Blue Smoke

紅野かすみ

第1話 出会い

 路地裏は青い。

 いつだか、誰かが何処かで溢した言葉だった。それを聞いた時は路地の視界を覆う霧だと考えた。早朝の霧は哀愁を帯びているかのように、青い気がしたのだ。

 でも今思えばその言葉は、裏路地で生き、駆け回る彼らのことを指していたのかもしれない。ジャックは自分に向けられた碧色の瞳を見つめて思った。

「どういうつもりだ、ガキ」

「……ケッ」

 ぶつかってきたモヤシ少年はそっぽを向く。10代半ばくらいだろうか。浅黒い肌に碧眼という組み合わせが彼の異色さを醸し出していた。

 飢えた野良犬のような顔でジャックを睨みつけていた少年だが、諦めたように上着の内ポケットに差し込んでいた手を引き抜く。

 別に大したものは入っていない。今のジャックの仕事や立場上、自分に繋がるものは極力持っておきたくなかった。少年のスリを止めたのも、善意とか正義とか関係ない。ただの自己満足だ。

「これはなんじゃ?」

 強い南方民族の訛り。声変わり前の少年から、こんなに古びた言葉が出てくるとは思わなかった。目を見開いてジャックは質問に答える。

「タバコ。それは空き箱だけどな」

「タバコ? それはどういう代物かの?」

「特別な葉を紙で巻いたスティック。火をつけると煙が出る」

「これは件の物が入っていた箱という訳か」

「そういうこと……どっか行け」

 仕事の邪魔だ。

 そう言ってジャックはぴらぴらと手を振る。しかし、少年は従おうとしなかった。曇りのない碧玉には好奇心が宿っている。自身にとって不都合なスイッチを入れてしまったのかもしれない。ジャックは直感した。

「僕はそれを見たい。貴君が言う物と、僕の考えついた物がどれほど正しいのか確かめたい」

「今日は無理だ。さっき、最後の1本を吸っちまったんだからな」

「そうか……」

 気落ちした少年の様子から、ジャックはホッと軽く息をつく。だが、彼が告げたのは大人の想像の範疇を超えた言葉だった。

「では、日を改めて来るとしよう」

「あ?」

「貴君はいつもこの路地に居るではないか」

 路地裏の噂は簡単に広がる。

 少年はアンニュイな笑みを浮かべて言った。経験の差。この界隈に住んで長いのだと思い知らされる。

「微動だしない石のような男がいる、と聞いてのう。面白そうだから来てみたのじゃ」

「あっそ。もう失せろよ、ガキ」

「僕はガキではない。オセロ。立派な渾名がある」

「ゲームの名とは洒落てんな」

「貴君は?」

「……ジャック。これ以上語るものはない」

 十分だ、と満足そうに頷いてオセロは路地の奥へと姿を消した。ジャックはふーっと長く息を吐く。

 今日もターゲットに動きはなかった。

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