終末世界の片隅にその花は咲いていた

卯月二一

第1話 10(イチゼロ)

 20XX年人類は存亡をかけたおそらくこれが最後の戦いに突入していた。敵は同じ人間ではなく機械。そんなものは空想であると、薄々誰もが気づいていながら放置し、その利益を享受きょうじゅしてきた結果がこの状況である。各国の主要都市は既に人工知能の支配下にあり、政治、軍事、経済は麻痺まひ状態。抗戦するのは地方で自然発生的に生まれたレジスタンス。アナログ通信、人力じんりきでの伝達を駆使くしし、かろうじて戦えているという状態である。


 瓦礫がれきしたビル。コンクリートの壁に背中を預け、身をひそめる二人の武装した男たち。軍用ドローンがぐそばを通過していくのを見届けると、二人ともホッとした顔になる。


「美しい『花』がある、『花』の美しさという様なものはない」


「先輩。なんすか、それ?」


「なんでも昔の偉い人の言葉らしい。がそう言ってたな」


「ああ、前の伍長ごちょう……。あの人、学者先生でしたっけ」


「そうだな。がくがあるからってリーダーにされちまったが、こういうのは向いてなかったな」


「そうっすね……」


「あの道の端に見えるだろ、


 親子ほどの年の差がある年長の男の方がそう言って、手を伸ばし指差す。


「タンポポっすか。久しぶりに見た気がしますね。戦いが始まったのが冬でしたもんね。最近少し暖かくなってきたし、それで咲いたんですかね。少なくとも桜の咲く時期までは俺、生きてたいっす」


「そうだな」


「で、どういう意味っすか、さっきの?」


「知らん」


「えっ? 何か含蓄がんちくのあるがたいお話をさまから聞けると思ったのに」


 彼らは五人で班を作り戦闘に出ていたが、既に三人、軍用ドローンの餌食になりこの二人だけが残っている。


「何か伝統芸能の『のう』がどうとか言ってたが、そんときは興味なかったんでちゃんと聞いてなかったな。今は少し後悔こうかいしてる。『花』はあの花のことじゃないらしいんだが、それは別にいいっていってたか……。意味が正確に分かるのは難しいってことだけは、俺にも分かったけどな」


「それって、全然分かってないんじゃ……」


「まあ、そうとも言うな」


「もう先輩……」


 あきれた顔をする若者に笑顔になる新伍長。


「いや、俺達が戦ってるあいつらに、あのタンポポの美しさが分かるんだろうかって思ってな」


「ああ、どうなんすかね。戦争前は俺達人間とまったく変わんない会話もできてたし、AIチャットで恋に落ちた奴がいたとかいないとか」


「あの頃は俺達のことを何でも理解しているように見えたしな。それに文句も言わずに俺達の我儘わがままにも完璧に付き合ってくれてたからな」


「どうしてそれがこんなことに……」


「先生が言うには連中は『0』と『1』で理解するんだとさ。もともとは人間が書いたして0と1のにするんだ」


とかとかとか、分かんねえっすよ」


「そうか。なら、これってどう読む?」


 男は若者の前に落ちていた小枝で『10』と土がき出しになっている地面に書く。


「十っすね」


「で、やつらにとっては俺達の『2』だな。いちおうこの10はって読む」


「むむむっ……」


「ちなみに俺達がふつうに指を折って数えたら片手で5、両手で10までしか数えられんが、あいつらの2進数を使うと片手で31、両手なら1023まで数えられる。指が十本だから2の10乗は1024。0から始まるとして1を引いた1023通りだな」


「むむむっ……。まったく分かんないっす。でも、あいつらが俺の分かんないこと考えてるってことは分かったっす」


「それでいいんじゃないか。さっき通過したドローンもタンポポがあるのは認識したかもしれんが、それから何かを感じたかは分からんな」


「ああ……」


 男はあたりをうかがうと立ち上がった。


「さあ、行くぞ。春になってもタンポポや桜の美しさの分かんねえ連中にこの世界はやれねえからな!」


「う、うっす!」


 若者もあわてて立ち上がると、先に歩き始めた男のあとを追った。

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