第6話

チーズインハンバーグが二口で消えた。カレーライスはおかわりをした。キャロットジュースは二杯めだ。サラダを豪快にホークで刺すと、がぶりと食べる。その後はオムライスを箸で器用に持って食べ、ステーキをナイフで切り、メロンソーダのアイスを食べた。


「……すごい食べっぷり……」

燁子の隣の女性はかなり引いていた。

それもそのはず、机の上にはこの店のメニューを制覇しそうな勢いで食べ物が置かれているのだ。


コーンスープに茶碗蒸し、ポテトフライにオニオンスープ、唐揚げにコロッケ。サイドメニューも充実している。

周りの客からの視線がすごい。

それもそのはず。


「……それで、なんでしたっけ」

一旦箸とスプーンとホークとナイフを置いてソプラノの声を発したのは、線の細い少女、黒田小夜だったのである。


「ええと、まだ食べますか……?」

ちらりと陰陽師が見た方には、かなり長い領収書がある。


「はい。後はデザートをと。パフェとクレープとプリンと白玉ぜんざいを」

「そ、そうですか……」


女性の声が引き攣っている。

それもそのはず。

これらの料理の代金を払うのは、この女性だからである。


あの後、すぐに陰陽師と退魔師がやってきた。燁子が飛ばした信号弾は、陰陽師、退魔師両方に助けを求めるものだった。


燁子の霊力を感知しすっ飛んできた異能者達が見たのは、木の皮を齧ろうとする小夜と、それを必死で止める燁子の姿だった。


人の姿を認めた燁子は必死の形相で言った。

「近くのファミレスまで連れて行ってください」と。


結果、こうなった。

燁子は小夜がむしゃむしゃぱくぱくと料理を食べている間にことの次第を説明した。


小夜は霊力の使いすぎで重度の空腹に陥ってしまったのだ。

霊力には限りがある。当然、使い続ければ枯渇する。先ほど小夜が使った術はとても高度で、消費霊力が半端ではなかったはずだ。


小夜の飢餓状態の原因が陰陽師や退魔師が祓い損ねたあやかしとあっては、小夜の食事代を出すのは当然の流れだといって同行してくれた女性陰陽師は支払いを請け負ってくれた。

まさかここまで食べるとは思っていなかったのだろう。


「安曇さん、でしたっけ」

若干気まずい空気の中で口を開ける小夜は度胸があると思う。


「多分、わたしの力について聞きたいんですよね?」

「はい。陰陽師としては、小夜さんの術は見逃せないものですから」


金額の衝撃からいくらか立ち直った女性ー安曇がハキハキと言った。


安曇は燁子と知り合いの陰陽師で、珍しい女性陰陽師である。封印の術を得意とし、先日の巨牛討伐の際も術師の一人として参加していた。


やってきた数多くの陰陽師や退魔師の中で彼女の同行を燁子が求めたのは、小夜の術の相談ができ、かつ、小夜にも気遣ってくれる気配り屋な性格をしているからだ。


「差し支えなければこちらの質問にお答えいただけますか?」

「もちろん、奢ってもらってますから」


今度は安曇は顔を引き攣らせることはなかった。


こうしてファミレスでの小夜への質問大会が始まった。


「小夜さんは、式神使いでよろしいんですよね?」

「まぁ、饕餮を式神と呼ぶのなら、そうだと思います」

味噌汁を啜ってから小夜は答える。


「小夜さんは、饕餮を呼び出せるのですね?」

「饕餮だけじゃく、渾敦こんとん窮奇きゅうき檮机とうこつも呼び出せますよ」


小夜はなんてことないように言うが、かなりすごいことである。式神の術は消費霊力が高い術であるため、大抵一体の式神しか召喚できない。それを四体もとは、末恐ろしい才能である。


