10カウント(単位不明)
珠邑ミト
第1話
「いいかい? アキホ。それじゃあ、目を閉じて十数えるんだ」
その狭い一室の中。Kの通訳越しに伝えられた彼のお父さんの言葉に従い、私は目を閉じました。ソファの中に沈みこむような感触とともに、全身に広がる熱と、ふわりと浮きあがるような心地を覚えました。
十を数えてから目を開けるように指示されて、私は立ち上がりました。
目を開けると、足元には、砕かれたガラスの破片が敷き詰められていました。
「さあ、その上を歩いてみるんだ」
――このガラスの上を?
そう言われて、ためらわない人間があるでしょうか? さらに、その時の私は裸足だったのです。
あなたならば、この言葉に素直に従いましたか?
学生のころ、交換留学の制度を利用して韓国へ渡っていた時期がありました。
そこで学んだことは多く、今でも私の豊かな財産として、その経験は蓄積されています。
未だ冷え込みの厳しい半島の三月。私は地方の私立大学に設立されている
その語学院で出会ったのがKでした。
Kは、カザフスタンから来た少年でした。少年、と言っても当時の私の一歳下でしたので、十八歳でしたから青年と言ったほうが親切だったかも知れません。
カザフスタンは中央アジアにある国ですので、カザフスタン人はもちろん日本人とも変わりない容姿をしています。ですがKは白人でした。カザフスタンからきた留学生でしたが、国籍はベラルーシで、そもそもの先祖はポーランドの大貴族だったそうです。ネットで調べれば、情報は少ないながらも「ああこれか」というものに行き当たることができました。
では、彼はなぜベラルーシではなく、カザフスタンから渡韓してきたのか。
ウクライナの有するチェルノブイリ原発の事故は有名ですが、それで飛散した放射能が多く広がったのは、当のウクライナではなく隣国のベラルーシの方でした。Kの父であるGはベラルーシの軍人で、その後始末にかり出されたそうです。そうして身体を悪くして、退役したのだそうです。
後、Kの両親は離婚。父親のGはカザフスタンへ移住し、Kはしばらく母親とベラルーシで暮らしていたそうですが、母親が再婚するというので、Gと暮らすためにカザフスタンへ移住したのだそうです。そののち、Gもまた再婚することになったわけですが、そこで再びKが住居を移るということはしなかったあたり、男の子の女親に対する感情というものは複雑なのかも知れないなと思ったものでした。
彼は年下でしたが、優秀でしたので、大学にも飛び級で進学していました。専攻していたのは経済学でした。
それらのことを知ったのは、入学してから間もなく、彼と私がお付き合いをはじめたからです。
彼は優秀な上に、とてつもなく美しい顔をしていました。誰に似ているかと言えば、某国の大統領の若いころに生き写しと言っていいくらいでした。ただ、惜しむらくは身長が低かったのです。彼は自分の顔が美しいことは理解していましたので、身長さえあればモテていたはずだと笑っていました。
彼に欠点があったとしたら、その身長の件と、壊滅的な音痴だったことくらいです。
さて、そうして私たちは一年間の留学期間を終えて、各々の国へ帰国したわけですが、翌年の夏、私はカザフスタンへと渡りました。
夏季休暇を利用しての、一月弱の滞在でした。
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