放射能が機能しないのが郊外である。

 放射能が人の身体を蝕むのは周知の事実だろう。

 磁気嵐までも引き起こす放射能の中では、通常無線は通じない。

 さらに状況を悪化させた原因がある。

 巻き上げられた大量の粉じんである。

 これが星座を覆い隠し、方位角を見失う要因となる。

 粉じんは人体にも影響があるため、宇宙服のような特別なスーツを着込むことになる。


「俺にできるかな?」

「やるしかないでしょ? この子たちのために」

 枢木くるるぎは苦悩の陰を見せることなく、妻子に笑みを向ける。

 これから赴くは街の外。

 なんの保証もない人類のゴミ。

 掃き溜めのような世界だ。

 赤い月は下卑た笑みを浮かべたかのように暗闇の空に漂っていた。

「行ってくるよ」

 愛しき妻に別れのキスをし、抱き寄せる。

「パパ」

 ねだる子どもの頬にもキスをし、踵を返す。



 酒を片手にさきイカをクチャクチャと食べる青木あおきは鋭い目つきで有線端末の画面を睨みつける。

「はっ! 今さらオレを呼ぶのかよ」

 酒、たばこ、ギャンブル、そして女。

 この世の欲望に忠実な青木はダンッと机を叩き立ち上がる。

「風がオレを呼んでいる」

 まるで昔の海防隊のようなセーラー服を自己流に改造したものを着ている。

 いかつい顔でどれだけ損をしてきたのか、その太い腕に刻み込まれていた。

 制作していた腕時計を机に置くと、青木は荷物をまとめる。

 ようやく自分を認めさせる時がきたのだ。

 断る理由はない。

 そもそも断れもしないが。


「いやだ。いやだ! ぼくはここでパソコンと、共に死ぬんだ」

 駄々をこねるまだ十歳の少年は涙目になりながら、椅子にしがみつく。

「そんなことを言っても……政府からの勅命よ?」

 ママは言うと困ったようにため息を吐く。

 引きこもりでろくに学校にも行っていない身になんとう不幸が舞い込んできたのか。

 能力といえばパソコンをいじったり、ハッキングくらいだ。

 どうしてぼくが選ばれたのか、これっぽっちも分からない。

 こんな社会不適合者が世間に出ればきっと揶揄される。

 後ろから包丁で刺される。

 まだ死にたくない。

 それに今回のプロジェクトは死ぬ確率92%じゃないか。

 そんなの不可能ミッションだよ。

 ……って言えたら良かったのだけど。

「では。息子さんをお預かりします」

「まって! 母さん」

 黒塗りのワンボックスカーの窓に閉ざされ最後の言葉は届かなかった。

 車がギシッと音を立てると、後方でママは泣き崩れていた。

「大好きだよ」

 嘘も偽りもない、純粋な思いは駆動モーターの軋みと綯い交ぜになる。

 ここまでしてぼくを狙う理由はなんだろう?

 きっと正面に向き直る。

 黒服の男を睨みつける。

「……」

 でも言葉はでない。

 だってコミュ障だもの。



 矢貝やがいは頭を抱えていた。

「やってしまった……」

 また別の女と寝てしまったのだ。

 酒の勢いも手伝いあっという間だった。

 散々離婚調停で精神的苦痛による賠償金を突きつけられたあとだ。

 女を起こさずに立ち去るしかない。

 そっとベッドから起き上がると、携帯端末が激しい音を鳴らす。

 昨夜、居酒屋で知っただけの女でも起きれば何を言い出すか分かったものではない。

 また裁判沙汰になれば、借金は膨らむ。

 サーッと血の気が引いていく。

 女は都合よく起きない、そう思った矢先。

「矢貝さん、どうしたの?」

「あ、いや……」

 今は独り身だが、夫婦円満の秘訣なんてものから程遠いおれだ。

 明日のことすら分からない。

「出ないの?」

 女に言われて、この惨状を引き起こした当人に視線を向ける。

 この携帯端末さえなければおれはいそいそと逃げおおせていたというのに。

 殴りつけたくなる拳を押し留める通話をオンにする。

 懸賞金の出る政府運営のプロジェクト。

 事の重大さよりもそこに着目した。

 おれはやっと開放される。

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