「呼び出せるのは、一体ずつですか?」

「はい」

「いつから四凶を呼び出せるようになったのですか?」

「初めて呼び出したのは渾敦で、七歳ぐらいの時ですね。タチの悪いあやかしに襲われて、無我夢中で呼び出して。その後三日三晩寝込みました」


「そ、それ、めちゃくちゃお腹すいた上で……?」

恐ろしくなった燁子はつい口を挟んでしまった。


「はい。食べても吐いてしまって。後にも先にも、あれだけ苦しんだことはないですね」

「うわぁ……」


燁子は想像しただけで苦しくなってきた。

霊力枯渇の飢えと体調不良は燁子にも覚えがある。霊力の枯渇を癒すのはただ一つ、食事のみだ。それができないとなるとどれほど辛いか。


「そないな苦しかったのにまた召喚したん?」

「そりゃあ、燁子を置いていけるわけがないでしょう」

「ありがとう、助けてくれて」


心の底から燁子は言った。

小夜は面食らった様な顔をしたが、それはすぐにあの花開く様な微笑に変化した。


「あ、遮ってしまってごめんなさい。どうぞ、続けて」

「はい。では、他の三体はいつ?」

すぐに真顔に戻った小夜は口を開いた。少し勿体無いなと燁子は思った。


「二回目は妹の風船が木に引っかかって取れなくなってしまったときです。木に登って撮ってあげられたらよかったんですけど、わたし絶望的に体が硬くて、足が上がらなくて。怪我するからやめてって、妹に言われてしまって。情けなく思っていたら、声がしたんです。『我を召喚しないか』と。それで言われた通り召喚したら、窮奇が出てきて風船を撮ってくれたんです」


色々といいたいことはあるが、どこから言えばいいか分からないと言った風情で安曇は眉間を押さえた。心中お察しする。


「ええと……霊力消費は?」

「窮奇は渾敦より霊力をかけずに呼び出せるんです。そのあとすごくお腹空いたのは同じですが、体調不良はそこまでで」

「そ、そうですか。それはよかったです」


「檮机のときは私の家に地上げ屋が来まして」


いきなり話が物騒になった。


「ぶっ飛ばしたいなと思ったら檮机が話しかけてきて。召喚したらぶっ飛ばしてくれました」


真顔で淡々と語る小夜は少し怖かった。


あと気軽に召喚出来過ぎじゃないか四凶。


「最後の饕餮は、渾敦の時と同じであやかしに襲われて召喚しました。饕餮は召喚する前からしょっちゅう話かけられていましたので、そこまで躊躇いはしなかったです」

「そ、そうですか……」


安曇は戸惑っているようだ。


なにせ、小夜の話を総合したら「困った時に声が聞こえて四凶を召喚できた」なのである。なんで四凶の声が聞けたのか。それか分からないことには小夜の力の正体は分からない。

小夜の力は異常だ。


「あ、そういえばあんた、用事あるって言うてなかった?!」

燁子は唐突に思い出して叫んだ。外はすでに夕日で眩しくなっている。明らかに間に合わない時間帯だ。


小夜は一言。

「忘れてた」

「おい!」

思わず突っ込んでしまった。


「え、まずいじゃないですか!」


事態を把握した安曇も慌てる。


「ええと連絡、この近くの公衆電話……」

「お金持ってない」

「小銭すらも?!」


安曇が慌てて財布を取り出した時だった。


「内海さん、大丈夫かい?」


一人の初老の女性が話しかけてきた。柔和な顔立ちの、柔らかい雰囲気の女性だ。


「寮母はん!」


燁子は叫んだ。

この女性は退魔師学校の学生寮に勤めている寮母だった。


「私が呼んだんです。すみません、こちらの不手際で生徒さんを巻き込んでしまって」

「いや、あんたは悪くないだろう?今後同じようなことがないように努めてくれよ」


大人二人が話している横で小夜が顔を寄せてきた。


「燁子の学校の寮母さん?」

「うん。私は退魔師を育成する退魔師学校に通う事になっとるんや」


てっきりもう退魔師として働いているのに学校に通っていることを突っ込まれるかと身構えたが、何故か小夜は真顔で黙りこくった。


内心燁子が首を傾げていると、小夜を見た寮母が言った。


「ありゃあ、小夜ちゃんじゃない。どうしてここにいるの?まさか、巻き込まれた少女って」


「……すみません、約束の時間遅れてしまって」


「ええと、どう言うことですか?」


安曇が困惑顔で言った。


「ほら、黒田小夜ちゃん。今年の退魔師学校の入学者て、学生寮の入居者」


「ええっ!つまり私の同室の生徒って……」

「小夜ちゃんだね」


燁子はおそるおそる小夜を見た。


「もうこれは運命ですね、燁子」

「……あんた、一般人だって、言うてなかったけ?」

「まだ入学してないから、一般人で……」

「変な理屈捏ねるな!」


声が大きくなった燁子にファミレスの客の視線が突き刺さる。慌てて声量を抑えて言った。


「用事って、退魔師学校に行くことやったのね?」

「まぁ、はい」


平然と答える小夜と違い、燁子はどっと疲れを感じた。


「陰陽師さん、事情聴取が終わったら、二人とも帰らせていいですよね」

「はい、勿論」


安曇は頷いた。恐らく、小夜の力については小夜自身も把握していない。これ以上話を聞いても無駄骨だと感じていた。




かくして、狐憑きの少女は式神使いの少女と巡り会ったのである。

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