魔法が10個そろったら

矢芝フルカ

第1話

 魔法騎士養成学校は、魔力と武力を兼ね備えた騎士を養成する学校である。


 学校は、もうすぐ始まる学年進級試験を控えて、あわただしい雰囲気となっていた。


 奨学生のネイトは、この進級試験に受かるだけではなく、上位の成績を修めなくてはならないので、準備に忙しい。


 特にネイトは、武術実技が苦手なので、得意な魔法実技でカバーしておきたいという思いがある。


 実技試験を受けるための、魔法や武術の種類は、自分で選べるため、生徒たちは試験前に、各科の先生に相談することが許されていた。



「やあ、ネイト。君が事前相談を申し入れるとは珍しいね」


 相談室で待っていた魔法科のナサニエル先生が、ネイトに笑顔を向ける。


「ぼく、絶対に進級しないとならないんです。武術実技がふるわないので、魔法実技でしっかり点数を取っておかないと」


 そう言って、ネイトは、実技に挑む魔法を書き出した用紙を、先生に渡した。


 魔法実技で受験できる魔法は、5個以上10個以内と規定されている。

 難易度の高い魔法を成功すれば、それだけ点数が高くなるのだ。


「どれどれ・・・氷結魔法コウトレイ火炎魔法バースナーガ疾風魔法キウソーフ浮遊魔法アットエマ照明魔法メルーン・・・いいね。手堅いところだ」


 先生は、読み上げながら、ウンウンとうなずく。


防御魔法シールドは、実際に弾いてもらうよ。魔法だけじゃない、物理攻撃もだよ? 分かっているね?」


「はい。実戦済みですから」


 眼鏡をクイッと上げて、ネイトが答える。

 先生はまた、ウンとうなずいた。


跳躍魔法ダットイエは補助魔法で、これらとは違うくくりだけど・・・」


「分かっています。これも練習を重ねたので大丈夫です」


 ネイトの答えに、先生は口端で少し笑って、

「攻撃魔法ばかりでは無く、戦闘補助魔法も使えるところを見せておきたい・・・のかな? 攻めてるねぇ、悪くないよ」

 そう言って、親指を立てて見せる。


 その仕草に、ネイトも軽く笑った。


 ナサニエル先生は、年寄りばかりの魔法科の先生の中で、一番若い。


 まだ30歳に届かないだろう。

 先生というよりは、「気のいいお兄さん」という感じで、生徒たちにも人気があった。


「さて、回復魔法レオーナだけどね・・・これは試験には向かないよ。授業では、自分の手に、針でちょっと傷をつけて、魔法をかけただろう? あれと同じことをやったとしても、点数は上がらない」


「分かっています。だから、もっと大きくて深い傷を付けます。ぼくの腕に」


 そう言って、ネイトは自分の腕を先生に見せた。

 先生は静かに首を横に振る。


「実戦済みです! ぼくはいろいろな傷を治した!」


 ネイトは食い下がるが、先生は、今度は大きく首を横に振った。


「自分の傷を治すことが簡単にできるなら、戦場で魔術師が死んだりしないよ。・・・君のお父さんだって、戦死なさったんだろう? なおさら許可できないよ」


 それを言われると辛い。

 ネイトは下を向いて、唇を噛んだ。


「そうだな・・・濃霧魔法キッシーカとかどうだろう? 範囲を小さくして霧を濃くするんだ。それを疾風魔法キウソーフで吹き飛ばすとかね。魔法は単体で放つより、先に撃った魔法を打ち消したり、補完したりすると、評価が高い」


 なるほど・・・!


 ネイトは顔を上げて

「やってみます」

 と、言った。


 先生は笑顔で、うなずきを返してくれる。


 やっぱり先生に相談して良かった。

 先生のアドバイスはすごく的確だ。


 ナサニエル先生が人気なのは、年が近いからだけじゃない。

 生徒が知りたいことを、ちゃんと教えてくれるからなんだな・・・。


「それで・・・最後の二つだけど・・・遠視魔法オメガネート魔力封印魔法ラ・クフル・マウジカノチアと、来たか。これは二つとも、まだ授業で履修していないよね? どうしてこれを選んだの?」


「高い評価が欲しいからです。ぼくはこの魔法を実戦しました。だから・・・」


「ネイト、君は奨学生だから、高い評価が必要なのは、よく分かるよ。だけど・・・」


「ぼくは絶対に、この学校に残りたいんです!」


 先生の言葉を遮って、ネイトが強く言った。


 ナサニエル先生はため息をついてから、困ったように笑う。


「その熱意は、ただの勉強熱心さだけじゃないよね。君がこの学校にこだわる理由って、何かあるのかい?」


 パッと顔を赤らめて、ネイトは下を向いた。


「せ、先生。それは命令ですか? 答えなければなりませんか?」


「命令というほど仰々ぎょうぎようしいものでは無いよ。知りたいだけさ。理由を知れば、もっと詳しいアドバイスをしてあげられるからね」


 詳しいアドバイス・・・

 その言葉に、ネイトの心は揺れる。


 けれど、笑われないかな?

 いや、叱られないかな?

 

「・・・好きな子と離れたくないから、何としても学校に残りたい・・・とか?」


 「えっ・・・!? 先生、どうして・・・」


 知ってるんですか?

 と、言いかけて、ネイトは真っ赤になる。


 カマをかけられたんだ。

 そう思うと、少し悔しい。

 

「実はね、僕も同じだったからだよ、ネイト」


 ナサニエル先生は、柔らかい笑顔で、そう言ったのだ。

 


続く

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