人助けをしながら長い人生を生きます〜死にたがりの俺を冒険者にしたのは昔助けた妖狐の女の子?〜
せにな
第1話 すみませーん!この子の冒険者を探していますー!
――視界いっぱいに真っ赤な血しぶきが広がった。
怖いはずなのに、今すぐにでも逃げ出したいはずなのに、ただ呆然とその光景に見惚れる。
「よしっ!」
華麗に白銀の剣から血しぶきを振り落とした好青年は、笑顔を浮かべながら腰に手を添えた。
月明かりだけが頼りになる、真っ暗な森の中。地面に落ちた血が赤黒く輝き……そして、胴体を真っ二つにされた巨大なサラマンダーの肉を照らしている。
絶望の淵に立たされていた私に、剣を納めた好青年がクルッと体を回して手を差し伸べた。
「大丈夫?怪我はない?」
まるで、大した相手じゃないと言わんばかりに、ニカッとはにかむ笑顔。
そんな好青年に若干戸惑いながらも、小さく頷いて手を握った。
「大丈夫です……ありがとう、ございます……」
好青年に釣られるように、恐怖に怯えていた私の口角が上がる。
きっと、この時からだと思う。
私が、一生この人の背中を追いかけようと思ったのは。
「すみませーん!この冒険者を探していますー!心当たりのある人はいませんかー!!」
一枚の薄汚れた紙を片手に、とにかく声を張り上げる。
サラマンダーに追い詰められてから早5年。
冒険者だった私は、あの助けてくれた好青年を探すために、『新聞記者』となった。
本当は冒険者として探したかったけれど、色々とあって今は新聞記者として色んな街を走り回っている。
「あ!すみません!この冒険者を探しているんですけど、心当たりありませんか!」
目が合い、かと思えば途端に逸らしてくる頭巾を被った女性にかぶりつく。
逃さないように顔を近づけ、自分なりに頑張って描いた絵を指差す。
「……その絵、本当に人……?」
眉間にシワを寄せながら告げてくるけど、これはれっきとした人間。
確かにちょっと歪だけど……それでも”特徴”は掴めているはず!
「もちろん人です!”黒い髪と青い瞳”を見れば自ずと分かるはずです!」
この国には珍しい黒い髪を纏い、一目見るだけでも吸い込まれそうになる綺羅びやかに輝く青い瞳。
それが、私の命の恩人の特徴であり、唯一私が分かっていること。
「黒い髪……?青い目……?」
先ほどまでの疑問を抱くシワでもなければ、関わりたくないと言わんばかりの瞳でもない、また別の何かが女性の目に浮かぶ。
「その反応!もしかして知ってるんですね!」
「知らないことはないんだけど……それ、”本気で探してるの”?」
「もちろん本気です!それよりも情報をください!取材料……はそのうち払います!」
「”小さな子供”からお金をもらうほど私も腐ってないのよ。けど――」
小さくため息を吐いた女性は、顔から感情を消した。
「――よし!まずは大きな一歩!」
他にも色んな情報をメモ帳に書き写した私は、女性と別れて再度声を張り上げる。
背後にある噴水の音なんかにも負けることなく、一心に命の恩人……一生ついていくと誓った人を探す。
「あ!すみません!」
私のことを見ながらコソコソと話していた男性2人にかぶりつく。
ギョッと目を開かれたけど、お構いなしに特徴を掴んだ絵を指差す。
「この冒険者を探しています!黒色の髪と青色の瞳が特徴的な人間です!ここに描かれた絵のように!」
「……それ、本当に人間か?魔物じゃね……?」
「でも冒険者ってことは人間……いや、亜人種……?」
耳を疑うような発言が2方から聞こえてくるけど、この絵にあるのはれっきとした人間。
確かに、両目の形は歪で、確かに顔も長過ぎるかもしれない。
……でも!しっかりと特徴は掴んでいる……はず!
「れっきとした人間です!もしなにか情報がありましたら教えてほしいです!」
胸ポケットから魔法ペンとメモ帳を取り出し、フンスと鼻を鳴らして身構える。
「……まぁ、黒髪の男は知ってるけど、そいつが青目かどうかは知らねぇぞ?」
「俺も黒髪の男が居るのは知ってる。けどそれ以上のことはなにも」
「それでも大丈夫です!『どこどこで見た』『この人から聞いた』を教えてくだされば大丈夫です!」
「別にいいんだけど、その人を探すのか……」
「うん、言いたいことは分かる。俺も同じこと思ってる」
お互いの顔を見つめ合う男性たちは、ひとつ頷き合った。
「――この街に来てほんっとうによかった!」
力強く拳を握る私は、草が茂った道なのか道じゃないのか分からない森の中を歩いていく。
もとより、私が住むのはずっと遠くの王都。
この街も随分と発展しているけれど、それ以上に活気がある場所に、私の本拠地がある。
王都でもチョロチョロっと黒髪の男性を見かけることはあったけれど、青い瞳を持つ人は誰一人も居らず、青い瞳を持つ男性の情報を聞いても、黒い髪の人はいない。
5年もの年月、色んなところを旅してやっとこの街にたどり着いた。
正直、1回王都に帰ろうかなとも思った。けど、こういう辺鄙な場所にこそ、そういう情報が眠っている!
って私の上司が言ってた!
