悪役貴族とメイド

赤い瞳の騎士達の話を聞いた事があった。

―――いや、それはもう伝説だ。


あらゆる戦場にて不敗。

たった一度の敗走もなく、常に激戦区を渡り歩いて来た修羅の群れ。


友軍を助ける為にいかなる時も最前線に投入され、撤退時には当然の様に殿を務める。


全員が2つ名付きネームドの英雄騎士団。


若かりしお父様が自ら見出し、組織した王国最高戦力。


それこそがフィンスター公爵家第3騎士団。


あらゆる死地に活路を切り開く、フィンスター家の紋章たる黒鍵を掲げた死神達だ。



そしてその頭目こそがお父様。


黒輝の死神。


ロベルト・マクスウェル・フォン・フィンスター=ヘレオールなのだ。



そんなお父様から直々に魔法の手解きを受けれるなんて!


俺の気持ちはまるで天にも登るほどに、かつてないほどに高揚していた。



軍事身体強化魔法。

『赤眼』。


噂だけは俺も聞いた事があった。

フィンスター=ヘレオール家の、いや、王国の秘宝とまで称されるお父様が開発した秘匿魔法の一つだ。


数ある秘匿魔法の中でも比較的扱いが軽いこの魔法は、様々な王国貴族家に伝授されていると聞く。


当然、その扱いは国家機密に属するものなのでおいそれとその全容を知る事は出来ない。



バジュン!!



「―――くそっ! また失敗だ。」


魔力を纏う、魔纏状態。

これは簡単だ。


なんせ今まで俺が身体強化魔法と呼んでいた状態だからだ。


魔力の流動。

これも難しくはない。


あらゆる魔法を使う時の基礎だからな。

これが出来ないとそもそも魔法が使えない。


しかし、魔力を高速で回転させて維持する。

これが本当に難しい。


回転させる事は出来ても、それを上手く維持しつつ身体に浸透させるのがどうやっても上手く出来なのだ。



「くそっ! お父様からやり方を直々にお教え頂いてこの体たらくかっ! 」


自分の不出来さに怒りを覚えながらドカりと地面に寝っ転がる。


気付けば太陽は昇りきり、少し傾いていた。


朝お父様から『赤眼』の概要を教えて頂いてからそれなりに時間が経っていた様だ。


お父様にお教え頂いたのは30分くらいか?

わざわざお父様の貴重な朝の時間を割いて頂いたのに……。


少し鬱々とした気持ちがもたげて来る。



「―――あ、あの。わ、若様?」



1人のメイドが声を掛けて来た。


ピンクブロンドの髪を緩い三つ編みにしたおさげのメイドだ。


その大きな蒼色の瞳に見覚えがあった。



―――この前俺がぶつかったメイドだ!


はっきり言えば、お父様の食器を割った罪を擦り付けようとしたあのメイドだ。



「え、あ、いや……。うん。 ど、どうした?」


ヤバい。


どんな顔をして話せば良いのか分からない。

挙動不審になりながら返事をする。



「お昼がまだの様なので、こ、これを……。

そ、その御館様がお持ちする様にと……。」


「お父様がっ!?」


ガバっと起き上がり、メイドの方を見る。


彼女の手にはバスケットが見えた。

軽食が入っているだろう。



そこでハタと気付く。


お父様がわざわざ彼女を指名した?


あぁ……。そうか。

そういう事か……。


お父様の意図が伝わった。

俺はまだ彼女に謝罪すらしていないのだ。



「―――この前はすまなかった。」


そう気付くと俺は姿勢を正し、彼女の姿をハッキリと見据え頭を下げた。


「わ、若様……?」


彼女の動揺した声が聞こえるが、頭を下げ続ける俺には彼女の顔は見えない。


「あれは言い訳すら出来ない、貴族としてどころか、人として浅はかな行動だった。 」


あの時の自分の馬鹿な行動を思い返し、恥ずかしくなってしまい目をギュッと瞑る。


「気が済むなら好きなだけ殴ってくれても良い。……本当に済まなかった。」



「……殴ってくれて良いなんて言われても、本当に殴れる訳ないじゃないですか。」



彼女の呟きにハッとする。


正に彼女の言う通りだ。


確かに公爵家に仕える使用人はそのほとんどが貴族だが、その地位は公爵家嫡男の俺と当然差がある。


確か彼女は公爵家の寄子の家系だったはずだ。


地位の差を考えれば、本当に俺を殴れば処罰されるのは彼女なのだ。


これはむしろ、俺が彼女を脅していると捉えられても仕方がない発言だ。



「いや、そんなつもりじゃ―――!」



思わず頭を上げると、そこには少し困った顔で笑う眩しい彼女の顔が見えた。



「―――ちゃんと分かってます。 謝罪は受け入れますし、殴りもしません。」



昼下がりの優しい陽だまりが、彼女の慈愛に満ちた笑顔を包んでいる。



「それよりも早く食べちゃって下さい。朝から何にも召し上がっていらっしゃらないでしょう? 」


「あ、ああ……。助かる。」



―――――――――

――――――

―――



メイドの彼女―――ユーリア・セーデルホルムは働き者の良い娘だった。


彼女に言われるがまま俺達は近くの東屋に場所を移し、備え付けられたテーブルセットで食事をした。


ユーリアは椅子に座る俺の後ろに控え、甲斐甲斐しく世話をしてくれる。


しかし、彼女の丁寧な仕事ぶりを見る度に、こんな良い子に自分の不始末を擦り付けようとしたのだと俺は情けない気持ちになって行った。


正直、味なんてほとんど分からない。



「あ、若様。 散水が始まりますよ! あのまま庭にいたらびしょ濡れになっていた所でした。」



本当は美味しいのだろうが、今ひとつ味のしないサンドイッチを頬張りながら視線を上げる。


庭を見ると、いたる所から円筒型の散水装置が地面から生えてきて水を撒き出した所だった。


「スプリンクラーでしたっけ? 御館様が作られたこの魔導具には何回見ても驚かされます。」


自分のやらかしに心を苛まれながらユーリアの独り言のような言葉を聞く。


「面白いですよね。 魔導具としての機能は水の生成だけで、この水を撒く機構は単純な水圧を利用しているだなんて……。」


実はこういう魔導具とか好きなんです、なんて照れながら言うユーリア。


しかし、そんな彼女を余所に俺は別の事に意識を捕らわれていた。



魔導具としての機能は水の生成だけ……。

水圧が全ての機構の源……。


―――そうか! そうだよ!

スプリンクラーと一緒だ!


俺は回転の制御をしようと躍起になっていたが、そんなもの必要なかったんだ!


魔力の回転の道筋だけ作って後はもうそのまま全開で回転させれば―――!


あぁ、クソ!

俺は小難しく考えすぎていたんだ!



天啓を得てテンションが最高潮になった俺は、俺のすぐ側に控えてくれているユーリアの細い腰を抱き締めた。


「あぁ!ユーリア! 俺の女神様! 君は最高だ! 君の言葉のお陰で全て上手く行きそうだ!」


「ひゃ!?」


人生で言ったこともない歯の浮くような台詞を言いながらたっぷりとユーリアの甘い匂いを堪能する。


―――後になってつくづく思う。

この時の俺は本当にどうかしていた。



「食事もありがとう! このお礼は必ずする!」


驚き固まるユーリアを無視して軍事身体強化魔法の訓練をすべく東屋を後にする。



この後、ユーリアに対するあんまりにもアレな態度を思い出して俺は1晩中もんどりを打つ羽目になる。


『赤眼』を習得出来たことだけが唯一の救いだった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る