待宵の森
konomi
第1章:魔法と少年
第1話:小鳥と少年
煌々とした太陽が、青々とした木々を照り付ける。白い光がまっすぐに窓から差し込んでいる。
12歳の少年アイリスは、ひとり自分の部屋で本を読んでいた。猫が営む料理店に、次から次へと悩みを抱えた動物たちがやってきてトラブルが起き、猫の店主が解決する話。
少し開けた窓からは心地よい風が吹き込み、銀色の髪をサラサラと揺らす。
母リオラ:
「アイリス。部屋にこもってばかりいないで、たまには外で遊んできなさい。天気もいいし、気持ちいいわよ」
アイリスは母の声のする方に目を遣り、本をぱたんと閉じると、ゆっくりと立ち上がった。木製の廊下がぎしぎしと音を立てる。台所では母が畑で採れたイモを洗っていた。
アイリス:
「いってきます」
リオラ:
「いってらっしゃい。陽が暮れるまでには帰ってきてね」
アイリスは母の方を見て静かに笑い、こくんと一度だけ頷いて扉を開けた。太陽の日差しが眩しい。
ぽつりぽつりと木製の住居が立ち並ぶこのホロロカ村は、山間のちいさな村だ。村人たちはみな、森に入り狩りをしたり、畑を耕して野菜を育てたりして暮らしている。時折、大きな街から商人がやってきて、高価な薬や珍しい香辛料を村に持ち込む。村人たちはそれを心待ちにしていた。
村の畦道をトボトボと歩く。同年代の少年たちが、「アイリス遊ぼうぜ」と声を掛けてくる。「だめだよ、コイツ足遅いじゃん」そう言って、ケラケラと楽しそうな笑い声をあげながら走り去っていった。アイリスは少年たちの背中を無言のまま見送る。
別に少年たちと一緒に遊ぶのが嫌いなわけではなかった。ただ、ひとりで本を読む方が性に合っているだけだ。
村と森の境界あたりに、アイリスのお気に入りの場所があった。そこは小高い丘になっていて、開けた草原が広がる中に一本、大きな木が立っている。暑いこの季節は深い緑色をした草が力強く一面を覆っている。
アイリスは木の幹に背中を預けて座り、家から持ってきた本を開いて続きを読んだ。こうして本の世界に没頭することがアイリスの日常だ。【陽が暮れるまでには帰ってきてね】という母の言いつけを守り、草原が夕焼け色に染まる頃には家路についた。
ぎしっと玄関の扉を開ける。カランカランと呼び鈴がなる。
食事の支度をしている母と、仕事から帰ってきた父ハルドイの姿が目に入る。
リオラ:
「おかえり、アイリス」
ハルドイ:
「おかえり。その本、もうそこまで読んだのか。新しい本を探さないとな」
アイリスが脇に抱える本に、黄色い花を乾燥させて作ったしおりが本の最後の方に挟んであるのを父親は見つけてそう言った。
アイリス:
「ただいま。おとうさんも、おかえりなさい。」
父の向かいの、いつもの席に座り、本をテーブルの上に置く。母が次々と作りたての温かい料理を食卓に並べていく。
3人:「いただきます」
手を合わせてみんなで夕飯を食べる。アイリスは少食だった。森で採れるスモモを好んで食べたが、「そんなものだけじゃなくて、ちゃんとお肉も食べないとだめよ」と母によく言われていた。
そんなある日、アイリスはいつものように、あのお気に入りの丘に父が新しく買ってくれた本を脇に抱えて向かっていた。深緑色の草は、アイリスの膝より高い背丈に成長している。草をかき分けて、木の方に歩いていく。
すると、「ピーピー」と鳥が鳴くような声が草の中から聞こえてくるのに気が付いた。草に覆われて鳥の姿は見えない。助けを求めるような、その鳴き声を頼りにあたりを探す。ガサガサと音を立てながら、小鳥がもがいているのを見つけた。よく見ると、片方の翼が折れている。【かわいそうに】とアイリスは思った。そっと両の掌で小鳥の体を包み、持ち上げる。
アイリスはしゃがみこんで、大事そうにその小鳥を胸の中に抱え込んだ。そして【また飛べますように】と強く願った。そんなことをしてケガが治ると思っていたわけではないが、なぜかそうせずにはいられなかった。
すると不思議なことに、手をうっすらとした柔らかい白い光が覆い、それまで痛みを訴えるように声をあげていた小鳥が静かになった。そっと手を開くと、小鳥は翼をぱたぱたとはためかせて、青い空へと飛び立っていった。
小鳥はくるくると何度かアイリスの頭上を旋回して、森の方へと消えて行った。アイリスはその信じられない光景をただ茫然と見ていた。【まるで奇跡のようだ】と思った。
それから木の陰にいつものように座り、本を開いて読み始めた。なんだかとても気分がよかった。
陽が落ちる前に、家に戻った。「おかえり」といつもどおり父と母が迎えてくれる。にこにこしているアイリスを見て、母は「どうしたの?何かいいことでもあった?」と言ったが、アイリスは「なんでもない」と答えた。小鳥に起きた奇跡を、なんとなく自分だけの秘密にしたいと思ったからだ。
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