「……けど、この森はちょっと魔物が多すぎるかも……?」
視界には一匹の魔物もいないけれど、それはこの道があるからであって、少しでも道を外せばすぐに対峙してしまう。
きっと、この道なのか道じゃないのかも分からない通りは、この街の住人が口を揃えて言う『黒髪の男性』が作り出したものなのだろう。
結局、青い瞳を知っていたのは最初の頭巾の女性だけ。
それ以降の人たちは青い目のことを知らなければ、首を横に振るだけ。
だから正直、期待は薄れている。
「そ、それでも!情報提供の量で言えば、この街が1番!」
再度握りこぶしを作った私は、ズレたモコモコ帽子を被り直しながら自分に言い聞かせる。
そうして、とある開けた場所にたどり着いた。
これと言った建造物もなければ、木の実のひとつもない場所。
周りにはうじゃうじゃと魔物が居るのに、ぽっかりと穴が空いたようにここには何もなかった。
――ガサガサッ
「……っ!」
慌てて背後を見やる。
腰に差してある短剣を握り、身構えながら恐る恐る生い茂った草木に近づいていく。
「で、出てきなさい……。ど、どうせ魔物……なんでしょ……!」
この森にどんな魔物が居るのかは知らない。
冒険者ギルドはあったけど、立ち寄ることはなかったから。
「こ、ここでしょ……!」
腰から抜き取った短剣を勢いよく横一線に振る。
そして現れる魔力で可視化された斬撃。
一瞬で辺り一面の雑草を蹴散らすけれど、魔物の正体のひとつもなければ、動物の一匹もいなかった。
「……もしかして風で揺れただけ……?た、確かに私の探知には引っかからなかったし……」
警戒心はそのままに、腰に短剣を戻した私はもう一度、ズレた帽子を直す。
正直に言えば、正体が分からずに先に進むのは怖い。
けれど、確証は薄いけれど!もしかしたらこの先に私の命の恩人がいる。
「そ、そこまで行けば安全……だよね……?違うかったとしても、ここに住んでるんだから
自分に言い聞かせながら、とにかく足を進める。
できるだけ魔物がいない場所を徹底的に探し、人が住みやすそうな広場を探しながら。
「――はぁ……はぁ……。安全な……場所に行けば……!強者が……!」
あれから数時間が経った。
空の色もオレンジ色になり、あの光が落ちれば魔物も活性化する。
今すぐにでもこの森を出るべきなんだけど、
「迷子に……なった……!」
ドロっとした唾液を喉に通しながら、魔物が近くに居ないのをいいことに切り株に腰を落とす。
一心になって歩き回りすぎてしまった。
作られたであろう道も見失い、失ったことにも気付かないまま魔物が居ない方へと歩き続けた結果が、これ。
自分の失態を責め立てたいところだけれど、今は真っ先に安全な道を探し出して、この森から抜け出すこと……!
体に残った微小の体力を振り絞り、ままならない足取りで、沈む太陽の方向へと歩く。
一応魔物が近くに居ないことを確認しながら。
「……あぇ?ここ、もしかして……かなりまずい場所……?」
探知に集中しすぎたからだろう。
ふと顔を上げてみれば、木に空を覆われた薄暗い場所に辿り着いていた。辺りを見渡せば、まるで私を蔑むように笑う樹皮。
逃さないように囲む大きな枝は紫色に削げ落ち、陽の光を通さない分厚い葉っぱが恐怖を煽るように唸る。
とにかく魔物が居ない道を選んだ結果に辿り着いた場所なのだけれど、雰囲気は魔物に囲まれてもおかしくない所。
「で、でも探知にはなんの魔物も居ないし……」
『魔物が居ない』
それだけを頼りに、全身に寒気を纏いながら気味の悪い道なき道を歩く。
「……もしかしてここ、さらにまずい場所……?」
ふと辿り着いたのは、言葉にならない寒気が漂う太い木が生い茂った場所。
夜になったのかと疑問を抱いてしまうほどに薄暗く、陽の光をひとつも通していない。
「……」
昼間までの意気揚々とした元気はそこにはなく、ぽつんと残るのは恐怖。
冷たい肌に反し、胸に込み上げる熱い感情。
私はこの感情を知っている。
なんたって、5年前。サラマンダーに襲われたときにも同じものを”流した”のだから。
「い、言われたじゃん私……!『冒険者なんだからもう泣くな』って……!『強くなりたいのなら勇気を振り絞れ』って……!!」
助けられてから数分後、私は泣き出してしまった。
その時に、おんぶをされながらかけられた言葉を鮮明に思い出す。
今ここで思い出してしまったのがダメだったのだと思う。
目元に溜まる熱い何かが、不意に零れ落ちて――
「うぅ……」
太い木から顔を覗かせた時だった。
突然聞こえるうめき声に慌てて辺りを見渡すけれど、その必要すらなかった。
「――え、」
涙の代わりにポツリと溢れる唖然の声。
今、私の視界いっぱいに広がるのは、小柄な私が横たわっても収まりきるほどの大きな切り株に……倒れる男性。
そして、その男性の背中には、いくつもの剣が刺さっていた。
辺り一面に広がるのは、血がこびりついた土。
切り株の表面には、進行形で垂れる真っ赤な血の塊。
背中に突き刺されている剣は、しっかりと根元まで。
その数はざっと数えるだけでも数十本。
「うっ……」
あまりの衝撃に嗅覚を失っていたのか、突然鼻に襲いかかるのは地獄から這い上がってきたような臭い。
流れる血に反し、そこら中に飛び散る血が腐っていたのだ。
思わず鼻を抑えてしまう私だけれど――
「はぁ……。なんだよこの体……」
――目の前の男性が体を上げた。
切り株に突き刺さった剣が傷口を抉っているというのに。まだ血が垂れているというのに。
何食わぬ顔で……!
「――ヒャッ」
その瞬間、全ての呼吸とともに、私の記憶が途絶えた。
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