第38話 手紙

 スーツ姿の秋山が手土産片手に一本道をひとり歩く。向かう先はかつて『我が家ホーム』と呼んでいた軍の施設。平和となった現在、秋山の所属していた特殊部隊は解体され、彼らの過ごした施設は民間に払い下げられていた。現在は個人の所有となっている。


「先輩、いますかー?」


「おう、なんだ秋山か」


 奥から出てきたのはツナギ姿の玄武だった。


はないでしょ。せっかくいい酒持ってきたっていうのに。やっぱこのまま帰りますかね」


「い、いや、分かってるって。毎年この日は俺も楽しみにしてんだ。よく来ておいでいただきました。秋山殿!」


「それもなんだか気持ち悪いっす。やめてくださいよ、先輩の真似して俺も軍を辞めたんですから……、


「そうなのか?」


「ええ、今は大学で教えています」


「へえ? 知らねえうちに先生さまかよ。世の中わかんねえもんだな」


「俺の場合、いわゆる有名人枠っすね。あの戦いの後、英雄に祭り上げられてしまいましたから。ねえ、先輩」


「うっ、は仕方ない。悪いのは大島さんだ、俺は悪くねえ」


「やってもいないことでヒーロー扱いって……。お国の指示とはいえ誤魔化ごまかすの大変だったんですよ」


「おおっ、それは毎年この時期にお前に聞かされてるからな。十分理解しているつもりではある……。それにアメリカさんのためでもあったし、しょうがねえって」


「あの後、アメリカの復興に貢献したジャニスさんがのはいいとして、その逸話いつわ作りに俺も巻き込まれるなんて。ああ、思い出したくもないっす。最近はもうそんな話題にもならなくなったんで、まだマシっすけどね」


「でも、先輩のところにも取材とか、今でもまだくるでしょ?」


「俺か? そんなの全部お断りに決まってんだろ」


「そうっすね。大統領のお誘いすら蹴飛けとばしてしまうんでした。そりゃ、マスコミなんて相手にしないか」


「俺はもう、は作らねえって決めたんだ。結局、ジャニスも軍人気質が抜けてねえからな。どう利用されるか分かったもんじゃねえ」


「いや、あの人はそんなこと考えないでしょ」


「お前は女の怖さが分かってねえよ」


「そういえば、民間に移った美咲さんの研究が次のノーベル賞候補になってるってうわさですよ。いま、大学にいるんでそんな情報はよく入ってきますね」


「ふっ、何言ってやがる。先にノーベル賞を取るのは俺だっていってんだろうが」


「いや、こんな町の個人発明家みたいなことしてたら……。それはちょっと難しいんじゃないかって俺でも思いますけど……。《《》》を公開すればいけるんじゃないですか?」


「はあ? なんで紅葉もみじたちの技術を……。俺は俺で独自の道を進むんだよ」


「でも、に手伝ってもらってるじゃないですか? なあ、キュイ?」


「キュイ!」


 奥にいた箱型ロボットが秋山の声に反応して顔を出した。


「いや、こいつは。俺はズルなんてしてねえ。まあ、いまだにこいつが何言ってんのか分かんねえけどな。だが、あの子だったら……」


「そうですね、かえでなら……」


「おい! 天気のいいうちに行くぞ、花見!」


 気まずい空気になりそうなところで、玄武が声を上げた。


「あっ、はい! キュイも行くか?」


「キュイ!」



 玄武とかなりの量の酒を飲んだはずの秋山は、泊まっていけという誘いを断り、復旧して間もない新幹線に乗り名古屋に向かっていた。窓から見える風景には先の大戦からの破壊跡もいまだに多く見られるが、国土全体への移動が可能となった現在、人さえ動くことができるならその復興はゆっくりであっても進むだろうと秋山には思えていた。


「メール?」


 酔いざましにペットボトルの水を一気に飲み干すと、座席テーブルに置いていた端末にメールの受信通知があるのに気づいた。その端末は仕事などから離れて使っているプライベートなもので、そのアドレスや番号を知るものは限られている。


棚橋たなはしか。他の連中も明日集まると。みんなそんなひまでもないだろうに。も毎年恒例になってきたな」


 秋山の名古屋通いは毎週のことであったが、年に一度あの名古屋での戦いの決着がついた日、毎年のように部隊のメンバーが集まるようになっていた。現在軍に残っているのは真田と黒田の女性陣二人。棚橋は見た目通りロックバンドを組んで、そこそこ売れていたりする。綾小路はネットの動画配信者としてマニア好みのオカルトネタを駆使して、これもそこそこその界隈では有名人になっているようだった。


「もう三年……。いや、まだ三年しか経っていないといったほうがいいのか」


 秋山が列車を降りると真新しいホームに迎えられる。路線の復旧は全国的に進んではいるが、実際に開通したの昨年の春。それまでは舗装も間に合っていない旧道に車を走らせ、休日の度に秋山は名古屋に通っていた。


 新築の巨大な駅を出た秋山は裏道に入る。治安はそれほど良くはないと言われるところだが安い宿が多い。もちろん高級ホテルに滞在するだけの余裕はあるのだが、そこは雰囲気的に秋山にとっては落ち着ける場所であった。彼の行きつけの老人が経営する宿の扉をくぐった。


「爺さん、来たぜ」


「秋山さん、いらっしゃい。いつもの部屋は空いておるよ」


 基本、予約なしに泊まれるようなさびれた宿だったが、秋山同様ここを気に入っている常連たちもいるようだった。特になにも旅行の荷物など持たない秋山は、部屋の鍵を受け取ると慣れた感じでいつもの二階の部屋へ向かおうとする。


「ああ、秋山さんに手紙がとどいておったわ。いかんいかん、忘れるところだった」


 老人は古びたカウンターの下から封書を取り出すと秋山に渡す。


「俺に? どうして俺がここに泊まることを……。誰だ?」


 この宿のことを秋山は誰にも話したことはなかった。部隊のメンバーには自分が毎週名古屋に通っていることを隠すために高級ホテルに滞在していることにして、この場所のことは教えたことはなかった。


 封書の表にはこの宿の住所と秋山の名前が、上手くはない文字で書かれていた。裏を見た秋山は一瞬固まる。


「この名前は、あのなのか?」


 そこにはカタカナで、レンブラントという縦書きのまっすぐではない文字が小さく書かれていた。急いで部屋に入った秋山は封を開けて中身を確認する。中には小さな一枚の紙がはいっていた。


――きっとあしたはよいことがあるとおもいますよ――


 そこには、これも上手くはないひらがなだけで書かれた、たった一行の文字があるのみだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る